5.妹と婚約者はとてもお似合いね
5.妹と婚約者はとてもお似合いね
「もう、明日出発ね。あっという間ね、ドナ。準備をありがとう」
「とんでもありません、アビゲイルお嬢様。……ところで一つ伺っても宜しいでしょうか?」
「なぁに?」
注がれた紅茶を優雅な手つきで置き、微笑みながらメイド長のドナを見上げた。
「嫁ぎ先への準備につきましては、私の方でさせて頂きました。しかし、その……お嬢様のお荷物が想定よりも多いと言いますか……。見たことがないバッグなども散見されますが、あれは一体……」
「私の荷物よ? 私物だから気にしなくてもいいわ」
「で、ですが……その……」
ドナは少し顔を青ざめさせながら口ごもる。
正直な反応ねと、私は唇をニコリと綻ばせて答える。
「私物なんてなかったはず? あるいは、義妹に全て取り上げられていて、あるのは襤褸のドレス一着のはずだと言いたいのよね? で・も・ね?」
私は笑みを深める。反対にドナは更に顔を青ざめさせた。
「私の家ですもの。そして家族のものはみんなのものよ? 助け合うのは当然なのよ? だから、ね、ドナ?」
私は彼女の顔を正面から見つめて、
「何を、どうしようと、私の勝手だとは思わない?」
「そ、そうです……ね……」
あえぐようにドナが答えた。
「ふふふ、それにね」
私は冷めないうちに、最適温度のティーを楽しみながら、
「愛する娘に出来るだけのことをしたいという親心は察するに余りあるわ。彼らが何も言わなくても、私には、相当の嫁入り道具を持たせたいと思っているはず。辺境でも不自由しない程度に十分なお金や宝石、服飾なんかをね。でも、彼らだって忙しいし、恥ずかしいのね。言い出せないのは無理もないわ。ふふふ、だからその手間を省いてあげたのよ。もしかしたら、彼らの大事な物も含まれているかもしれないけれど、もちろんそれは誤解によるもの。何より長女のハレの舞台。笑って許してくれるはずよねえ」
そう、
「尊き血筋たるリスキス公爵家の皆さんなのですもの。その優しさを疑うつもりはないわ」
「……お、おっしゃる通りです。火よりも熱い家族の愛情を思えば当然のことかと。そして、もし誤解ならば、あとで釈明すれば足りるかと思います」
「ふふふ、やっぱりドナを選んで良かった。そう言っておけば、あなたの保身は図れているわ。長生きできるわよ、ド・ナ」
私がそう言った時、突然どたどたと廊下を踏み鳴らす音が近づいてきた。
そして、次の瞬間には、急に部屋の扉が開かれたのだった。それは有無を言わせない勢いだった。
そこにいたのは、
「まぁ、驚きましたわ」
「それはこちらのセリフだ。アビゲイル嬢! 君はよりにもよって、この天使たるマイナ様に不敬を働いたとのことじゃないか!!」
そういきなり叫ぶように批判してきたのは、この公爵家の後継者である義妹マイナの婚約者、ニコラス=ガルシア侯爵令息であった。
美しい金髪の貴公子然とした表情で、瞳は美しいライトグリーンだ。
見るものが見れば、その美貌に心奪われるかもしれないが、残念ながら前世の王家ではけた違いの方々を手の平で弄んだ身としては、今更どうも思わない。
むしろ、
「レディの部屋にノックも入ってくるなんて、あなたこそ不敬にあたりますわよ、ニコラス侯爵令息様?」
そうおっとりと伝えてみた。
「な、なんだと!」
そんな反応が返ってくるとは思っていなかったニコラスは、一瞬ギョッとする。
確かに、過去の記憶を閲覧するに、こういったことがあった場合、この体の持ち主は怯えて辛うじて返事をすることくらいしかできず、言いなりだったようだ。しかも、心のどこかでこのニコラスという男に懸想もしていたらしい。
ニコラス自身も、そして義妹もそれを分かっていて、今日連れて来たというわけね。この前の意趣返しというわけか。
だから、私がいきなりそんな口を聞いてくると思わず絶句したのだ。
「ふふふ、なぁに、お猿さんの次は、鶏さんなの? 高い声で一声鳴いておしまい?」
「ぼ、僕に対してそんな口をきいてただで済むと思っているのか⁉ 分かっているんだぞ、君が僕に惚れているということくらいな!」
彼は調子を取り戻そうと、あえて余裕のあるふりをする。
そして、隣にいた義妹のマイナを抱き寄せて、勝ち誇ってみせた。ついでにマイナもいたいけなフリをしながららこっそりと口元を歪めてこちらを嘲笑っていた。
「僕の気を引くために、マイナに嫌がらせをしたんだろう! まったくおこがましいにも程がある! 彼女こそがこのリスキス家の後継者であり、君はただの出がらし令嬢なんだぞ! 身の程をわきまえろ!」
私は思わず噴き出す。
「何がおかしい!」
だって、
「別に私はあなたに横恋慕なんてしていませんもの。顔が良いから全ての女が思い通りになると思いあがっているのはあなたですわ。そして、身の程をわきまえるのはあなたの方ですわ、ねえ、侯爵令息様? 私は公爵令嬢で、あなたは妹の婚約者といえども、侯爵令息なのですよ?」
「な、なんだとっ……!」
「う、嘘よ! お義姉様は私がうらやましくって嫌がらせをしているんだわ! そうに違いなんだから! 私が可愛くて、しかも火の後継者だから嫉妬しているんだわ! ニコラス様のことだって好きに決まってる!!」
「マイナ、あなたって本当に蠅みたいにうるさいわ? わざとやっているの? だとしたら特技は蠅のようにブンブンすること、って自己紹介を今度からなさいな」
「なんですって!!」
「でも、そうねえ。あなたたちのように盲目的なら人生楽しそうね。けど、私はごめんだわ。だって、うふふ、本当につまらない」
私は唇をニコリとさせて、
「マイナ、あなたはここで、そのつまらない男と添い遂げて、満足して生きていきなさい。間違っても早死になんてしてしまわないでね。私がこの家の面倒を見るなんて嫌で退屈でつまらなくて仕方ないもの。面倒事はあなたたちに任せるから、しっかりと経営なさい。せいぜい私に迷惑をかけないように、ね」
私はそう言うと、冷めてしまった紅茶を一口飲んだ。
言いたいことは言ったので、興味を失ったのだ。
ああそれにしても紅茶が台無しだ。
「ほ、本当にどうしたっていうんだ、アビゲイル。いつもの君らしくないじゃないか……」
あら、まだいたのね?
私は少し驚いて、もう一度顔を上げる。憎しみを顔中にたたえたマイナと、どこか怪訝な表情のニコラスがいる。
「いつもの私でしたら、怯えて、詫びて、泣いて、あなたに縋るはずだということですね?」
「あ、いや、その……」
バツが悪そうな顔をする。
「と、ともかくマイナに暴言を吐いて貶めた事を謝るんだ! さぁ、すぐに!」
「でも、普段からの折檻や暴言を受けていたのは私のようでしたけど?」
「嘘をつくな! そんなことを天使のマイナがするわけがないだろう!」
「するわけがない?」
「そうだ! さあ、早く謝るんだ!」
きつい命令口調で言う。私は思わず唇をほころばす。
「いいですわね。するわけがない、ですか。うふふ」
「は、はぁ?」
「お義姉様、頭がおかしく……」
「じゃあ、いじめられっ子の私が、こんなことをするわけがない、ですわよねえ!」
「うわ⁉」「ぎゃあ⁉」
私は立ち上がるのと同時に、机の上にあった紅茶を二人の頭へと降り注がせたのだった。
「ごめんなさい。手が滑ったわ」
「嘘をつけ! わざとだろうが!」
「もう許さないわ!」
私を二人がねめつけるようにする。
私は嫣然として、
「何をおっしゃるの? いじめられっ子の私が、そんなことをするわけがない、のでしょう? うふふ、便利な言葉ね。するわけがない、か。今度から使わせてもらおうっと」
いたずらを思いついた子供の様に笑う。
「ここまでされて黙っていられるか! 少し痛い目をみてもらうぞ!」
「私の火の力の怖さを忘れたみたいね!」
「あらあら」
私は微笑みながら、
「あなたたちが言い出したから、して差し上げただけですのよ? 因果応報と言う言葉をご存じかしら? ふふ、無教養の方々には少し難しい?」
「減らず口を!」
「ふふ。でも、これ以上は時間がもったいないわね。私は動物たちの曲芸を見るのが嫌いではないけど、出来れば檻の中の動物を鑑賞する方がいいわ。しつけのなっていない猿の相手は疲れますもの。ドナ、来なさい」
「は、はい!」
「よいしょっと」
「ひゃっ!」
私がテーブルクロスを『ある力』によって巻き上げると、私たちと、彼らの視界がシーツによって一瞬だけ絶たれた。
「なんのつもりだ。こんなもの目くらましにも!」
「そうよ、火の力で丸焦げにっ……て……」
彼女らの前からテーブルクロスがなくなると、その目前には、誰もいなくなっていたのである。
そのことで混乱する彼らの声が、遠ざかる窓の中から聞こえて来た。
「お、お嬢様っ⁉ これは……」
「ふふふ。彼らを吹き飛ばしてもいいけど。一度やってみたかったのよね、こうやって窓から脱出してみるの。どう、ドナ?」
私の問いかけに、彼女は目を白黒させる。
そして、落ちないように私の腕にしがみついた。
何せ、私たちは今、窓の外へと身を投げ出すのと同時に、ゆっくりゆっくり地上に落ちていくところなのだから。
「お、お嬢様は火の一族のはず。こ、これは、だって、まるで風の力…‥」
「そうなの? まぁ、出来るんだから、それでいいんじゃない」
「す、すごいです。お嬢様……」
「別に大したものじゃないわよ。曲芸のようなものね」
これが出来た前世でも、結局断頭台行きだったわけだし。
「力とか異能なんて、無用の長物よ? あればそれに縋って生きようとするあさましい動物に成り下がる。さっきみたいな動物にね?」
「は、はぁ」
よく分からないといった感じでドナが頷く。
まぁ、分からないだろう。
それは力を持つ者しか分からない虚しさのようなものだから。
さて、とりあえず出発は明日だ。
しばらくすれば、あの男……。もう名前を忘れてしまった。押し込み強盗でいいか。
あの押し込み強盗も帰るだろうから、そうしたら出発準備に取り掛かるとしよう。
最後に押し込み強盗を鼻で嗤うという貴重な経験が出来てよかった。
「退屈させないでね、辺境伯様」
私は嫁ぎ先の生活に想いを馳せて、唇を美しく綻ばせたのである。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「アビゲイルはこの後一体どうなるのっ……!?」
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