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ほっとカクテル―『Bar at Takai』にようこそ―  作者: 澄原千景
1杯目~教鞭とカウボーイ~
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遭遇

 元来た道を戻って大通りに出る。いつまでも家の前で待っていても仕方ないし、それこそ通報されかねないから、先にスーパーに行って買い物をすることにした。

 お酒に合わせる食事は私の担当で、パスタなどの主食からサイドメニュー、クリームブリュレなどのスイーツまで作る。調理師を志したのは、父さんによく連れて行ってもらっていた健のバーがきっかけだった。当時は勿論お酒を飲めなかったけれど、先代のマスターが出してくれる料理がどれも美味しくて、父さんそっちのけで夢中になって食べていたっけ。

 調理師の資格を取って、ある程度の料理は作れるようになった。だから、健がバーを継ぐことを聞いて、手伝えると思った。けれど、『お酒に合う料理』を考えることは、思ったより難しい。バーで出されるお酒って色んな味があるし、酔ってくると味覚が鈍くなるから、くど過ぎず薄過ぎず、その時に丁度良い味付けを考えなくちゃいけない。どんな調味料で、どう味付けすれば、お酒と味や香りが調和するのか考えて買い物をしなきゃいけないというのに、隣の男は目についたお菓子などをヒョイヒョイかごに入れてくる。

「何してんの。早く元の場所に戻してきなさい。」

「えー、いいじゃんか。」

 拗ねるな。子どもか。

「だめ。こういう無駄遣いを節約していくことが大切なんだから。こないだも、変わったお酒買ってたじゃない。」

「でも、ゆかも変わったスパイス買ってるよね。」

「うっ……。」

 しまった。ばれてたか。

「僕が変わったお酒買うのと同じように、ゆかも色々試してみてくれてるの、分かってるよ。本当にいつも助かってるし、ありがたいと思ってる。だからさ、ほら。」

 健がかごの中からチョコを取り出す。

「たまには、甘い物を一緒に食べてリフレッシュしようよ。無駄遣いじゃなくて、ふたりの心の休憩に必要なものだよ。」

「健……。」

「あ、お二人さん、お疲れ様です。」

「ぅあっ!?」

 突然後ろから声をかけられて、変な声が出る。振り向くと、買い物かごを提げたユルいジャージ姿の仁君がいた。声を掛けたときに挙げかけた手をそのままに、眼鏡の奥の目を丸くして固まっている。

「……もしかして、お邪魔でした?」

「んんっ、全然っ、そんなことないよ。」

 慌てて咳払いして、平静を装う。けれども、「そうですか」と言う仁君は、口の端が上がりっぱなしだ。ちくしょー、ニヤつきやがって。

「仁君は、今帰り?」

「はい、そうです。いやー、今日もくたくたで……夕飯、惣菜ささっと食べて終わりにしちゃおうと思って。あっ、そうだ。」

 仁君が私たちの傍に来て、恐縮そうな声で話し出す。

「連絡袋、無事に渡せました?」

「いいや、まだ。」

「家、行ってみたけど留守だったの。またこの後行く予定。」

「そうですかー。」

 任せている引け目があるのか、仁君は努めて何でもないような返事をする。けれども、言い終わりながらフッと目を伏せる姿から、がっかりしてるのは明らかに分かった。

「ごめんね。けど、絶対届ける。そんで、健が絶対真相を掴んでくるから。」

「言い出しっぺだけど、そう言われると自信ないよ?」

「いえいえ!すみません、僕のことなのに手伝ってもらっ……ちゃっ……て。」

 徐々に仁君の口が固まり、そのまま体が固まっていった。と思いきや、急に私たちをお菓子の棚の間に押し込み始めた。

「え、ちょっ、どうしました?気になるお菓子でもありました?」

 顔に「?」を浮かべて間抜けな質問をする健。対して、仁君は顔中に「!」を浮かべてただ事ではない様子だ。

「んな訳ないじゃないっすか!あ、あっちに、た、竹井さんちがいたんですよ!」

 えぇっ、と顔の「?」を「!」に変えた健と一緒に、お菓子の棚からそっと顔を出す。仁君の指差す方向を目で追うと、そこには確かに品の良さそうな母子連れがいた。

「ど、どうします?今、渡しに行きますか?」

「え?いやいや、仁君が渡しに行く様子を見る感じでもいいのだけれど。」

「ちょっ、何言ってるんですかっ。あれだけ自信ありげに『僕に良い考えがあります』なんて言ったくせに!」

「あんなお屋敷に住んでる、とんでも豪族だとは聞いてないですよ!」

「ちょっとうるさい!こんなところで渡されても困るし、失礼でしょ。」

 小声で小競り合いする男共をピシャリと一喝する。その間に、買い物を終えた竹井さん家族がレジに向かってしまう。

「あっ、私たちも行かなきゃ。」

「えっ、もう?」

「そうよ。竹井さんと直接会うんでしょ。先回りして、家の前で鉢合わせるよ。またね、仁君。」

 健の腕を脇に抱えて、空いているレジに向かって早歩きで歩き出す。振り向き様、仁君が何か口を動かして、顔の前で両手を合わせている姿が見えた。


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