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混乱する第一護衛部隊 上

「……誰だ?」


 エルフ特有の長い耳をピクっと震わせ、剣先を気配のする方に向けながら剣を何回か振る。


 もちろんこれは素振りだが、かなりの威圧感を感じることは間違いない。


「……おはようございます。こんな早くから訓練ですか?」


 建物の柱の影から人が、彼女の部下が現れる。


 そして彼女は朝早い時間帯から素振りと自重運動を繰り返していた手を止め、部下の方を向いた。


「お前か」


 その部下の顔を見た彼女は特に驚きもせず、むしろ予想通りといった様子だった。現れたのは彼女の副官。この部隊の副隊長だった。


「はい。隊長に気配を読まれないという私の夢はまだ叶わなそうですね」


「第一護衛部隊の指揮を取るものとして当然のことだ」


 その襟に輝く銅の階級証はまさしく彼女の言葉を保証する。


 彼女は陸軍地方防衛団街道統括局第一大隊第三護衛中隊第一護衛部隊隊長を務めるラングトーファ。


 一部下に負けているような人間にその役は務まらない。


 もっともその部下というのは一般的人間であってアオイのような人間外ははなから論外である。いつ彼女自身がそれに気がつくかは、大した問題ではない。


「お前はどうせ書類仕事ばかりしているのだろう。気配を語る前にもっと腕を磨け」


「隊長が丸投げしないのであれば」


 その言葉を黙殺した彼女は手元のタオルで汗を拭き、剣を鞘に戻した。


「それにしても隊長は訓練熱心ですね。今回の任務は単に補給部隊の護衛。戦場の手前で終わる任務に、そこまで気を張る必要もないのでは?」


「護衛部隊は力が要る。訓練というのは何かあるからするのではない。それに、いくら直接戦地に向かうことはないといっても危険は十分ある」


 事実、彼女たちは昨日何回か魔物の群れに襲われている。


 そして、補給部隊の護衛をしながらそれを捌くことは、単に戦って倒すよりもよっぽど時間と手間がかかる。


 それらを素早く終わらせ、護衛対象を死守するのが護衛部隊。総合的な力が求められるのも当然のことであった。


「隊長の訓練熱心はよくわかりました。そして、もう隊員達の起床時刻です。今日1日の指示をお願いします」


 もうそんな時間か、と呟きながら、彼女は施設内の大広間に向かう。


 歩きながら脳内で今日するべきことを考えていく。


 今の所ペースは悪くない。しかし魔物の襲撃などがあったため若干の遅れが生じている。


 それを取り戻すために今日の進軍ペースを早める、これが今日の優先事項だと脳内で決定する。


 しかしそのためには補給部隊の方と少々話し合わなくてはならない。まずは補給部隊長と軽く話し合いを、と思ったところで大広間に到着した。


「……ん?」


 僅かに彼女は眉を寄せる。どうにも隊員たちの行動に違和感があったのだ。


 より正確に言うなら、空気感、そして雰囲気。どうにもピリピリしたような、慌てたような空気がを纏っているのが数人いたのだ。


「あ、隊長だ!」


「お? ようやく来たな」


「隊長、お話が!」


 そう言いながら数人が近付いてきた。丁度何か焦っているような雰囲気の人だった。


「……なんだ?」


「消えたんですよ!」


「窓が開いていて、風があって、見間違いかと思って!」


 一斉にバラバラに別々に情報を言われたため、全く頭に入ってこなかった彼女は顔を顰める。


 消えて、窓で、風で、こんな情報から理解しろという方が無茶だった。


「一旦黙れ。まず何の話だ」


「それがですね、えっと、最近入った新兵いるじゃないですか」


「新兵は二人いる。どちらについての話だ」


 相変わらず容量を得ない。せいぜい話の対象が2人に絞られただけだ、と彼女は呆れた。


「えっと……あの、髪でが白くて長い方です。名前は……なんだったか」


「もういい。わかった」


 目の前の部下はあの新兵を恐るあまり交流をしてこなかったのだろう、とあまりのアオイに対する認識に少々呆れが深まった。


 軽くため息をつきながら彼女は話の続きをするよう促す。


「それで?」


「だから、居なくなっていたんです!」


「……は?」


「朝起きたらベッドに誰もいなかったんです。俺らは同室だったんですが、何の前触れもなく、気がついたら消えていました」


「……」


 いきなりすぎる展開に頭を抱えたくなる隊長だが、それでも状況をなんとか受け止めて整理しようとする。


 まず兵士たちの妙に慌てた感じだが、それの理由はよくわかった。いきなり同室の隊員が消えていたのだ。それは驚きもするだろう。


 そして肝心の慌ててる内容だが……


「新兵の脱走……にしてはおかしいな」


「はい。確かに例年脱走する新兵がいないわけではありません。しかし……」


「早すぎる」


 その通りです、と言わんばかりに副隊長が頷く。


 新兵の脱走自体はそこまで珍しいものでもない。いくら魔王軍に入ったからといって、即座に力がつくわででも覚悟がつくわけでもない。


 力が弱いまま初任務を迎え、しかし戦場で自分の弱さに打ちのめされ脱走。

 

 もしくは力はあっても人を殺したり命の奪い合いをする度胸がなく、精神的に耐えきれずに脱走。


 これらのことは十分あり得る。


 これらのことは大抵戦場についてから、もしくは戦場の直前で起こることが多い。


 しかし、今回脱走だというのはおかしい。そもそも早すぎるのだ。


「脱走は大抵、もっと訓練を進めてから、もしくは戦場で起こる。これくらいの任務しかしていないこの時期の脱走というのはほぼない」


 それに、口にはしなかったが彼女はさらに違和感を抱いていることがあった。


 脱走、と今の状況がどうにも噛み合わないのだ。


 まず第一に、この任務は護衛であって戦場まで向かうものではない。あらかじめ戦場にまではいかないということが告知されていた。なぜならこれは新人研修の側面が強かったから。


 そして第二に、脱走したという新兵がそんなに弱々しい者だとは思えなかったからだ。


 一部の隊員は現実逃避したりあり得ないと決めつけてアオイの実力を認めていないが、隊長はしっかりと認識していた。


 最低でも、魔物をたった一人で狩る度胸があること、そしてそれだけの強さがあることを。


「……」

 

 巨大な事件が起こっているのではないか。


 そしてこの不可解な脱走はその問題のほんの一端に過ぎないのではないだろうか。

 

 そんな最悪の予想が彼女の脳裏に浮かんだ。



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