6.死地へ出発なんて心が躍るわね
6.死地へ出発なんて心が躍るわね
「ふふふ、それにしても本当に誰も見送りにすら来なかったわね。いっそすがすがしいわ」
「お嬢様は本当にお変わりになられたのですね」
どこか畏怖するような表情でドナが私の言葉に反応する。
私たちは馬車に乗り、一路シュルツ辺境伯領へと向かっていた。
今日は快晴。風も心地良い。実に良い日だ、私が辺境伯領と言う悪徳領主キース辺境伯の元に嫁ぐことを世界が全力で言祝いでくれているのだろう。
「本当に楽しみ♪」
「でも、辺境伯領には魔族もたくさん現れると聞きます。野生の獣も多く、人々は礼儀を知らない野卑な者たちだとか。心配ではないのですか?」
「ふふふ、言葉が通じない点で言うなら、私の家族とほぼ同等じゃない。さほど変わりはしないのではないかしら?」
「そ、そうですか」
「それにしても、見送りに来ないなんて、私を信用してすべてを任せてくれたということよね。そう解釈するのが自然だもの」
「そ、そうですね……」
若干、ドナの表情で青くなる。
「どうかしたの? ああ、馬車の揺れに酔ったのね? 無理もないわ、慣れないと厳しいでしょう」
「い、いえ。そうではなくて。この荷物の数々……。先ほど見せて頂いた鞄の中には、公爵夫人が大事になさっていた宝石や、それに加えてマイナお嬢様のドレスの数々……。さらに公爵領の小切手や金貨なども複数枚持ち出されております。そんなことをして本当に大丈夫なのかと‥‥…」
「でも、用意は私に一任されていたのよ? 何を持っていくかは私に全幅の信頼を置いてくれていた、と解釈するのが当然でしょう?」
「そ、それは……」
「いい、ドナ」
私は唇を綻ばせながら言う。
「貴族の世界は政治なの。家族の間だってそう。時に政治の延長で殺し合うことだってあるのですもの。今回は彼らが隙を見せてしまったのだから、当然の結果なのよ? 愛する娘が嫁ぐのに見送りもせず、あまつさえ、何を持っていくのか確認をしない。その不自然さは、私に好きにしていいと言っていると解釈させる余地がある。それを利用しないなんて、貴族の私には出来なかったわ。それだけよ」
「これらの金銀財宝には興味がないと?」
「あんなつまらない場所にいるよりも、私の元に来て役立ちたがっていたようだから、持ってきただけよ。欲しいなら上げるわ」
「えっ……。ほ、本当に……。あっ、いえ。滅相もありません。私は忠実なメイドですから」
「ふふ、そう? でも困ったら言いなさい。私に尽くす者たちが気持ちよく働ける環境を用意するのは貴族の役割なのだから」
「は、はい」
「じゃあ、少し眠るわ。あなたも眠っていいからね、ドナ」
「はい、恐れ入ります」
「寝首をかいてもいいのよ? そうして公爵家にこの荷物と一緒に戻れば、あなたはまたあの家で安泰に過ごせる」
「へ? ああ、いえいえ。そういうのはもういいんです」
「そうなの?」
「はい、お嬢様」
私は若干意外に感じた。辺境伯領は恐ろしい場所で、ドナが行きたがっているとは到底思えなかったからだ。
しかし、彼女が嘘を言っているようには思えなかった。
少なくとも、私と一緒に辺境伯領へ行くことを厭う様子はない。
「まぁいいわ。おやすみなさい、ドナ」
「ええ、お休みなさいませ……」
私はすぐに寝落ちする。すぐに眠りに入ってしまえるのは特技の一つだ。
意識の遠くで、
「せっかく見つけた仕えるに値する主様から、離れる訳がありませんわ。鈍感な私の可愛いお嬢様」
そんな声が聞こえたような気がしたが、すぐに意識は暗闇の中に溶けて行った。
夢を見ている。
誰かの記憶の追憶。
それだけは分かった。
「お前のような女には価値などない」
「そんな、お父様! お、お母様……」
「あなたなんて娘でもなんでもない。妹がいる。あなたなんて生まれて来なければよかったのに」
ああ、なるほど。これは彼女の……。
「お前のような娘には、野卑で野蛮な領主へ嫁がせて結納金を稼ぐくらいがちょうどいい」
「そうですわね。誰がいいかしら」
「可哀そうなお義姉様。きっと変態領主の奴隷にされて、拷問の末に殺されてしまうんだわ、あははははは!!」
あらあら。
「うう、死にたい」「つらい」「誰か助けて」「どうしてこんな目に合わないといけないの?」「こんな目に合うくらいなら」
合うくらいなら?
「こんな弱気な性格も、私の自我も、身分も、家族も何もかも」
すべて一切合切?
「そうよ、全ていらない! 私すらもいらない! だから全部、嵐の中に消え去ってしまえばいい!!」
その願いは神様に通じたのかしらね。
だから私が生まれたのかしら?
元のあなたはきれいに無くなってしまった。
それは今となっては遠い過去。
家族を捨てて、今、私は新しい地へと赴いている。
辺境へ。
まさに別世界へ。
ガタガタ。
辺境伯領へ続く街道を走ること20と3日。
私たちはとうとう、キース=シュルツ辺境伯が治めるシュルツ辺境伯領へと到着したのだった。
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