3.実の娘を脅すなんて、痺れるわ
3.実の娘を脅すなんて、痺れるわ
さて、来週にはキース辺境伯様とやらに、嫁ぐことになっているので、準備に忙しいかと思いきや、そんなことはないらしい。
元々、キース辺境伯は変わり者とのことで、相当野蛮な性格であるという。いわゆる悪徳領主であり、横暴な人格であることは間違いないらしい。
間違っても、実は優しいだとか口下手なだけで本来は可愛い人だとか、そういったくだらない醜聞による誤りではないようだ。
私のような淑女とは相容れない殿方かもしれないわね。
そう感じて、思わず微笑んでしまった。
本来ならば長女の私が嫁ぐような先ではないが、結納金が魅力的であったこと。そして、義妹のマイナにこの公爵家の後継者の証たる火を操る力が発現しているため、彼女を優遇し、私を嫁がせることに決定したらしい。私に火を操る力が発現しないかは、17歳という年齢からはまだ不明なのだけど、義妹を優遇して、邪魔な義姉を排除しようということだろう。
幼稚な悪意があふれ出ていて思わず感心する。
まぁ好きにしたらよい。私も恐れながら、相当程度、好きに振る舞うタイプですもの。凡俗には理解できない程度なのが申し訳ないのだけど。
そんなことを思いながら食堂へと向かう。
すると、お父様とすれ違った。
記憶によれば、こういう時、この体の本来の持ち主は怯えて壁際で震えていたらしいけれど、当然私はそんなことはしない。
優雅に微笑みながらすれ違うだけだ。
それを、お父様は忌々しそうにこちらをねめつけるようにして口を開いた。
「出来損ないの娘のくせに、堂々と廊下を歩くんじゃない、アビゲイル! どうせ次週には出て行くからと気が大きくなったのだろう。本当にくだらないことを考える娘だ!」
私はその幼稚な罵声にやはり口元を釣り上げたままスラスラと反論する。
「そうは言いますけれど、お父様。あなたの胤から落とされた娘でしょう? 私としてもあなたのような男から生まれたことが不本意なのを我慢しているのですから、あなたも我慢されてはいかが? それとも、その程度の抑制がきかないほど、理性の箍が外れてしまっていらっしゃるのかしら? キーキーと」
「なんだと! もう許さんぞ! 当主の儂に逆らうことがどういうことか教えてやる!!」
「まぁ、それは気概がありますわね。この邸宅ごと燃やしてしまいましょう。きっと奇麗な火の華が咲き乱れますわ」
「な、何だと?」
お父様は困惑される。
当主たるお父様にも火を操る能力が当然あるのだけど、それで私を脅かせると確信していたのだろう。というよりも、いつもそうしていらっしゃったようね。でも、今回は脅せばひるむはずの私が堂々と返事をしたことがとても意外だったみたい。
力を見せつけて言うことをきかそうだなんて、か弱い私には思いつかない手段で、思わず痺れるものがあるけれど、でも火を操ることが分かっているなら、取れる手段はいくらだってある。
「見て下さいな、お父様。領内で採れた油ですわ。これをね、昨日邸宅中に塗りこめておいたのですよ」
「は⁉ な、何だと⁉」
お父様が困惑される。
「聞き取れませんでしたか? お歳ですもの。もう一度言いましょうね」
「そうではない! 貴様、気がくるっているのか⁉」
「うふふ」
私は嫣然と笑う。
「娘を火で脅そうとするような輩がおっしゃるような言葉ではありませんわ。自己を顧みることをおすすめしますが、どうですか?」
「くだらん! どうせ、くだらん脅しだろう⁉」
「そうですね、と答えたとして、臆病なあなたに火を放つことができますかしら? ご存じの通り、すぐに引火して、この邸宅ごとすぐに燃えてしまうのに。あなたの大事なお金も、地位も、名誉すらも」
「ぐっ! ……ふん、お前のような失敗作に関わっている時間はない! いいから嫁ぐまでおとなしくしているのだぞ!!」
「ええ、さようなら。お父様」
「ちい!」
お父様はそう憎々し気に舌打ちをすると、優雅さのかけらもない足取りで歩き去ってしまった。
「手ごたえのないこと」
私はそう言い捨てて、廊下を進む。その先には食堂がある。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「アビゲイルはこの後一体どうなるのっ……!?」
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