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水の天使

 最後の一本となった木に、無言で槍を突き刺す。


 しばらく木中をガサガサ揺らして暴れようとしていた。だが、だんだんと動きが不自然に遅くなっていく。


 枝のうちの一つが死を悟ったのか、最後の足掻きとばかりの僕を貫こうとする。


 最後の一撃だけ普段よりも速度と威力が高まっているのはよくあることだ。


 特に僕は回避もしない。


「……ちょっとおしかったな」


 伸ばされた枝は、僕の頬に直撃する直前に氷のように固まった。


 緑色だった葉は黒く染まり、支えを失ったように木が倒れゆく。


 後一瞬早ければ、この枝が僕の顔に接触はできていただろう。惜しいとしか思わない。

 

「へノー、怪我してない?」


 横に倒れた木の幹が邪魔なので砕きつつ、後ろにいるへノーに話しかける。


「うん。それにしてもアオイのこれ、毒みたいだよね〜」


 そこらじゅうに黒い斑点が浮き出た幹を指差しながら言われた。


「これへノーの毒を真似して作ったからね」


 昔へノーが作っていた、接種後に恐ろしい勢いで細かく身体中に広がる毒を模して作ったのだ。


 本人に毒みたいと言われると嬉しい。


「へ〜! よく再現できたね! すごいね〜」


「真似しただけだけどね。ありがと」


 はじめに突き刺した槍が内部で枝分かれし、木を内部から破壊していった。


 もちろん枝分かれしていくだけではなく、敵の体内に大量の細かい『星夜奏』をばら撒く。


「……にしても一体なんだったんだろ」


 木屑が飛び散る、木一本すらまともに生えてない周囲を見渡す。


 ある大樹は途中で幹をへし折られ、またある木は跡形もなく粉砕され。


 何本もの黒い槍が突き刺さった木、巨大な杭が打たれた木、という一般的に不気味な光景が広がっている。


 元はここは単なる森林のはずだった。はずだった。僕は確信を持てない。


「……ここは昔から木が人を襲う場所なの?」


「ボクの知る限りでは違うかな〜」


 霊獣の領域に踏み込んだことで、強制転移の魔法が発動されそうになっていた。


 こんなところまで2年前と同じじゃなくていいと思う。


 だからそれを叩き切ったのだが、しばらくすると風の流れがおかしくなった。そして、気がつくと、周囲の木が一斉に襲いかかってきた。


「……これはよくあること? 木の形状の魔物とかってよくいる?」


「う〜ん、ボクは聞いたことないよ」


「そうだよね、僕もない」


 異世界に地球の常識を持ち込むのは間違っているが、へノーも言うならそこは正しいんだろう。


 流石に通常の木と全く同じ見た目で、人を襲う魔物というのは聞いたことがない。


 そもそも、魔物だったらこの森に踏み込んだ瞬間に僕が気付いている。


 これでも僕は常に周囲を警戒している。少なくとも初めは、なんの変哲もない植物としての木があるだけだった。


 となると考えられるのはとても少ない。


「ねえへノー、これってもしかして……っ!?」


 いったい何回会話途中に緊急事態が発生するのだろうか。しかも今回は、確実にやばい。


 少々嫌気がさしてくる。


「え!?」


 少々強引にへノーを抱き抱えた。ちょっと驚かれたいるみたいだが、できる限りの速さで離陸する。


 へノーが僕の名前を呼んでいた気がしたが、それを気にしている余裕はなかった。


 急上昇の圧力がなるべくへノーにかからないように抱えつつ、しばらく垂直に飛行する。


 森から10m以上上に行ったところで、そろそろ大丈夫だろうと思って空中で止まった。


「アオイ!? 急にどうしたの!?」


「ごめん、下見て」


「ん? 下がどう……え……」


 目を見開いて絶句していた。


 つい先程まで僕たちがいたところには、信じられない光景が広がっている。


「……なに、これ」


 ありえない光景だった。僕たちのいたところが、全て白黒になっていた(・・・・・・・・)


 正確に言えば、全てが元の形を保ったまま灰になっていた。


 焦茶色の折れた木も、緑の葉の残骸も、果ては僕の『星夜奏』までもが灰に置き換わっている。


 当然、動物だろうと魔物だろうとだた抵抗もできずに灰になる。


 『技能(スキル)』で生成した物体さえ灰に塗り替える。そんなことができるのは……



 ふと、少し強い風が吹いた。


 灰が風に煽られ、一瞬で形を崩して流れ去っていく。


 風が止んだ頃にはもう何もない。僕を襲ってきた木の残骸も、僕の使っていた槍も。


 剥き出しの地面が広範囲に広がっているだけ。灰の一握りすら残っていなかった。




 これをもし僕たちが受けていたらと思うとゾッとする。へノーも小さく震えていた。


「……ヘノーの親の『権能』ってどんなものなの?」


 こんなことができるのは、『権能』しかない。神の名を冠する『技能(スキル)』の頂点しか。


「ぼ、ボクも詳しくは知らない。でもボクの親は、母さまは『錬金術』って言ってた」


「錬金……?」


 卑金属を、場合によっては全てを金に変えるものこそ錬金術。


 もちろんこの世界の『錬金術』を知っているわけではないが、金を作り出す印象があった。もちろん僕の知識不足の可能性はあるが。


 だが少なくとも価値を高める術のはずなのに、先ほどのは全てを灰にしていた。全ての価値を下げるどころか、その効果範囲全てが文字通り風塵と化す。


 この光景ほど錬()から遠いものはない。


「ねえ……」


「……」


「ねえ、アオイ」


「あ、どうしたの?」


 考え込んでいたせいでへノーに話しかけられたことに気づけなかった。微妙に顔が赤い?


「ねえ、そろそろボク自分で浮けるかなって……」


「あ、ごめん!」


 ずっと抱きしめたままだったことに初めて気づいた。急いでここに浮かび上がってから、色々考えることがありすぎた。


 へノーがしっかりと魔法を自分で起動させているのを確認してから、手を離した。


「……うん、ありがと」


 綺麗に僕と同じ位置に浮いている。


 考え事をしすぎるのも考えもの(・・・・)だ。人はこうやって思考の沼にはまっていくのだろうか。


 さて、あまりにもどうでもいいものは置いておいて現実に戻ろう。


「……ん?」


 ここから少し離れたところ、この森の最深部に近いところだろうか。


 そこに、一つの湖が見えた。それだけならば珍しくもなんともないが、明らかに通常ではあり得ないものがあった。



 波ひとつない湖_その時点で異常だが_の中央に、銀色に輝く樹が生えていた。


 根を水中に張り、葉の一枚一枚からその根まで全てが銀。風が吹こうと、周囲の緑の木が揺れようと、わずかにもブレない。



 とても樹とは思えない、まるで金属製のモニュメントのような異様な()がそこにあった。


 確かへノーは言っていた。変わった木の近くに住んでいる、と。


「へノー、あれって」


「あ、うん、あれが母さまの住んでるところ」


「やっぱりあれが……」


 金ではないものの、美しい銀細工のような樹。


 湖と合わさっていっそう神聖さをが際立ち、また次元の違う何かを感じるというか。


 細部まで考え抜かれた、一つの芸術品のようだ。


 あの湖を見れば、『錬金術』というのもしっくり来る気がした。


「じゃあ、」


 あっちに行こうか、と横を振り向いた時。


 隣に誰もいないことに気がついた。










 ワンテンポ遅れて、自分が落下していることを把握した。


 僕は、虫1匹、鳥1匹いない、遥雲の上に放り出されていた。


 ありえなかった。全力ではなかったとはいえ、空間は常に注意していた。


 なのに知らないうちにここにいた。僕に感知できないレベルで強制転移を使われた。


 自信過剰なわけではない。だが、それでもこの警戒を掻い潜れるものなど。ほぼいないはずだった。


 自分の髪の毛が暴風に靡くのを感じた。痛いほど風が体にまとわりつく。ともかくまず体制を整えようとした時。





 真上から、それに覗き込まれた。


「!!」


 同時に、足に強い衝撃を感じ強制的に落下が止まる。空中に見えない(・・・・)足場を作られた。


 叫ばなかった僕を全力で褒めたい。表情を動かさなかったのは奇跡だ。


































 逆さに、吊られるように空中に立っていた。目が合う。


 3対6枚の羽を持ち、全身全てが、飴細工のように透き通っているそれ。その人。その者。


 顔すら、腕すら、服さえも全てが透明。流れる水を固めたようで。


 人形の、天使のような。


 きっと笑えば、その顔は例えようもなく美しいのだろう。だが、へノーの笑顔とは違う。ただ恐ろしい。


 周囲の空気が異様に冷たく感じる。


 『亜権能』と『独自技能(オリジナル)』全てを使って、相打ちなら御の字だろう。


 さっきから自分の思考が飛んでいる。流石に取り乱すようなことにまではならないが。





『問いましょう』





 まるで審判のようだ。


 音ではなく念話で会話するあたりがそれらしい。


 なぜ毎回初対面はこうなのだろう。





『貴方は、神の名を持ちますか』





 冷たいと称するべきか。主さまとはまた質の違う、そしてやはり僕とは格の違う殺気。


 ある程度慣れたとは思ったがまだまだ甘かった。


 不死鳥、魔王の次は水の天使か。


 こうして僕は霊獣に出会った。


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