ヘノーの魔法
『こっちだよ〜』
へノーの案内に従って、主さま、のところに向かっている。スライムがポヨンポヨンと跳ねながら歩いているのはどこかシュールな光景だ。
あとちょっと可愛い。
そのスライムの体で僕と同じ速度で歩くってすごいな。
今の所魔物も特に出ていない、至って平和な道のりだ。
主というくらいだから圧倒的な力を持った王者みたいな感じなんだろうか。それとも逆に深い叡智を持った仙人的な人なんだろうか。
『そこ小川あるから危ないよ』
「ん? ああ、気が付かなかった」
考え事をしながら歩いていたせいで危うく小川に足を突っ込むところだった。
もっともそのまま歩いていても、靴も丸ごと『闇奏』でさっき作ったから濡れても大して行動に影響はないだろうが。
「へノー?」
『どうしたの〜? 主さまのところにつくのはまだ先だよ』
「主さまってどういう方なの?」
『主さま〜? 青色だよ〜』
青? どういうこと? 服装のことか? 髪の毛の色の話か? それとも目?
『あと主さまは魔人じゃないよ〜』
「え?」
さっき聞いた通りなら魔人の定義は「理性的判断と意思疎通が可能な人間以外のもの」。
そしてへノーが主さまと呼ぶくらいだから『主さま』は意思疎通くらい簡単にできるだろう。つまり、主さまは人間?
『あ』
「あ?」
『魔物が来るね』
「どこから? ああ、いた。これか」
へノーが魔物がくると教えてくれた数秒後に『告害』に魔物の反応が出た。よくあんな遠くのものを察知できるな。
それに感心しながらしばらく歩いているとバキっと音が鳴った。
何かこう大きなものが周囲のものを破壊しながら歩いてきているような、そんな音。
「………スライム?」
音の元凶は、緋色のスライム。それも巨大でかなりの質量を誇るであろう体を持っていた。
こんなスライムもいるのか。へノーは僕の肩にも乗れる程度の大きさだが、このスライムは僕の背丈くらいはある。
『アオイ!』
叫ぶような念話が聞こえた。同時に、巨体のスライムの一部が変形して鋭い剣のようになる。
こんな形状になるんだ、と驚く間も無く、それが触手のようになって僕たちに向かって襲いかかる。
「『闇奏』!」
ガン!と鈍い音が響き、咄嗟に作り出した『闇奏』と緋色のスライムの攻撃が衝突した。
即興だったけどしっかりと盾として機能したみたいだ。
『アオイ、あいつの動き止められる?』
「できると思うけど……」
『じゃあ今から30秒くらい止めておいて!』
「え? 『闇奏』、針状に変化、串刺しにしろ!」
いきなり動きを止めろと言われて理由を聞こう、と思ってがやめておいた。そういう会話は戦闘後にのんびりすればいい。
『闇奏』を針のように鋭く、そして槍のように長く細く変化させる。
それからなるべく急いで照準を定め、それをスライムに、そしてそこを貫通させて地面に突き刺す。スライムが裁縫の時に使う針山の様になった。
これでスライムは針のようなもので地面に縫い止められて動けないはずだ。なんとか動こうとビクビクもがいているが無駄だ。
うっすらとスライムの中に僕の作り出したものが入り込んでるのがわかる。ここまで深く差し込んだんだから大丈夫、と思いたいが、念には念を。
さらに『闇奏』を使用して強固で真っ黒な網を作る。それを使ってスライムを絶対に壊せない網で固定する。
「ヘノー! 固定したよ!」
『ありがと! “蝕め冒せ” “其れを害せよ”』
僕が固定したことを確認したのか、へノーが謎の言葉を紡ぐ。
『“我が手の中で眠りに落ちよ” 』
「ヘノー?」
『『毒房』』
何をしてるの、と聞こうとした時へノーから紫色の煙らしきものが出てきて緋色のスライムを覆った。
しばらくすると、緋色のスライムが何回か痙攣を起こすようにピクピク動く。そして、完全に動きが止まった。
『アオイ、もう固定しなくていいよ〜』
「え? まだ危険じゃ」
『もう殺したから平気だよ〜! あ〜疲れた』
元気に跳ねて、僕の肩に乗っかった。まるで甘えるように顔に体を擦り付けてくる。
あの紫色の煙が何かの攻撃で、さっきのスライムを殺したのか?
「今のはなんだったの?」
『ボクの魔法だよ。ああやって発動までにちょっと時間がかかるから、あのキングスライムの動きを止めてもらったんだよ〜』
「すごいね。あんな魔法が使えるんだ」
『すごいでしょ〜! でもちょっと疲れるんだよね〜』
ああやって魔法をつかって攻撃するのか。
僕も魔法の『技能』自体は持っているけど使ったことないし、後で教えてもらおうかな。




