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混乱する第一護衛部隊 下

「た、隊長! 大変です!」


 焦ったような声が考え込んでいた彼女の元に届く。


 声の方を向くと、一人の隊員が額に汗を浮かべながら急いで走ってきているのが見えた。


「どうした」


 少々苛立ちを感じさせる声。


 彼女は問題が起こることを嫌う。いや、誰でもそんな状況に陥りたくはない。


 故に、また問題を知らせるために駆け寄って来たであろう隊員に睨みつけるような目を向けた。


 彼女自身それは八つ当たりに近いことを自覚しているため口には出さないが、不機嫌には違いなかった。


「そ、それが……」


 焦っていたせいか呼吸が乱れ、駆け寄ってきた隊員は声を詰まらせる。


 それでも何かを急いで伝えようと、肩で息をしながら広間の中でも出入り口に近い方を指差した。


「そちらに何が……」


 指の方向を向いた彼女は途中で言葉を止め、絶句した。


 また誰かが脱走したとでも言うのかと思ってそちらを向いた彼女には、あまりに予想外すぎる事態が広がっていた。



 幾人もの第一護衛部隊の隊員が、そして補給部隊の隊員が、大広間の出入り口に向かって膝をついていたのだ。

 

 決して自分たちの部隊の隊長に向かってではない。単に隊長クラスに対する挨拶ではあり得ない。



 跪く、という行動は魔王軍では特殊な意味を持つ。


 一つは「命懸けの謝罪」。自らの命を捧げてでも大失態に対して謝罪する、そんな時に跪く。


 だが今はそんな時ではない。


 ならばなぜ隊員たちは跪いているのか。それは、もう一つの「意味」があるから。


 それは、「圧倒的上位者に対しの敬意」。それも単なる上位者に対するものではない。


 たとえ大隊長相手であっても、その上の街道統括局長相手であっても、跪くことはない。


 幹部級に対してのみ、魔王軍の一員は跪く。


 今多くの隊員が膝をつき、頭を下げている。それの意味するところはたった一つに絞られる。


「っ!」


 事態を把握した瞬間、彼女は跪いた。


 ここで幹部相手に無礼を働いたとみなされては、簡単に隊長といえども首が飛ぶ。


 なぜここに? 一体何があった? そんな疑問が浮かぶが、それらを全て脳内に押し込めてただ頭を下げる。


 周囲の異変を感じた他の隊員たちも、出入り口に居る魔人を見て即座に跪いていく。


 先程まで活気に満ちていた大広間は、今や不気味に静まりかえっていた。


「……魔王陛下の命により来た」


 顔から爪先まで全身を白の布で覆っている魔人が、こもったような声を発する。



 白の布。これは魔王直属の「独立官」という特殊な地位の証。



 独立官がやってきた。その事実に、まず彼女は震えていた。



 その実力は幹部の中でも一線を画し、7人の上級幹部に次ぐとさえ言われる。


 転移という特殊な魔法を駆使して世界中を駆け回り、常にどこかで秘匿された任務についている。


 一般兵がその姿を見るのは魔王からの緊急の王命を伝える時のみ。


 「独立官」が何人いて、どのように行動しているのか。全ては謎に包まれている。



 誰もが名前を知っているが、誰も実際には見ていない。


 魔王軍を彩る逸話の一つ。強者を夢見た魔王軍が生み出した、単なる幻。




 そんな都市伝説にすぎないと思われていた、少なくとも彼女自身はそう信じていた役職の者が今目の前にいる。


 決して幻ではない。そして今王命を受けてここまで来ている。


 これが誰かのおふざけであったならどれだけ救われるか。


 そんな妄想に逃げたくなった隊長だが、腕に輝く銀の腕輪が彼女を現実から逃さない。そして気を抜くことも許されない。


 雲の上の人。彼女からすればそんな言葉がピッタリと合う。


 ほんの少しの髪の揺らぎが、わずかな視線の動きが、全て無礼と映る可能性すらあった。


 気を緩めた瞬間に、首が宙に浮いていてもおかしくないのだ。そのことがわかっているのか、周囲の隊員たちも体を硬直させていた。


「この場の隊長級はここに」


 その言葉にビクッと震えたのが二人。彼女と、補給部隊の隊長だ。


 まさか独立官に呼ばれるとは思わず、だがその言葉に逆らうわけにもいかず。


 覚悟を決めて二人は近付いていく。一歩一歩、進むごとに心臓が速くなっていった。


「……第一護衛部隊隊長、補給部隊隊長で間違いないな?」


「「間違い、ございません」」


 その声は震えていた。補給部隊の隊長に至っては緊張のあまり失神してしまいそうなほど。


 だがそんな彼女や隊員たちの緊張など、全く意味のないものであったらしい。


 淡々と機会作業のように会話、指示が進んでいく。


「王命」


「は、はっ!」


 その言葉に敏感に反応した2人の隊長は先ほどより一層深く頭を下げる。


 魔王からの直接の命令。


 単なる一部隊の長に過ぎない自身が、そんなものを聞くことになるとは夢にも思わなかったのだ。


「伝達始め。『補給部隊のアドヴェント大草原への進軍は中止。』」


「!?」


「『目的地を前線付近の街に変更。そこで兵の手当、物資の補給等を行うように。護衛部隊はそれを目的地まで護衛すること』」


 そんな型破りで信じられない命令、普段なら誤情報だろうと判断する。


 しかし、今回ばかりは信用せざるを得ない。わざわざ独立官が王命を伝えるためにやってきているのだから。


 むしろ、これは正当性の保証された命令であると示すために、魔王直属の配下が動いているとさえ思える。


 補給部隊が戦場へ向かうことを中止するなどという前代未聞な命令に、補給部隊の隊長は目を丸くしていた。


「『護衛部隊は街に到着後、治安維持およびアドヴェント大草原の監視にあたること。また、激しい任務が想定されるため新人研修は打ち切りとする。』伝達終わり」


 対して第一護衛部隊の隊長はと言うと、これもまた思考が事態に追いつかずに唖然とするばかりだった。


「は、発言をしてもよろしいですか?」


「……よい」


「銀輪の君に感謝いたします。アドヴェント大草原では物資不足とのことでしたが、補給部隊が向かわなくて良いのでしょうか」


「アドヴェント大草原は現在戦場ではなくなっている」


 素早く行動を、そういってすっと腕を振ったかと思うと複雑な幾何学模様が白い服に浮かびあがった。


 そしてそのまま何も言うことなく、独立官は消え去った。


 隊長2人は『戦場ではなくなっている』という衝撃的な情報と、『素早く行動を』という命令が下されたという2つの衝撃に挟まれ、固まっていた。


 一方周囲では、突然人が消えるという事態に転移が一般的ではない隊員たちが驚きを隠せずにいた。


「消えた!?」


「結局命令はなんだったんだ?」


「あぁ、緊張したぜ」


「下手な戦場より圧迫感やばかったな」


「独立官……存在したのね」


「ああ、神よ!」


 圧倒的上位の相手がいなくなったことで緊張の糸が切れたのか、隊員たちが好きなことを話し始める。


 大広間が話し声で溢れたかと言うところで、固まっていた隊長2人がようやく現実を受け入れ始めた。


「隊長、今後の予定は……」


 副隊長の問いかけに、彼女は一瞬険しい顔をした後大声で命令を出し始める。


「全員静まれ!」


 切迫感に溢れる彼女の様子に、好きなように話し始めていた隊員たちも静かになった。


「王命にあった通り、目的地を変更する! これから私と進路の決定担当者は緊急で会議を行うが、出発は1時間以内とする!」


 それでいいな?、と彼女が護衛部隊隊長の方を見ると、しっかりと護衛部隊隊長は頷いた。


「新人研修は打ち切りとのことだ。この場に新兵は置いていく! 今後の新兵の詳しいことはこの施設の代表に聞くように!」


「は、はい」


 わかったな?という視線での問いかけに、アラートは慌てて答える。

 

「素早やい行動を、とのことだ。 魔王陛下からの王命という一生に一度の大舞台だ! 決して失態は許されない!」


「「「「はっ!」」」」


「この場は解散! 各自準備を急げ!」





















 号令と共に、全員が慌ただしく動いていく。


 誰も彼も、魔王からの王命という事実に押されている。そのことで頭が一杯になっていた。




 


 もう、彼らの頭のなかにアオイのことはない。


 混乱の中で、いなくなった新兵_アオイのことは、忘れ去られていった。






〜補足〜


・白い布で全身を覆っている

・実力は上級幹部に次ぐ

これらは全て「一般的な魔王軍の独立官」の特徴


アオイは普通じゃない

・もはや魔人ですらない


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