不死鳥の炎と風の王
天に聳える幻世樹。
そことその周囲の空間を埋め尽くすように、数えるのも億劫になるほどの炎の球が浮かんでいた。
時々そのいくつかが連動したように光り、それらを基点とした一辺100m以上の結界が出来上がっては消える。
普通の人間には存在すら認識できない速さで、黒の何かが縦横無尽に空を翔ける。
一瞬でも止まったら死。網のように次々とできては消える炎の結界に囚われ、比喩ではなく本当に溶かされることがわかっている。
『客人! 我の加護を飲み込んだのだ! それで得た技能を使って見せよ!』
その言葉を聞くこの瞬間も僕は止まらないし止まれない。
空中に留まる僕の血が、直近の軌道と戦いの様子を示していた。ずっと逃げだ。
二重詠唱までして強引に加速し逃ているこっちに対して、主さまは余裕に溢れている。
僕は1年も寝ていたらしい。ただ暗闇に浮いていたせいか、それとも『深淵』のせいか。
一切の時間感覚が消えていた。
もし仮にへノーが1年も目醒めなかったとしたら僕はどうなってしまうだろう。想像もしたくないが、いったいどれだけへノーに心配をかけたかと思うと。
そんなふうに僕を刺した奴を殺したくなっていると、主さまが『技能を手に入れたなら模擬戦でもどうだ』と提案してきた。
1年のリハビリも兼ねて、僕もそれに賛成したのだが......
身体中が痛くなるような無理矢理な飛行のなか、ふと主さまのほうが光った気がした。
「いっ!」
何かが僕の方に向かってくると気がついた時には、もう手遅れだった。
『星夜奏』を使って組み上げた自動防御が半分も作動する前に破壊され、大抵の攻撃は防げるはずの僕の服は簡単に破られる。
少し威力は削れたものの、避けきれない何かが僕の身体を焼いた。
腕から肩にかけて酷い火傷だ。
久しぶりの主さまとの戦闘のせいか、前よりもよっぽど強敵なように感じる。事実、以前戦ったときよりよっぽど手強い。
無駄だと分かりながら周囲に警戒の視線を走らせる。
「……やっぱり」
また気がついた時には手が貫かれている。血だらけの腕をそっと撫でた。
自分の肉体が傷ついた感覚が久しぶりで、さっきから僕の気分はふわふわして楽しくなっている。
せっかくの戦いだ。楽しまなければ損というもの。
「ずっと手加減されてたな......『蒼ノ癒炎』」
ご要望に応えて、新たな『技能』を作動させた。
まるで主さまのような蒼い炎が僕を包む。祝福を呑み込み、我が物としたのがこの『技能』。
傷つくのと同時に肉体を修復する。これにかかる時間を極限まで短くする効果があるのだ。
ともかく、僕のすることは何か。単純明快、
「____反撃だ!」
たとえ傷が増えようと、全てこの炎のが癒してくれる。たとえ体が吹き飛ばされようと、少しでも1mmでも無事なら『亜権能』によって「僕」は保たれる、はず。その間にこの炎が全てを再生する。
『亜権能』を持つことと『蒼ノ癒炎』が揃ってこそ使える荒技。
まさに、不死鳥の炎だ。
上へ、上へとひたすら高度を上げていく。そして極限まで、雲の遥か上まで行ったところで。
一瞥。
「____」
綺麗な景色だ。雲の上なのに幻世樹はまだ上へ上へと伸びている。
陽の光を反射するここは、とても眩しくて澄んでいる。
風を味わいながら僕は落下していった。
『客人!? 我を誘うか!』
なんの調整もせずただ落ちていく僕に、主さまは仕掛ける。雲が晴れた。
次の瞬間に目に入ったのは、僕に向かってやってくる4本の巨大な火柱。周囲の空気を歪ませ、雲すら吹き飛ばす直径1kmはありそうな火柱。
細かく蒼い炎雨をそこらじゅうに撒き散らしてくる。
「……自動防御」
この細かい炎くらいなんてことないが、流石にあの本体の火柱となると。
地上から立ち上るそれは、このままだと10秒ほどで直撃する。
膨大な熱長が肌を焼く。いくら『蒼ノ癒炎』で身体を守ろうと、『天骸』をフル稼働させようと即死だろう。
模擬戦にこんなものを持ってくるとは。しかし黙ってやられるためにこんなことをしたわけではない。
落下中の僕だが、策無くこんなことはしない。
完全に想定通りだ。
「“満ちるは風”」
この落ちていく風の感覚が気持ちいい。髪を靡かせ、服をはためかせるこの圧力が。
自然を全身で味わう喜びが今ならわかる気がする。
「“我はこれらの王であり” 」
魔力量は1年の眠りから覚めた時、とんでもない量に増えている。しかし元から回復が早すぎて無限に近いのであまり関係ない。
だが僕の魔力は、正確に言えば瞬間最大出力は1年前とは比べ物にならないほど増えている。
こちらは実質的にも大きな変化だ。
使える魔法の格が一つ上がったのだから。
「“我は自然であり” “風であり” “この法である”」
『精霊魔法:風』の完全上位版。
その名の通り『精霊王法:風』は王である。風に対する、大気に対する絶対的な支配権を持つ。
「“風を揺らす愚か者に” “風を荒らす不届者に”」
その力は、たとえ主さまの炎相手であっても。
「“王の鉄槌を”」
僕がわざわざ落下しているのは、この魔法の制御に集中するため。
そして、全身で風を感じるためだ。
「あ……」
気がつくと、火柱が手を伸ばせば届く範囲に来ていた。
だから、そっと撫でるように__
「『滅びの風を』」
___滅びの風を貴方に。
指定範囲全てを竜巻状態に変え、そこに圧縮された風の棘や刃をばら撒き、自然環境から風圧まで全てを崩壊させる魔法。
「ふうっ」
流石にその魔法中は息ができなかった。
今はゆっくりと息を吸えば、肺が木々の匂いで満たされる。そこに混じる微かな血の匂い。
消費する魔力も、必要な魔力の出力も桁が違った。
流石に幻世樹本体は影響が出ないように調整したが、周囲の木々が根から抜けて倒れている。場所によっては地面が割れ、小さな動物の死体が飛び散っている
主さまの4本の火柱も完全に打ち消され、僕への攻撃が途切れた。
地面に直撃前に飛行の魔法を起動。また高速で浮かび上がる。
「万の黒槍よ____『星夜奏』」
ここからは、僕の主さまに対する攻撃だ。
上空が曇るように、空を槍が埋め尽くす。全てが高速で回転し敵に穴を開ける。
だがそれだけで霊獣には届かない。ならばどうするか。
「____“目覚めよ” “間にその陰鬱な思念を込めよ”」
さあ、届かないならば届かせる。質が足りないならあげればいい。
詠唱中にも炎が降り注ぐが関係ない。全てのダメージは不死鳥の炎によって打ち消されるのだから。
「“名も無き槍こそ亡霊の宿” 」
不気味な渦巻き模様が、万の槍に刻まれる。
僕が作るのは空間を断ち、全ての炎を透過し、敵まで直接降り注ぐ槍の雨。
「『空断ちの呪い』」
昔と同じ魔法でも、内容は全く違う。絶対に避けられない槍の雨だ。
あまり意味はないだろうが撹乱がてら単なる『星夜奏』も追加しておく。
「__降れ」
これで少しでも主さまの慌てる顔が見れたら良いのだが。
残念ながらそちらから感じる殺気が強すぎて長時間直視できない。
首筋を噛まれるような痛みを伴う強い殺気。今攻撃しているのはこっちなのに、身体中が針でを刺されるように痛む。
「遠いなぁ……」
約2年も前に出会ったのに、全く近付けている気がしない。現に主さまは今見ても無傷。
僕の攻撃もいくつかは直撃しているはずなのに、傷ひとつ見えない。
そしてこの模擬戦の中で何よりも厄介なのが、
「あっ!」
これ。
頬から口まで血が垂れてくる。また気づけなかった。
全ての僕の自動防御を貫通してくる、見えない攻撃。正確には、見えても反応不可能なこれ。
ほんの少し何かが光ったと思った瞬間、攻撃を受けている。早すぎて全く対応できない。
『客人! 受け切れよ!』
「は!?」
遙遠く、気がつくと雲近くに蒼い不死鳥がいた。
その近くに大量の、今までとは形状の違うビー玉サイズの光を浮かべて。
直感的に思った。「あれが見えない攻撃の正体だ」と。気付いた時には翔け出していた。
「〜っ!」
真上に急上昇したのち、旋回しながら右へ。そのまま流れるように逆方向に急速転換。耳鳴りがしてきそうだ。
まずい。完全に打つ手がない。詠唱をする暇もなければ、ほおの血を拭う暇もない。
今までは単体で放たれていたからこそ、直撃してもどうにかなった。
いくらこの攻撃が防御を貫通する攻撃であっても、自動防御によって威力は落ちている。
落ちてあの威力。それが今、網目上に展開されようとしている。このままいけば僕の自動防御も消えてなくなる。
主さまは、逃げ回る僕を上から見下ろし、冷静に光を降らせるだけ。
猟師に狙われた小鳥はこんな気分なのだろうと妙に納得した。霊獣も大概化け物だ。
でも、ゾクゾクするほど楽しい。どうせこのまま逃げ回ったって無意味だ。
「_____“我は『深淵ニ招カレル者』” “『魂ヲ知ル』を起動する”」
「受けきれ」なんて主さまがいうが結果は分かりきっている。結局主さまはこう言いたいのだろう。「抵抗してみろ」と。
「“求めるは【白日の道】”」
亜権能の性能を見てみようじゃないか。
前話の内容を変更しました
・主人公の職業の欄から『悪魔』が消えています
・その他にも主人公の思考などに変更点があります
大きな変更は職業の欄のみです
これからも続きをお楽しみください!




