7.辺境伯様は有能な部下を従えておいでなのですねえ
7.辺境伯様は有能な部下を従えておいでなのですねえ
シュルツ辺境伯領は西部防衛の要衝と言える。
西部からの魔物たちの侵入を防ぐために、人牢関という高い防壁が設けられていて、王国の治安を守る最前線となっていた。
魔物の中でも、特にドラゴン系の魔物はめったに現れないものの、いざ現れると倒すのが難しい。
そのため決して油断できない場所である。
そんなわけで、兵士の数は多く、気風は激し目である。命がいくつあっても足りないのだから自然そうなるのだろう。
また、そんな辺境伯領の元に嫁ぎたがる令嬢はおらず、その上辺境伯の人柄も悪いとくれば、もはや婚姻など成立しえないと言って良いだろう。
そんなわけで私は多額の結納金によって親に売り渡されてきたようなものであり、先方としても私が悲嘆しながらやって来たと思っていることだろう。
「面白そうな土地ねえ。ふふふ、喧噪と争いが絶えないで。毎日がお祭りみたいだわ、ドナ?」
馬車から街並みを見ながら、私は口元を嬉しそうに綻ばせた。
「そ、そうですね……」
「ふふふ、ドナったら青い顔して。大丈夫よ、きっと」
「ど、どうしてですか?」
「どうしてかしら。ふふふ、私の勘かしらね」
「は、はぁ」
「ふふふ。嘘よ、嘘。私が死ぬならもっと酷い、悲痛な、悲劇的でドラマティックな場面で死ぬことになるわ。だから、私もあなたもこんなところで死ぬことはないわ? だから安心して?」
「余計不安になりましたよ!」
「ほら、元気が出たわね。ああ、そろそろつくわ。お城が見えて来たじゃない?」
ひと月弱の長旅を経て、とうとう辺境伯様のお城へと到着した。
お城と言っても、王都にある王城のようなきらびやかなものではなく、ごつごつとした石造りであり、機能性を重視したものだ。
「いいわね。ドラゴンが襲って来ても、一撃くらいは耐えられるのかしら? 楽しみねえ」
「ひえええ」
最近のドナは結構素の悲鳴を上げたりしてくれて、傍に置いておくと面白い。
私の常人離れした感覚を市井のレベルまで戻してくれる。
ピエロは王に必要だ。それと同じで、私のような悪女にも常識人が必要なのだろう。メイドを先導して屋敷で最も弱かった私をイジメる程度の行動力のある保身に長けた常識人が。
「お待ちしておりました、アビゲイル=リスキス公爵令嬢様。儂はキース=シュルツ辺境伯様の家令を務めておりますクライヴと申します。以後お見知りおきを。しかしずいぶん遅かったですな。そのように使いを出して頂ければ無駄に待つ必要もなかったのですが?」
クライヴは50歳ぐらいの老人だが炯炯とした目つきをしている。
どうやら、このシュルツ辺境伯家を牛耳っている様子だ。
その婚約者にこの態度ということは、自分の今の地位を保持するための示威行為のようなものと理解すれば良いだろう。
「ええ、こちらこそ、クライヴ。お迎えご苦労様。でも、なかなか決まらない婚約者候補がやって来たのですもの。あなたとしても待つ甲斐があったでしょう?」
「なっ⁉」
いきなり私が朗々と言葉を紡いだので、彼は驚く。
無理もないと内心少しおかしがる。
私の情報をもちろんクライヴは持っているのだろうが、それは私という存在が憑依する前のアビゲイルだ。
以前のアビゲイルならば、ここで恐縮して、何も言えないか、あるいは震えて縮こまってしまっていたに違いない。きっとお供だっていなかっただろうしね。
「長旅で疲れているのよ? 家令ならば察しなさい。お湯の準備は出来ているのかしら? ただ、待っているだけの無能なんて言わないわよね? 何せ、家令、なのでしょう?」
「ぐっ⁉ い、いえ。お湯の方はまだ……。先ほども言いました通り、使いを寄越して頂いていれば、すぐに長旅の疲れを癒して頂ける手はずを万全に整えられていたでしょうが」
あくまで私の落ち度だということにしたいようだ。
負けず嫌いなのは良いことね。何せ私を楽しませてくれる余興を提供しているんですものね。
「言い訳はいいわ。それに使いを出すのはあなたでも良かったのよ? それを怠ったのはあなた。それにあなたがやらないなら、私のメイドが今後はこの辺境伯家の一切を取り仕切りましょう。それで良い?」
「ば、馬鹿な⁉ いきなり来たメイドごときが!」
あら、馬脚をあらわすのが早い。私は唇を三日月のように美しく綻ばせて、
「なーんてね♪」
「は?」
クライヴは唖然とする。
「冗談に決まっているじゃない。最初に言ったでしょう? 出迎えご苦労様、と。あなたは私の従者として最低限の働きはした。だから今回の粗相は許しましょう。今後も励みなさい。でも、私の世話は基本的にはこのドナに任せます。私に何かをして欲しい時は、ドナを通すように」
「なっ、そんな勝手な……」
ふふふ。私を意のままにしようとしていることは、最初の会話で分かった。
だからこうやって牽制しておくことはとても大事だ。
だって、そうしたら、とても相手が嫌がってくれるんですもの。困った顔は嫌いではないわ。
それに、
「実家から連れて来た信頼のおけるメイドに世話をさせることはおかしなことではないはずよ?」
「そ、そうそれです!」
クライヴが納得いかないとばかりに言った。
「誰もつれてこないと聞いていましたぞ! そ、それに、荷物もほとんどないと! こちらで全て用意させて頂くと申し上げたのに!」
お飾りの夫人が欲しかったからよね?
ふふふ、お生憎様ねえ。そんな分かりやすい罠にひっかかるような前世は歩んでいないの。
「そこまでさせては申し訳ないわ。リスキス公爵家としては、何でも持って行って良いと私に一任するほどだったのよ? だから、たくさんの私物と、メイド長を連れてきたの。だから、自分のことは自分でするわ。ああ、でも、この家の経営については携わらせてもらいます」
「そ、それは。そんなことまで奥様にしていただく必要はありません。ここには優秀な部下たちがたくさんおりますので……」
「そう? それならいいわ」
ほっ、とあからさまにクライヴが嘆息する。私は唇を微笑みの形にして、
「じゃあ、50万ベリーを毎日持ってくるようになさい。それを私の品位保持費とするから」
「ご、50万⁉ それは余りにも……」
「多いの? なら、帳簿を見て、直接計算させていただいてもいいのよ? いかが?」
「うっ……」
クライヴは青ざめる。
十中八九、何かしらの不正に手を染めているのでしょうね。でも、そんなことはいいの。
それをただす義理は私にはないのだから。
そんなのはハッキリ言って、どの領地でも、王家ですらあるものだから。
それよりも、それを飲み込んだうえで、自分の利益に出来るかどうかが大事だ。貴族ならそれくらいの清濁併せ呑む気持ちがなければいけない。正義のお題目ばかりを唱えているばかりでは役に立たないもの。
「分かりました検討致します、奥様」
「そうして頂戴。それよりも中に入れてくれますか、クライヴ? 良い気候ですけど、立ち話は老体には障るでしょう」
微笑みのまま言った。
「いえいえ、奥様。まだまだ若いので、ご心配は無用です。奥様は政務などの厄介ごとは儂らにお任せいただき、せいぜい毎日楽しく過ごしてくだされれば、家令としてこれに勝る喜びはございません」
「ええ、そうさせてもらうわ。クライヴ。それからお湯を宜しく。ドナにも用意してあげてくれる?」
「御意に」
そんなやりとりを経て、私たちはやっと辺境伯のお城へと足を踏み入れたのでした。
「気遣いの出来る家令で幸先が良いわね」
私がにこりとしながら後ろを歩くドナに言うと、
「お嬢様、さすがです……」
なぜか畏怖の念というか、恐怖というか、そういった表情で私の方を眺めていたのでした。
どうしたのかしら? あれくらい、宮廷では普通のやりとりだったのだけども。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「アビゲイルはこの後一体どうなるのっ……!?」
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