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それは祝福のように

「……」


 今日もまたいつものように、アオイを見つめる。


 目を瞑り、息をしているのかすら怪しい状態が続く愛しい人を。


『へノー、ここにいたのか』


「主さま……」


 幻世樹の中の空間の一つ。アオイが今も眠っている部屋に、不死鳥が転移してきた。

 


 部屋の中央、四方向に打ち立てられた幻世樹の枝を加工して作られた柱。そこが起点となり、蒼い炎が液状になって満ちている。


 その炎の水槽とでも呼ぶべき場所にアオイの身体は沈んでいた。肉体を維持し、生命活動を支える特殊な結界。 


 アオイに施されている、生命を維持するための術を確認するためにやってきたのだ。


「……いつになったら起きるかな〜」


 正常に結界が作動していることを確認した霊獣の耳に、その独り言が飛び込んできた。


『わからん』


 肉体の傷はないのに一向に目覚める気配はなく、もうすぐ1年が経とうとしている。


 いかに霊獣といえども、魂の回復速度までは読めない。だから下手に励ますこともできず、それをわかっているへノーはより一層顔を曇らせた。


 できることといえば肉体を生きた状態に保つことだけ。


 もし仮にこれで肉体が死んでしまえば、アオイの魂は技能(スキル)によって強制的に転生させられる。そうすれば今度こそ魂は崩れ去る。


 ただでさえ傷ついているアオイの魂は、次の転生に耐えらない。


『今我らができる全てのことはやった』


「待つしか、ないよね」


『……そうだな』


 少し返事が遅れた。


 たとえ500年待ったとしても、魂が回復するとは限らないからだ。


 帰ってきたアオイをはじめに見た時、この霊獣はわかってしまった。アオイの魂は、魂毒に蝕まれている。


 基本魂の傷は不可逆的。だからこそ魂毒は神を殺す毒とさえ呼ばれるのだ。



 だが、本当にこのまま死んでしまうのかといえばそうではない。今この瞬間も生きているのだ。そして毒はこれ以上まわらない。


 自身の祝福には魂を少し保護する効果もある。前例は聞いたことがないが、回復の可能性を完全には否定できなかった。


『希望はある』


 可能な限り励まそうとして、こんな表現になってしまった。


 だが、少し気がかりなこともあった。今朝、自身の祝福が解けたような感覚があったのだ。


 なにぶん祝福自体あまりないのえはっきりとはわからないが、ふと繋がりが切れたような気がしたのだ。正確には、祝福を呑み込まれたような気がした。


 もしやついに魂が崩壊してしまったのかと心配になったが、まだアオイの魂は観測できた。


 頼むからこれが崩壊の前触れであってくれるなよ、と。


 これが吉兆であってくれ、と霊獣は願っていた。


「あれ?」


『どうした』


 火の水槽を眺めていたヘノーが、何かに気がついたような声を上げた。


「なんか、こう変な感じが……」


 アオイの体を指しながら首を傾げる。何かが変とは思いつつ、結局何が変なのか自分でもわからないようだ。


 霊獣の目から見て何もおかしなことはない。アオイの身体にも、その体を包む結界の動きにも異常は見られなかった。


 もしや極度のストレスのせいでおかしくなってしまったのかと霊獣が心の中で静かに慌てていた時。


「え!?」


 魔法の放出のように、一瞬アオイが昏い光を放つ。


 光を吸い込む異様な何か。ほんのわずかな間、この部屋が闇に飲まれていた。


 何かあったのかと慌ててこの場の二人が魂を観測すると、何か闇のようなものがアオイの魂を包み込んでいくのが見えた。


『なっ……』


「なにこれ!?」


 影響は魂だけに留まらず、体にまで。その体に黒い線が走り始めた。


 ほんの髪の毛のような細い線から、木の幹を思わせる太い線まで。


 よくよく観察すると、単なる線ではなくほんの小さな紋様の集合だとわかる。


 それらが滑らかにつながり、くるくると模様が渦巻きながら、誰にも理解できない複雑な魔法陣のような模様を作り出していた。


 さらに、文字のような何かも浮かび始める。


「ど、どうするの!? 死んじゃうの!?」


 一年ほど前にアオイがボロボロになって帰ってきたのが軽いトラウマになっていたのか、彼女にしては珍しく顔を真っ青にして慌てていた。


『落ち着け!』


 それを霊獣は一喝する。この場で騒いでも緊急事態に対処できないから。


「あ、うん……えっと攻撃ではない、よね?」


 一旦自分を落ち着かせるように深呼吸をし、そこから話し始める。


『そうだ。最低でも、即死攻撃のような敵意の高いものではないことは確かだ』


 霊獣がそこを断言するのには理由があった。


 この場は霊獣の領域。そしてその中でも中心に位置する幻世樹の中。


 世界全てを見渡してもトップクラスになるであろう、不死鳥による厳重な警戒体制が敷かれている。


 この中全ての結界やその他防御システムを突破できるような攻撃を、誰にも気が付かれずにできる者などいない。


 そして仮にこれがそれら全てを突破できる猛者による攻撃だとするならば、今すぐにアオイを殺してしまわないのはおかしい。だからこそ霊獣は断言したのだ。


「でも、これは何……? 身体中にこんな模様と文字が出るなんて聞いたこないよ……」


『待て、体に模様だと? まさか、祝福……』


 じっと炎の水槽に沈んだままのアオイを眺めていた霊獣が、ハッと気がついたように言う。


「主さま、これが!?」


 祝福というのは滅多にすることがないためあまりその特性が知られていない。しかし、祝福にはいくつかの共通点があった。


 まず、上位魂所持者が行使できる、格下の誰かに対して進化を促す行為であること。


 次に、その祝福を行う際には、その対象の体に何らかの模様が生まれること。


 そして、対象の魂に、何らかの形でその祝福が現れること。それが軽い魂の保護機能にもつながる。



 そう、今のアオイの状態は丁度これらの条件に当てはまるのだ。


 どこにもその祝福の主がいないと言うこと、そもそもアオイが寝たきりであること、祝福の光がおかしいことなど多くの謎もあるが。


「でも祝福なら、アオイも無事なのかな……?」


『これが祝福と決まったわけでもない。だが仮にこれを祝福だとすると……我など比べものにならぬ高位の者からになる』


「え!?」


 先ほどから身体中に魔法陣が増え続けている。さらに、未知の言語の文字らしきものを繋ぎ合わせるような不思議な模様が出来上がっている。


 こんなものが人に起こせるとは思えない。人の手にも、それどころか霊獣の手にも余る。


 禍々しさを通り越して、もはや触れ難い神聖さまで感じる。


『それよりここから離れなくていいのか。我は残るが、へノー、君にここは辛くないか?』


 先ほどから形容し難い圧力がアオイの周囲に展開されている。


 何かの圧倒的な何かがアオイの魂のそばにある。それだけで周囲の者は自然と、本能的に恐怖を抱く。


 上位魂を持つ不死鳥すらその存在感に圧倒されかけているのに、まだ中位のへノーにはここに居るだけできついだろうと思っての言葉だった。


「ボクはここに居る。何もできないのは辛いけど……」


 霊獣の予想と反して、彼女が口にしたのは何もできない自分へのもどかしさだった。


『……君は、この場にいて何も感じないのか』 


「え? それより主さま、これ止められないの!?」


『不可能だ。我も魂は動かせん』


 祝福というのは、結局のところ魂への贈り物。


 その見えもしない贈り物を壊すことなど不可能だし、その送り先の魂の操作などいかに霊獣であろうとできることではなかった。


 ここでただ見ているしかないことに、へノーは歯痒さを感じていた。


 帰ってきた時も何もできなかった。今だって、結局何もできていない。ただ見ていることしかできず、愛しい人の何の助けになることもできていない。


「……あれ? 模様が増えなくなった……」


 暫くして、魔法陣が新しく増えなくなったように見えた。腕にも頭にも、果ては白髪が黒に染まるまで何かが描かれているが、増えてはいない。


 だが彼女はそれをどう受け止めればいいのかわからなかった。


 これはアオイにとって喜ばしいことなのか? それともあってはならないことなのか?


『止まった? つまり……なっ!』



 パキンと硬質な音をたて、生命維持のための結界にヒビが入った。


 そしてアオイの浮いているところの炎にまで裂け目ができていった。


「え……」


 崩壊が加速する。四角を支えていた幻世樹の枝のうちひとつが真っ二つに割れた。


 四方が支え合う形のこの結界は、もはや維持できない。




























『何が……!?』


「あっ!」


 ぐるっと一回転。アオイの身体中の魔法陣が、歯車のように連鎖して回転し始めたその瞬間。










 光を呑む昏い何かが放射される。


 つまり、またこの場が闇に包まれた。

前話の補足

暗闇:魂のみの世界。

深淵:暗闇の中にある、完全な何か。神。

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