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その頃、王国

「陛下!」


 常に国王の怒りを買うことを恐れてか静まり返っている玉座の間に、大声を上げながら飛び込んだ貴族が一人。


 周囲の衛兵はギョッとした目をむけ、すぐさまそれが誰であるかに気がつき跪く。


 やってきたのは単なる貴族ではなく大貴族。


 王国内でも別格の権力と財力、人脈を持ち、さらに王位の継承権さえも持つような大貴族だったからだ。


「……なんだ」


 国王は忌々しげな声で問う。


 今日は王国の財政に対しての改善案か、それとも犯罪者の増加傾向か。


 国王の私的出費へのことにさえ口を出し、王を王とも思わない無礼者だと国王は認識していた。


 この貴族__アヒレスがやってくると、ろくなことがないのはわかりきっていたから、国王は顔を顰めた。


「聖樹教国からの使者を途中で追い返したと耳にしました。これは真にございますか」


 アヒレスの無礼者も随分情報を手に入れるのが早くなったものだと、息を吐く。


 一体だからなんだというのだ。貴様には何も関係ないだろうと思いつつ、愚か者に丁寧な説明が必要なのだと国王は納得した。


「なに、教国に『留学中の』聖女が王国に戻ってきたのだ。これ以上用はないのだから、付属の使者など追い返して問題などあるまい」


 そんなこともわからないのか。これだから無礼者は、と心の中で毒を吐く。


 これでさっさと追い返すとアヒレスの支持者や側近から苦情が舞い込んでくるのだからタチが悪いな、と王は考えていた。


「問題ない……!? ご自身が何をされたのかわかっておられますか?」


 頭を抱えそうになりながらもなんとか国王の意図を問う。


 教国の使者を追い返したことによって、どれだけの面倒ごとが起ころうとしているのか。


 それをわざわざ起こした国王になんらかの策略があるのではないのかと考えていたのだ。もっともそれは幻想に過ぎないことはわかっていたが。


「何をしたか? 聖職者の集団を追い返しただけだ」


 それになんの問題があるのだ、という顔をする国王。


 彼は王がその言葉を本気で言っていることに気がつき、そして無策であるということを現実に突きつけられ、立ちくらみがした。


「……」


「なんだ、もう用はないのか?」


 さっさと去れとなんの関心もなさそうにいう国王。絶句したままだったその言葉にアヒレスはハッと弾かれたように話だす。


「問題がないわけございません! 教国は抗議の使者を送ると申しております!」


「また追い払えば「不可能にございます!」


 無礼な、と国王が口を開く前にはもう彼は話し始めていた。


 本来なら丁寧に国王に使者を追い返したということの問題点を説かなければならない。

 上に立つものに正しい情報を伝えることも、また仕える者としての責務であると思っていた。


 国王の許可のもと動かなければ臣下としての枠を超えてしまう。継承権があるとはいえ、あくまで自分は王を支えようと思っていた。


 しかし国王の言葉を遮ってまで叫ぶ。アヒレスは焦っていた。彼は王を支えるが、その根底にあるのは『国を支える』という意思。


 彼は国家のために王に叫ぶ。もう通知された刻限(・・)が迫っているから。


「陛下、今すぐに最上級の歓待の準備を始めなければなりません。『太陽が最も高くなる』刻はもう迫っております」


「待て、」


「教国にとって抗議などはおそらく建前。しかし、本気の教国に逆らうのは、信仰に逆らうことなどわが国にはありえません」


「待て、なんの話をしている?」


 本気でなんの話をしているかわからないという顔をする王。だがそんなことを気にせず彼は周囲の者達に指示を飛ばしている。


「神に近しい方々がこちらまでやってくる。我が国にとって最上の名誉といえましょう」


 一般的にそれは名誉なことなのだろう。教義の中心にあり、常に崇められる方々に会うことができるのだから。


 事実、それのために死んでもいいという人間なら腐るほどいるはず。


 だが何かあれば、自分の首は確実に飛ぶ。国王も当然だ。 


 何かなくとも、教国が騒げば「賢者に無礼を働いた」として殺される。


 例え自分たちが死んだとして、それを不幸だと思ってくれるものなどいないだろう。「賢者様に無礼があれば死ぬのは当然」というのになんの疑いもない。


「何を……」


 しかしアヒレスは恐れていた。昔から、信仰の中心を。


 神を謳いながら霊獣を崇めさせ、結局その裏で大きな何かが蠢いているようで怖かった。


 だが、こうなってしまった以上逃げられない。最もそんなこと口には出せないが。


「教国から通知が来ました。もうすぐ『賢者』様がいらっしゃるそうです」


「……は?」


 信仰の中心にあって、常に神に近くあるとされる『賢者』がやってくる。


 その影響力は教国のみならず人間全てに及び、常に人を魔人から守っている守護者。しかし誰もその実態を、実在するのかさえ知らない。


 それが『九賢者』という集団。おとぎ話だろうと子供心に思った。


 しかし、今正式な教国からの書に「賢者」が来ると記されていた。


 教国が保証した。それが本当に『賢者』かはともかく、それが『賢者』の権力と権威(・・・・・)を持つことは事実なのだ。


 伝承によるとその姿を見たものは皆死んだらしいが、その死因は書かれていなかった。


 単に老衰で皆死に絶えただけだろう。『賢者』を見たことが原因で死んだと考えるのは、少々考えすぎたろうか。


 どちらにせよ、彼が今するのは「正式な使者を迎える」ことだけ。


 『賢者』というのがどんな人物かなど、考えても意味がない。






























「……」


「……」


 誰も言葉を発しない。


 誰もが冷や汗を流し、人によっては顔を真っ青にしながら玉座の間の床に向かって吐いている。


 体をガタガタ震わせながらも、神に祈る貴族。座り込んで荒い呼吸を整えている衛兵。


 気絶して無様に倒れ込んだ貴族に、任務を果たそうと震える声で助けを呼ぶ衛兵。


 涙を流して喜ぶ者もいれば、恐怖のあまり涙を流す者も。国王は気絶し、側近たちは介抱もせず震えている。



 恐ろしい嵐のようで、本当に格の違う何かだった。










 誰もが『賢者』の存在感と、圧倒的な内部の魔力に当てられて動けない中。


 アヒレスは恐怖心を抑え込み、『賢者』が残していった命令書(・・・)を取りに行く。





 巻物のようなそれを広げるだけなのに、手が震えていて時間がかかる。ほんの緩い紐の結び目さえ解けない。


「……これ、は」


 その内容は、あまり信じられないものだった。



 魔人との全面戦争を行うから、王国の軍を使う。


 さらにいくつかの特殊作戦を行うから、王国の軍を使う。


 果ては人体実験をするから、王国軍を使う。



 人体実験とは明言されていないものの、兵の身体能力向上のための特別訓練、など人体実験に同じだ。


 完全に王国の都合を無視した、最悪の命令書。どれだけ犠牲が出るかわからないし、それを後に補償などしてくれるはずもない。


 絶対に普段なら認可しないのに、やるしかない。賛成するしかない。あの『賢者』に逆らうくらいならこちらの方が何百倍もマシだから。


 特殊作戦とやらの内容も酷いというか、現実を無視したものだった。


 真っ向から教義に歯向かうもので、教国とは思えない作戦。


 上層部の考えの読めなささが、賢者と合わさって一層不気味さと恐怖を掻き立てる。


「あ、アヒレス様……そちらには、なんと?」


 日頃からアヒレスを慕う貴族が、ショックから少し立ち直ったのか声をかけてくる。


 倒れ込んでいる人たちの視線さえ、彼の方へ向けられていた。


 『賢者』の命令。その内容を知りたいという気持ちは皆同じだったのだ。


 命令書の内容など知らないためか、『賢者』への信仰を捨てずに目を輝かせている者もいる。もはや哀れに映った。


 アヒレスは口を開かず、無言で命令書を皆に見えるように突きつける。


 そして、その内容を見たものから悟っていった。


 従うしか、ないのだと。





















 この日、魔人と人間の戦争は大きく動いた。人間優勢にと。


 王国は全兵力を対魔人戦の最前線に送り込んだ。


 そして戦場では人間に味方する、特殊な化け物、が現れるようになった。


 それがどこから来たのかは、一部の人間側の権力者以外誰も知らない。







 九賢者は動く。大賢者の命を果たすために。


 魔王軍上級幹部は動く。平和を求め。


 魔王も動く。魔人の平和のため、そして大賢者と決着をつけるために。


 皆それぞれの動機のもとに、目標のために動いている。



















 では、大賢者は?

 

 全ての元凶である彼女の悲願は、後悔は、願いは…………誰も知らない。

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