1級幹部会 祈りと王の決意
人間対魔人という戦争ならば、あくまでその脅威は「人類の力のぶつかり合い」程度に収まる。決して喜ばしくはないが、それでも一定数の民は守られる。
しかし、本機の上層部同士の殺し合いが始まった場合。まず決着がつかず、つくにしても数十年数百年単位の話になってしまう。
しかもその争いは一般の「人類の力」からかけ離れたものになる。
安全な場所など存在しない。国は衰退し、数億単位の民が確実に死ぬ。
下手をすれば下位魂の所持者は全員巻き添えを喰らって死ぬ。そんな最悪の、民たち全てが滅びるまで終わらない戦いになる。
それに民だけでなく、当然上級幹部たちも九賢者にしても、甚大な被害を被る。
「しかし教国は何を考えている? 我らと殺し合ったとして、どちらも無事では済まぬ。最後に立っているのは良くてどちらかのうち少数。最悪たった1人しか生き残れぬ」
流石にそんな惨状を生みたいわけではあるまい。そう疑問を口にする。
「……それが望みだったりして」
「何?」
「なんでもないわ。とにかく、早急に体制を整えないと。……こんな時に上級幹部級が殺されたのは痛いわね」
「痛いどころの話ではないだろう。魔王陛下の話によると、その独立官は魂毒を操れたと言うことだ」
「は!? 確かに、第五賢者の死体から毒が検出されたと言うことは……」
そう、その独立官の敵であった第五賢者の死体から、魂毒が検出されている。
それは魔王の派遣した独立官がその毒を使えるほどの、魔王の言う「天才」であることの証明に他ならない。
「広義の人類の中に二桁も使い手がいない」、それの意味するところは、魔人と人間合わせたとしても10人もそれを使える人物がいないと言うこと。
「……まさか、教国はわざわざその者を殺すために第五賢者を囮に?」
「それは些か非現実的ではないかと。賢者のうちの一人が死んだことを感知したため、『大賢者』やその側近が動いたと考えるべきでしょう」
強力な敵になりそうな者を殺すために、第五賢者すら囮に使ったのかという悪夢のような予想をグリーガーが打ち立てる。
しかし流石にそうではないだろう、と筆頭政務官は言う。
「どちらにせよ、色々な対策を強化するべきだわ。陛下、海軍の敵監視を強めるために部隊を拡大する許可を」
「許す。陸軍、空軍も同様だ」
「「はっ」」
「ただし、賢者どもに一般の兵をぶつけても焼け石に水。何か不審者を発見したら直ちに我々に伝達するよう厳命せよ」
「かしこまりました」
どう足掻いても、教国が攻めてくる、もしくは全面戦争を起こす可能性がある以上放置はできない。
単に戦争が激化するのか、それとも賢者が動き始めるのかはともかく、備えるしかないのだ。
「死亡した独立官については緘口令を敷く。戦争激化の可能性は良いが、それ以外は語ってはならない」
独立官と言うのは常に頼れる最強の味方で、魔人の最後の砦で、民を救うものなければならない。
独立官、それも上級幹部に匹敵するものが死んだとなると大いに軍は混乱する。
士気は下がるだろうし、民を無闇に絶望させるだけになる。それによって勝てる戦も負けてしまっては、魔人の明るい未来は消えて無くなる。
「その死んだと思われる独立官については、生前他の任務も任せていた」
「どんなものでしょうか」
「簡単だ。戦場で圧倒的な力を見せつけ、兵士たちに強大な味方の存在を知らしめろ、と」
「もしやアドヴェント大草原から帰還した者たちの混乱は……」
陸軍元帥は、その魔王の課した任務に、正確にはその結果に心当たりがあるようで。
「ああ、それのせいだ。どうやら兵士たちへの刺激が強すぎたようでな」
暗闇の中、どこからともなく現れた真黒の何かに敵兵が貫かれていく。つい先程まで自分と戦っていた相手が、訳もわからず爆ぜていく。
静かに、誰も感知できないうちに血で池が作られる。
その恐怖はどれほどのものだっただろうか。味方とわかっているとはいえ、それがもし自分に降りかかったらと思うと悪夢のような光景だったに違いない。
「まだ広がっていないが、いずれその独立官は『悪魔』とでも呼ばれるだろう」
「『悪魔』、ですか。なかなか笑えませんね」
「それでも魔王軍に箔をつけるには丁度いい。利用しない手はない」
これから大戦争が始まるかもしれない。この『美食の間』にいる者の中にも、死ぬものが出てくるかもしれない。
そんな状況下で、突如現れた『悪魔』のような強さを誇る味方というのは心強いものだ。人々の心理状況を侮ってはいけない。
たとえそれが、もういない幻想であれ。
「これで1級幹部会は終わりだ。また何かあればこの会を開くし、詳細な連絡は追って伝える」
久しぶりに開かれた1級幹部会、それが終わろうとしていた。
「最後に、……これからずっと『悪魔』の幻想を背負わされる、今亡き独立官_アオイの冥福を祈ろう」
これから兵士たちの間で美化され続け、結局誰にもその真実を知られないであろう独立官。
「賢者の一人を打ち倒すと言う魔人にとっての快挙を成し遂げた英雄に。黙祷」
七色たちは祈りを捧げた。
祈る先は同じでもその心の中は様々。
単に戦死した者に祈るように祈る者。長年の強敵をついに一人とはいえ打ち破った強者に敬意を持って祈る者。
歯車を動かした者に対して恐れと少しの嫉妬とともに祈る者。敵の実力を少しでも明らかにした尊い犠牲に祈る者。
そして、長い人生の中で初めて出会った同類のために。
ごくわずかな、それこそ砂漠から一つの宝石を見つけるような確率の先にある__生の希望へ祈る者。
少しの黙祷の後、1級幹部会は何事もなく終了した。
幹部たちがいなくなり、魔王は一人『美食の間』にいた。
グラスを傾け、そっとワインの香りを確かめながら不死鳥の森を思い出す。
そして同時にそこの霊獣のことを、アオイを深く愛していた霊獣のことを思い出す。
「不死鳥は……決して私を」
許さぬだろうな。そんな確信に似た予感を抱いた。
自らを嘲るように。薄く笑う。
アオイの人生はアオイの人生。例えどう死のうと彼の一生であって霊獣は関係ない。軍に入った時点でこの事態は予想できたはず。そしてアオイを殺したのは教国。
そう思いはするものの、例えそれを不死鳥に言ったとしてそれで怒りが鎮まるとも思えない。
不死鳥が、「アオイをくだらない争いに巻き込んだ時点で有罪」と思っていてもおかしくない。
それに魔王自身も、可哀想なことをしたと思っている。自分と同格との戦いだと伝えておいて、実際にはそれを倒したらさらに格上が出てきた。
不可避だったとはいえ、どうにかフォローの体制を組めば生きていられたかもしれない。
死の瞬間に果たしてどれだけ自分のことを恨んだことだろう。
その恨みがあったとすれば、不死鳥の怒りがあったとすれば、それは理不尽と言えば理不尽。だが、そう思われても仕方がないとは思っている。
いや、死者の心をそうやって勝手に想像して、勝手なイメージを植え付けるなど冒涜もいいところ。
そう思って魔王はその思考をやめた。反省すべき点だけは頭に残して。
だが、
不死鳥は生者だ。少なくともこの世に知覚できる範囲で存在する。
「……怒りたければ怒るがいい」
下手すると自分と不死鳥の殺し合いに発展することはわかっている。
分かっていてなお、それならそれで構わないと思う。
それらを受けるのも王の役目。それこそが王の役目。
その過程で自分が死のうが恨みはしない。それが王に求められる覚悟というもの。
「だが、まだだ」
今死ぬことは論外。すべて怨恨を受けるのは終わってから。
思考を切り替え、これからを考える。
グイッと炎葡萄酒を飲み干した。
「さあ大賢者よ。長年の殺し合いを終わらせる時だ」
その顔に自嘲の笑みなど浮かんでいない。どれだけ恨まれようと関係ない。
例え自分が死のうと、達成しなければならない目標がある。しなければならないことがある。
その目にうかんでいるのは、これ以上大賢者との悲劇を繰り返さないという、命懸けの決意だけだった。
次から新章が始まる予定です!




