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ほっとカクテル―『Bar at Takai』にようこそ―  作者: 澄原千景
1杯目~教鞭とカウボーイ~
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始まりと神様の気まぐれ

 とうとう来たな、この時が。


 僕、葉山仁は不安7割、わくわく3割位の割合を胸に秘め、いやちょっと吐露しながら小学校の門をくぐった。

 あっ、待って、通報はしないで。違うんです。正当な理由があるんです。何を隠そう、僕は教育実習生。そして今日はその実習初日なのだ。

 わくわくに対して、不安の割合が高すぎやしないかって?そりゃ高い志があって、この実習に並々ならぬ思いをもって臨むなら、わくわくの割合はもっと高いだろう。けれど僕は教員になることにちょっと後ろ向きだった。


 大学の講義で聴く教員の実態。それは教員を夢見る人間の目を醒ますには十分すぎるものだった。膨らみ続ける様々な業務。それらを終えてやっと始まる教材研究。モンスターペアレント。出ない残業代。過労死ライン。知れば知るほどブラックな環境に、僕はいつしか別の職業という選択肢を考えるようになっていた。

 けれどもここは教育学部。卒業のためには、原則として教育実習に行く必要がある。

(たった3週間。それだけの、期間限定の先生体験だ。)

そう腹を括って、僕は今日を迎えたのだ。


 実習生控室で担当の先生から説明を聞く。話の内容は、遅刻をするなとか、休み時間も子どもたちとたくさん関わってくださいとか、そんな内容だ。当たり前なことだと思うが、念を押すつもりで言ってくれているのだろう。大学の講義だって、遅刻して代返してもらう人がいたりする。当たり前なことほど、社会に出たら大事なことなのかもしれない。

 4人1組でクラスごとに割り振られた。僕のグループは男女2人ずつ。合コンなら最高のバランスだが、残念ながら違う。美術科と家庭科の女の子と、英語科の男と国語科の僕。家庭科と英語科がいるんだ、おそらく高学年だろうと思っていたが、僕らの担当は2年1組。するとどうなるか。国語科の僕が頼りにされる。合コンだったら良かったのに!と思うが残念ながら違う。ぐぬぬ。

 だけど内心少しほっとした。教育実習生を毎年受け入れているこの学校は、変に子どもたちが実習生慣れしていて、学年が上がるほど実習生を値踏みするらしい。イケメンの先輩が「脚短っw」とディスられたと聞いたことがある。恐ろしい。ぶるぶる。その点では、低学年の子たちならまだ素直で人懐っこい子が多いかもしれない。


 なんて予想は、なんとありがたいことに的中した。

 教室に入るやいなや、子どもたちにわらわらと囲まれる。せんせー、せんせーと足元のあちこちから声をかけられ、腕にぶら下がられ、背中に飛びつかれた。

(か、かわいい……。)

 人見知りな性格だから、子どもたちとどう仲良くなろうかと考えていたけれど、これなら大丈夫そうだ。無邪気とか、怖いもの知らずとか、今はそんな子どもらしさがありがたい。よかったー、低学年で!

 事あるごとに神頼みしては裏切られ続けてきた人生だったが、今日の神様は気まぐれに叶えてくれたらしい。ナイス気まぐれ。もしくは勝手に神頼みしては裏切られたと落ち込む人間を憐れに思ったのかもしれない。ナイス憐れみ。


 「席に着きましょう。授業を始めます。」


 鶴の一声、とはこのことだ。声が聞こえるやいなや、子どもたちは一斉に動き出し、席に戻って直立する。その視線の先には、鋭い目をしたベテランの女性がひとり。バッチリした化粧に、青いアイシャドウがよく目立つ。怖いわけではない。しかしさながら女王のような、有無を言わさぬ風格が漂っていた。

「当番、あいさつ。」

「今から、1時間目の授業を始めます。礼、お願いします。着席。」

 ザッと一斉に着席する。さっきまでとは全く違う、「授業の雰囲気」が一瞬にして作り出された。それを見て僕は、

(すごい、かっこいいっ……。)

と思った。我ながら単純だと思う。でも考えてみてほしい。これぐらいの歳の子どもたちと関わったことがある人は分かると思うが、彼ら彼女らは小さな怪獣である。束になって来られたらひとたまりもないし、瞬く間に学級崩壊しかねない。そんな怪獣を懐柔する存在が現れたら、それはもう圧倒的なカリスマだ。あ、怪獣を懐柔。ふふ。

 最初は後ろ向きだった。一度きりの先生体験だと思っていた。けれども、この先生に近づきたい。この先生から何か1つでも技を盗んでいきたい。そんな前向きな気持ちが芽生え始めていた。

 だけど、人生そう何でも上手くいくことはない。神様は気まぐれに憐れんではくれない。

 現実は、甘くはなかったんだ。



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