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1級幹部会  始まるまでのつかの間の七色

 ちょうど第一護衛部隊の面々が騒いでいる頃、魔王の城でもまた一つ大騒ぎが起きていた。


 ある意味護衛部隊の方とは比べものにならないレベルの大騒ぎ。 


 7人の上級幹部たちが、一斉に姿を消したのだ。


 だが実際には、彼らは城からいなくなったわけでも、任務を突如乱心して放棄したわけでもない。



 天高く聳える中央塔。その中に彼らはいた。だがそのことを一般兵は知る由もない。



 中央塔はその名の通り城の中央に位置し、そして機能的な意味でも中央となっている。


 各種機密事項が詰まった書類庫に、幹部級のみに知られている特殊な道具_例えば通信機器など_の保管庫。


 魔王の執務室、そして唯一魔王軍の中で「魔王に膝をつかない」とされる最高幹部の部屋。ただしそこは部屋とは名ばかりの異空間ではあるが。


 また、国中の情報を集め、書籍を集め、人々や行政、過去の全ての軍の動きの記録が収められている『情報の間』など。


 数々の重要な部屋があるその塔は基本幹部級しか立ち入れず、例外はそれらに招かれたものだけ。



 その特殊な塔中の一室に上級幹部、七色は集められていた。





「わざわざ任務の中断まで命じられ、儂らを集めるとは。よほど重大な何かがあったのだろうか」


 重々しくある老魔人が口を開く。魔王都守護軍の元帥、グリーガーだった。


 七人の上級幹部が全て緊急で集められる、そんなことをするほどの重大事が起きたであろうことに眉間に皺を寄せていた。



「1級幹部会なんて何十年ぶりかしら。相変わらずここの食事は美味しいわね!」


 口角を上げた彼女は手元のナイフやフォーク……ではなくその暗くも青い爪を使って、器用に肉を切り分ける。


 指をさっと空中で振るだけで、巨大な肉塊がブロック状に切り裂かれていく。その様子はまるで奇術師の舞台のよう。


 海を連想させられる透き通るような青い髪に、爪と同じ真青の瞳。


 海軍元帥である彼女は、何も1級幹部会に際して深刻な様子などなく楽しげに食事を味わっていた。


 だがグリーガーが重大事を懸念するのも間違っていない。



 魔王軍にはいくつかの幹部会が存在する。


 最も一般的なのが3級幹部会。アオイら独立官も出席することができる、下級から上級まで全ての幹部が集まる会だ。


 これは定期的に行われるものであり、一般兵にとっても存在くらいは知っている有名ものだ。


  次が2級幹部会。出席者に対する階級の条件はなく、魔王もしくは上級幹部が必要だ、と認識した場合に開催される。


 例としては大規模な人間からの進行(陸路)が起こった場合、陸軍関係の幹部だけを集めて開催する、などと言ったことが挙げられる。


 そして、魔王の庇護下全てに危険が及ぶなどの緊急事態に開催される、上級幹部だけの特別な会合。


 それが、1級幹部会だった。




 しかしだからと言って、全ての上級幹部が深く思い悩んだり考え込んだりするわけではなく。


「ああ、フェーユの言う通り。『美食の間』は素晴らしいね。こんな食事はここでしか味わえない」


 そう言いながら口より上を全て布で覆った男は、毒キノコと毒ガエルの肉を特殊な毒薬で混ぜたパスタを楽しんでいる。


 置かれている料理や飲み物は全て人によって異なるが、彼の元にあるのは全て毒物(・・)で作られていた。


「ここでしか味わえなくて当然よ。そんな猛毒だらけの、誰も食と思わないわ」


 当然のことだが、毒物を提供する料理屋は通常罰せられる。


 『美食の間』はそう言った制限がなく、毒物に対する高い抵抗力があるほんの一握りの強者のためだけの、毒物をふんだんに用いた料理なども提供している。


「フェーユ、毒というのは素晴らしい食材なんだよ。こんなに多種多様で味わい深いものは他にない」


「相変わらずの毒物マニアね」


「僕は毒物マニアではなく、任務のためにただ耐性を得ようとしているだけさ。それと同時に自らの嗜好品としても味わっているだけのこと」


 そう言ってのける彼は、魔王軍の中にたった二つしかない特殊部隊のうちの一つ、隠密部隊のナンバーワンだった。


 それをマニアというのよ、という海軍元帥の呟きはしっかりと彼の耳に入ったようで。


 理解者を求めて彷徨った彼の視線は_と行っても布により見えないが_一人の幼なげな魔人のところで止まった。



「……りかいを、求めるな。へんたい」


 見えない視線の先にいたのは、彼と負けず劣らず食事内容が偏っている、エステーゼだった。


 ワイングラスに注がれているのは絞り出した魔牛の血、皿の上には新鮮な、殺したての魔物の死体が置かれている。


 その死体の生肉を齧り付いていのだから、側から見れば怪しい絵面であることこの上ない。


「大量の血を飲み生肉を喰う君こそ変人だろう。食事の必要もないのに」


 「食事の必要もないのに」、という言葉。


 その言葉が全くそのままブーメランとなっていることに、彼は気が付かない。


「……ばか?」 


「なに?」


 終わりの見えない技術部隊長と隠密部隊長の不毛すぎる言い争いが始まりそうなところで待ったがかかった。



「お二人とも、食事の感想が熱くなってしまうのもよくわかります。しかしせっかくの1級幹部会。どうせなら皆様であちらの炎葡萄酒を飲みませんか?」


 なんでも魔王陛下が今回のために用意してくださったそうですから、と片眼鏡をかけ頭から角がはえている青年が、2人の上級幹部の争いを止めようとする。


 元から大したことがなかった特殊部隊の隊長同士の争いは、こうして未然に防がれるのだった。


 それを止めた青年は上級幹部という立場に似合わず、性格が丸く丁寧そうな声。


 一見、場違いのようにさえ思える優男。


 だが彼の本当の役職を知るものは、決して彼に対して穏やかという評価は下さないだろう。


 なぜなら、決して穏やかだけの物には務まらない地位にいるから。青年はこの場において彼は唯一軍隊としての活動を主任務としていない。


 政に関しては魔王に次ぐ発言権を持つ、筆頭政務官。それがこの青年の役職なのだ。



「なるほど、これが炎葡萄酒か。なかなか久しぶりに見ると懐かしいものだ」


「以前も飲まれたのですか?」


「ああ、確かあれは……」


 皆が筆頭政務官のさし示したワインに興味をもち、普段滅多に人がいない『美食の間』が珍しく賑わう。


 7人がそれぞれワインに手を伸ばし、好きな相手とバラバラに会話し、もしくは誰とも関わらずにゆっくりと食事に浸り。


 グリーガーは空になったワイングラスに炎葡萄酒を注ごうとし、ふと動きを止めた。


「これは……」


「ん」


「いらっしゃったようですね」


 この場に近づいてくる一つの気配を感じ、皆が立ち上がる。


 ほんの少しすると、小さく音をたて『美食の間』の扉が開いた。


 そこから入ってきた魔人に、全員が即座に膝をつく。


「皆、揃っているな」


 この場にいる誰をも凌ぐ圧倒的な存在感。


 この場にいる全てのものの忠誠を捧ぐべき王であって、その者にとってはこの場の全ては庇護すべきものであって。


 魔人全てを纏める、魔王が入室した。


 ゆっくりと首を垂れる全員を見つめた後、魔王は宣言する。


「よく来た__これより1級幹部会を、始める」


「「「「「「「はっ!」」」」」」」


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