4.さすが公爵家のメイドはよくしつけられているわ
4.さすが公爵家のメイドはよくしつけられているわ
食堂に入る。
長方形の長いテーブルがあって、既に他の家族の方たちは済ませた後らしい。
記憶によれば、長女の私だけが別に食事をさせられていたようだ。
食べさせられていた物も、残飯であるとか、残念な内容のものばかり。
徹底していてすがすがしいわね、と微笑んだ。
食事内容も私が悪女として虜囚の身になった時に独房で出された食事と同等くらいだった。それが懐かしみを覚えさせてやっぱり笑みが浮かんでしまったのだ。
と、そんな穏やかな郷愁にひたっていると、女性の声がした。
「ちょっと、早く座ってくれませんか、アビゲイル様。さっさと仕事終わらせちゃいたいんで」
どうやらこの家のメイドのようだ。名前はドナで、メイド長である。年齢は30歳くらいかしら。
その後ろに5人くらいの若いメイドの子たちがいて、クスクスと嗤っていた。
「楽しそうね」
私もつられて微笑む。下々の者たちが楽しそうに働いているところを見るのは、上に立つ者として気持ちがいいものだ。
「ええ、そりゃもう。くすくす」
「今日の朝食はね、傑作ですよ。ふふ、ふふふ」
「あら、そうなの」
そう言って、私は椅子に座る。
ガン!!
けたたましい音を立てながらお皿が置かれた。
そこには昨日の残り物の野菜や、食べ残されたパン、そしてスープなんかがグチャグチャにかき混ぜられた、犬の餌以下のような食事が大盛で置かれていた。
「さ、どうぞ~」
「しっかり食べてくださいね」
「食べるまで椅子を立っちゃダメですよ~」
「制限時間は30分でーす。食べられなかったら無理やり食べさせますからねー。はい、よーいスタート~!」
「……」
ニヤニヤとしたメイドたちの笑顔を見て、それからメイド長のドナの方も見た。彼女もまた満面の笑みだ。
楽しそうね。そう思って再び目の前の食事に視線を戻した。
そして、スプーンを持ち上げながら思ったことを言った。
「なかなか美味しそうね」
「ぶっ! あはははあははははは!!!!」
「うけるー」
「さすが出がらし令嬢様ねっ!」
メイドたちが爆笑した。
何かおかしかったかしら?
私は笑顔を絶やさずに、少し小首をかしげた。
目の前の食事は独房に入れられていた時の食事と同じくらいの代物だし、食べられるものであれば、私としてはありがたく頂くべきものだ。
何せ食事は下々の者たちが、私たち貴族のために血と汗を流して作ったものだ。つまり、上位に位置する私たちへの奉仕の象徴であり供物なのだ。
だから、出されたものは頂くのが貴族の嗜みであると思っている。なので、別に目の前の食事に口をつけることに否はない。
ただ、
「あら、これは何かしら? ドナ、ちょっと良い?」
「はぁ? 何ですか、一体」
めんどくさそうに、ドナが近づいてきた。
「ほら、これなんだけど……」
「えっと、どれ……」
そう言って、ドナが皿をのぞき込もうとした瞬間に、
「こ・れ・よ」
皿を持ち上げて、顔を近づけながら半開きになっていた口の中へ、ぐちゃぐちゃの汚物にも似たスープを一気に流し込んだ。
「うげっぷ⁉」
もちろん、彼女は目を白黒させながら、すぐに吐き出そうとするけれど、
「何をしているの? ドナ。公爵令嬢から下賜した食事を吐き出すなんて。首を刎ねられたい?」
私はそう言いながら、倒れ込む彼女の口をしっかりとふさいであげる。
そして、同時に首元にスプーンを突き付けてあげた。でもきっと、ドナからはフォークとかナイフに思えるでしょうね。だって見えないもの。ふふふ。
「あ、あなた何して⁉」
「ド、ドナ様を放しなさい」
突然の出来事に驚いて立ち上がって止めに入ろうとするメイドたちに、私は嫣然と微笑みを返す。
「何を驚いているの? あなたたちが用意してくれた傑作の料理を、感謝の気持ちを込めて下働きのドナに下賜したのではない。それともなに?」
私は小首をかしげながら、
「食べられないようなものを、この公爵令嬢である私にあなたたちは出したとでもいうのかしら?」
「そっ、それはっ……!」
普段と違う私の振る舞いに、驚くやら、目の前のドナが苦しそうにあえいでいるやらで、彼女たちの思考が追いつかないみたい。
「どう、ドナ? 美味しい? 美味しいに決まっているわよね? だって、あなたが心を込めて作ってくれた料理ですもの。今日の料理は傑作、と言っていたもの、ね?」
「んぐー! んぐうううううう!」
彼女は口をふさがれているから、鼻から息をするしかない。
でも、なぜか食べ物を飲み込もうとしないから、呼吸が限界になったのか、どんどん顔が赤黒くなってくる。鼻からはスープの汁が垂れて来た。
「一滴でもこぼしたら、首を刎ねましょう。ほら、鼻から垂れようとしているわ。飲み込まないと大変なことになってしまうわよ? ふふ、それにしてもおかしな顔をしているわよ、ドナ? ふふふ」
「んぐぐぐぐ……がは! ごくり、ごく……。うげえ!」
必死の形相になりながらも、ドナが口に入っていた残飯をしっかりと嚥下する。
そして、口元やスープまみれになった鼻を袖でゴシゴシとこすった。
「よ、よくもっ……! よくもっ……!」
ドナがなぜか震えているが、私は微笑みながら口を開く。
「どうしたの、ドナ? まだ終わっていないのよ? ここにある大盛りの食事は全てあなたに下賜したのだから。いえ、特別にそこにいるメイドたちにも分け与えることを許します。どうぞ、おあがりなさい」
その言葉に、ドナが顔を真っ赤にして怒鳴る。
「ふ、ふざけるな! 何なの急に⁉ あんたこんなことをしてただで済むと思っているの⁉」
「まぁ」
私は思わず笑顔になる。それもとびっきりの。
「ひっ」
ドナの後ろにいた何人かのメイドが、なぜか私の笑顔を見て、悲鳴を上げた。どうしたのかしらね?
「今のはもしかして貴族令嬢に対する殺害予告? 害意を堂々と宣言したの? それに、そんなことを言うという事は、私の下賜が気に入らなかったということよね? あなたたちが心を込めて作ってくれた傑作の料理に何か不穏当な物でも混ざっていたのかしら? だとすれば、それも罪に問わないといけないわね」
「は、はん! あなたなんかに何が出来るっていうのさ!」
まだ反抗する気力があるなんて、このメイド長はなかななか良いわ。
面白い。
面白い。
私はドナの言葉にどんどん深まる笑みを止められない。
「あら、そう言えば、あなたには確か兄妹がいたわね? 兄はこの公爵領で商家を切り盛りしていたかしら。そして、妹はカフェを開いていたわよね。その営業を禁止するというのはどうかしら?」
「なっ⁉」
「いえ、それはフェアではないわね」
私はフルフルと頭を振った。それでは余り楽しくありませんわ。
「貴族には市民の不敬に対して直接裁判をする権限が設けられていたわね。今日のあなたの振る舞いは十分極刑に値すると思うの。だから、今からそれを執り行うというのはどうかしら? ああ、心配はいらないわ、親類縁者までの命は取らない。あなただけよ。だから安心して逝けるでしょう。さあ、どちらが良い? 選択肢を差し上げますわ」
「そ、それは。そんなこと旦那様がお許しになるはずがっ……!」
「法律ではお父様の許しは不要よ? 貴族への不敬を王国法にのっとって裁くだけの簡易処置なのだから。まぁ、メイドのあなたが知らないのも無理はないわ。無知とは時に罪よね、家族が路頭に迷うか、あるいはあなたが処刑されてしまうのだから。あっ、そうそう。あとね」
微笑みながら、今や青ざめた表情のメイドたちをゆっくりと見てから口を開く。
可哀そうに、そんな表情になって。
「連座制、というのもあるわ。今回のドナの貴族令嬢へ危害を加えようとした罪について、その協力者について同等以下の罪に問うことが出来るのよ。ねえ、あなたたちはドナをさっきかばおうとしたと思うけれど、それはやっぱり、ドナの協力者だからなのかしら? それとも」
私は三日月よりも唇を奇麗に微笑みの形にして、
「私の単なる勘違いで、ドナの単独犯なのかしら?」
お・し・え・て。
と口の動きだけで、彼女たちに問うた。
その言葉に、十数秒間、ドナの後ろにいるメイドたちは沈黙していたが、そのうちの一人がおずおずとした様子で、
「あ、あの! 私は反対しました! でも、命令で無理やり従わされて!!!」
「は、はぁ⁉ ダーラあなた裏切る気なの⁉」
「う、うるさいわよ! 私は初めから反対だった。それなのに命令だったから仕方なく協力させられたんです! で、ですから私は関係ありません!」
ダーラの言葉を皮切りに、他のメイドたちも我先にと口を開き始める。
「わ、私もです! 無理やり従わされました! メイド長の命令は絶対なので。申し訳ありませんでした、アビゲイル公爵令嬢様!」
「私もです! 本当は嫌だったのに! アビゲイル様お許しください!」
「申し訳ございませんでした」
「あ、あんたたち⁉」
次々に謝罪の言葉が並び、反対にドナの悲鳴が上がる。
そんな悲嘆な食堂の中にあって、私は唯一人ゆったりと微笑みながら、
「まぁ、安心したわ」
私はゆったりと口を開く。
「あなたたちの一族郎党を捕らえて処罰するのも手間がかかるもの。これからも私たち貴族のために身を粉にして働いてくれることを期待するわ」
「は、はい!」
許されたと安心して、ダーラたちが返事をした。
「でも、命令されたとはいえドナの企みにあなたたちは協力しようとしたのよねえ」
「そ、それは、仕方なく……」
「仕方なく? そうね。それは先ほど聞いたわね。で、どうするつもりなの?」
その言葉に、更に青白い表情になったダーラたちはその場でひざを折ると、地面に突っ伏して、頭を地面にこすりつけ始めたのだった。
「公爵令嬢アビゲイル様、どうかお許しください。ほんの、ほんの出来心だったのです。なにとぞお許しくださいませ!」
「申し訳ございません」
「今後はこのようなことはないように致します。お許しくださいませ!!」
今までの元の体の持ち主にしてきたイジメの内容からすれば、大した罰だとは思わないけれど、彼女らが青ざめて命乞いをする様子は少し私の退屈を慰めた。それに、ドナという面白いおもちゃも見つかったし。
「いいわ、許しを与えましょう。でも二度はないわ。その首がつながっていることに感謝しておきなさい」
「は、はい!」
「あと、ドナ、あなたは処刑よ」
「そ、そんなっ……! くそ、あんたたち絶対許さないわ! 呪ってやる! 呪い殺してやる!」
たちまち顔面蒼白となるが、怨嗟の声を上げる。
「でも、処刑をいつ行うかは、私が決めるわ」
「え?」
呆気にとられた表情でドナは唖然とする。
「あなたくらいの女でないと私に仕え続けることはできないでしょう。これからも使ってあげる。来週には辺境伯のもとに行くから、ついて来なさい」
「なっ!? そ、そんな片田舎に……」
「そう? ならいいわ。今日のうちに神様へお祈りは済ませておいてね。やり残したことがあるのならそれも済ませておくこと。家族への手紙も忘れずにね?」
「も、申し訳ございません。ご命令の通りに致します」
「ええ、そうね。これでもあなたを買っているのよ、ドナ。でも今後は敵を見誤らないようにね」
「肝に……命じますわ」
「それでいいのよ。さぁ、それよりもお腹が減ったの。残飯も良いけれど、もしもっと上等な食事を用意できるというならそうして頂戴」
その言葉に、そこにいたメイドたちは一斉に動き出したのだった。
そして、半時間後には、先ほどとは打って変わった豪勢な食事が用意されていたのである。
「これで毒でも入っていれば面白いのにね、ドナ」
「ご、御冗談……を……」
「そう聞こえた? それなら、それでいいわ」
私は用意された食事と飲み物を奇麗に口に運びながら、口元をほころばしたのだった。
さて、そろそろ本格的に出発の準備にかかるとしましょうか。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「アビゲイルはこの後一体どうなるのっ……!?」
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