まるで昔のように
「こっちだよ〜」
へノーの先導で森の中を歩いていく。「ヘノーの生みの親」の居るところに向かって。
幻世樹の周囲とはまた違う植生で、周囲の動物や魔物の種類も違う。
まるで異世界に迷い込んだようだ。
「……なんか懐かしいな」
まるでぼくが転生した直後のようだ。へノーに案内されて、知らない不思議な森の中を進んでいく。
場所は違えど、状況はとてもよく似ている。
あの時はへノーと出会ったばかりで、へノーもスライムの体型だったけど。今思えばへノーと出会えたのはこれ以上ないくらい幸運だったんだろう。
「え? アオイはここ来たことあるの?」
「いや、この森が懐かしいんじゃないんだ。なんか初めて主さまのところに行こうとした時みたいだなって」
「確かにちょっと似てるね〜」
2年ちょっとくらい前だね、と言われて初めてそのことに気がついた。
この世界に来てから、『英雄』に殺されてから、そしてへノーに出会ってからもう2年以上。
長いのやら短いのやら。激動といえば激動の2年だったし、発狂してもおかしくない2年だった。
それでもその大半をへノーと主さまと過ごせている。この二人には感謝しても仕切れない。
ところで僕は一つ決めたことがある。
そろそろやっておかないと僕がおかしくなりそうというか、我慢できなくなってきたというか、。
「あ、魔物だね」
5つほど木を超えたところに、魔物の気配があった。
しっかり探査するような魔法を起動させないことにはわからないが、おそらくスライムの一種だろう。
隣でヘノーの魔力が動いているので、魔物を接触前に殺しておくつもりなんだろう。
「ボクが始末しておこうか?」
「じゃあお願い……」
スライムが出てくるとは、本当に懐かしい。あの時は形が定まらないスライムに結構苦戦をした気がする。
足止めはいる?と聞きながら僕たちは歩き続ける。
「ふふっ、わざと聞いてるでしょ?」
「うん」
笑いながら聞くへノーに、素直に頷く。
だって、足止めをするか、というのは戦略的な話ではなく単なる遊びなのだから。
本当に戦略として足止めが必要なら敵に向かって今のように歩いては行かない。
僕が巨大な針でスライムを地面に縫い付け、その間にへノーが詠唱をする。昔僕たちがやったことだ。
「どうする? あの時みたいに僕がスライムを止めておこうか?」
「いらない、というか無理だよ〜。だって今のアオイがやったら魔物が死んじゃうから」
「……確かに」
それは考えていなかった。スライムを吹き飛ばさない威力にまで細かく調整する必要があるのか。
あの時とはまたずいぶん状況が変わったなと、感心する。こんな小さなことからも変化が感じられるとは。
そんなことを考えているうちに、へノーが指を一回鳴らしたの聞こえた。
それと同時に少し離れたところに紫の花が咲いたのが目に入る。
「よし、終わったよ〜」
「随分早いね」
おそらく周囲に毒をばら撒いて、それが付着したスライムは死んでいったんだろう。魔法の起動が早い。
それに周囲を見てもなんの異常もない。臭いもなければ、色もない。それなのに一瞬で静かに敵は崩れる。
そこにある花が毒の起点になっているというのもいい。
「綺麗な毒だね」
「あ、アオイもそう思う〜? 花の精霊魔法と毒を組み合わせたんだ〜」
「組み合わせて使ったのか……いいね。僕もなんかやろうかな」
今まで『技能』どうしを組み合わせて使うことはあまりなかった。
ほんの少し魂毒を『星夜奏』に混ぜたことはあるけど、その程度。
へノーのように二つのものを掛け合わせて、普段とは違った効果を引き出すようなことはしたことがない。これは面白そうだからぜひ試してみたいものだ。
「組み合わせが難しいね……アドバイスとかある?」
「う〜ん、ボクアオイの『技能』よく知らないんだよね。だけどやっぱり魔法系と精霊魔法は合うと思うな」
「魔法系か……」
『精霊王法:風』と組み合わせるのに適しているのはどれか。
魔法系のものであれば、やはり『亡霊ノ風』か『魔魔法』になる。一方は空間操作の魔法、もう一方は自律人形やゴーレム生成。
どちらも組み合わせるのは思いつくが、やはり複雑になってしまう。どうにか美しく纏められたらいいのだが。
今この場で歩きながら考えても無理だという結論に至る。
『亜権能』と組み合わせて使えたら強力な気もするが、こちらはイマイチ性能がわからない。むしろそれを聞くために今へノーの生みの親のところに向かっているのだから。
「そういえばヘノーの親って、なんて呼べばいいの?」
今のまま「へノーの生みの親」だとなんか説明的というか、呼ぶのには適していない。
ついでにいうと母親なのか父親なのかも知らない。そもそも霊獣クラスの生物に性別の概念があるのかは謎だが。
「なんて……? わかんない」
特にどうやって呼びかけるかなどは考えたことがないらしい。
「そもそもボクって、はっきりと生まれてから数年しか親と暮らしてないからね」
「ん?」
数年しか? それ以降はずっと主さまのところにいたということだろうか。
そして今まで気にして来なかったが、一つ大きな疑問がある。
なぜへノーは主さまのところにいたんだ? 自分の親のところでもなく、主さまのところに。
何か事情があったのだろうか。それとも霊獣の中には僕の知らない風習があるのだろうか。
「あ、そろそろかな?」
その声が聞こえたので考え込んでいたのを一旦打ち切り、顔を上げる。
「……そういえば幻世樹みたいに大きい木に住んでたりするの?」
なんとなく主さまと会った時のことを思い出し、周囲を見る。
しかしこの周辺には大きな、巨大ビルのような木は見当たらなかった。
「変わった木の近くではあるけど、大きいわけじゃないよ〜」
「変わった木はあるんだ」
それは見てみるのが楽しみだ。いったいどんな木なんだろう。
幻世樹のように、うっすらと変わった存在感の木なのか、それとも全く違う特性を持っているのか。
あと食べれるのだろうか。幻世樹の枝を久しぶりに食べたくなってきた。
「そろそろ霊獣の領域に差し掛かるのかな?」
「そうだね」
2年ほど前に幻世樹の領域に踏み込んだことで、初め酷い目に遭ったのを思い出した。
あれが主さまとの初めての会話だったが、今思い返してもなかなか怖かった。殺されるんじゃないかという恐怖を抱いたし……
それにしても今は、まるで2年前の再現みたいな状況だ。ヘノーと知らない森を歩いたり、スライムに遭遇したり。
昔のことがやけに思い出される、なんていうと年寄りのようだが実際そうだ。こんなに2年前が遠くて近いと感じたのは初めてかも知らない。
ふと、とてもとても嫌な予感がした。
「ん? アオイなんかあったの?」
「ねえこれって……」
違和感と危機感を一刻も早く伝えようと口を開き、そして残念ながら言い終わる前に途切れる。
僕はヘノーを庇えるように大きく一歩前に踏み出す。
『星夜奏』でできる限り急いで刀を創る。
体内の魔力をできる限りの速度で未完成の魔法に注ぐ。
へノーの位置をしっかりと把握し、いつでも『亜権能』やもう一つの切り札を放てるようにしながら。
全力で、目の前の揺らぐ空間を叩き切った。




