幸せの味
ボォーッと、耳の奥に響く、穏やかな音。まな板を叩く心地良いリズムと、腹の虫を目覚めさせるあたたかくまろやかな香り。
「あら、今起きたの?」
トントン、というリズムが止み、笑みを含んだ声が聞こえる。
「パパ、おねぼう?」
「そうねえ、お休みのパパはおねぼうだねえ。」
「起こしてくれてもよかったんだよ、いつも任せちゃって悪いね。」
ひとつ、背伸びをして大きなあくびをする。そうして美味しい匂いの漂うキッチンへ、誘われるように向かう。
「いい匂いだ。今日のご飯は何かな?」
「ふふ。今日はね、むぎちゃんのリクエスト。ねー。」
「ねー!」
花が咲くような笑顔いっぱいのむぎと、それを見て幸せそうに笑う妻。そんな幸せな空間と、ほわりとした美味しい香りに包まれて、僕の意識は再び眠りの底へと沈み込んでいった。
早朝から親子連れが集まって、巨大雪だるまを作った後。くたくたになった僕とむぎは家に着くなり爆睡して、気づけば夕方になっていた。しまった、急いで買い物に行かなくちゃ。むぎもお腹を空かせているだろう。
「むぎー、夕飯は何食べたい?」
明かりのついたリビングに向かって問いかけながら、扉を開く。するとそこには、テレビの画面を食い入るように見るむぎの姿があった。扉が開く音に気づいて振り向くと、テレビを背に隠すようにして立ち上がる。
「あっ、パパ……んと、むぎ、なーんでもいいよ。」
いつものようににっこり笑って答えるむぎ。けれども、その背後に映った料理を見逃すはずもなかった。
上着を羽織って、外に出る。一歩踏み出せば、冬の夜は貼り付くような寒さだ。白い息を置いてけぼりにして、胸にむぎを抱えて走る。
「わぁっ……!パパ、あそこサンタさんいる!」
「えぇ!?」
大通りから一本入った住宅街を曲がり曲がり進むと、積み木の家のような建物の照明に照らされて、サンタクロースが立っていた。
わざわざ照明の真下でスポットライトを浴びるように立っているサンタクロースに、ゆっくり近寄ってみる。サンタクロースって、目立っちゃだめなんじゃないの?どうしてこんな目立つところに……と恐る恐る近付くと、その理由はすぐに判った。
雪像だ。帽子や服を赤く染めて、本物そっくり精巧につくられている。それに気づくと同時に、目的地に着いたことにも気づいた。見事な出来のサンタクロースを汚さないように離れ、扉の前に到着する。見た目より軽い扉を開けるやいなや、僕は店の奥に向かって呼びかけた。
「すみません、この子に美味しいグラタンを食べさせてください。」




