デザインとティツィアーノ
「そうですか!河井さんのところも決まったんですね。」
「地域の顔の看板じゃない。よく頑張ったね。」
「僕、自分のことのようにうれしいよ。おめでとう!」
3人が口々に褒めてくれる。褒め言葉のシャワーを浴びて、まだ飲んでもいないのに緩んだ顔になってしまう。
鬼灯酒造の看板デザインが決まったその足で、あたしは真っ先にバーへと報告に行った。すぐに伝えずにはいられなかったあたり、自分で思っていたよりもうれしかったみたいだし、あたしにとってあのバーが大事な場所になっていたんだなってわかった。
「でさ、鬼灯酒造の看板は、どんなイメージで作ったの?」
仁君が興味津々な様子で訊いてきた。まだ飲んでいないと言うが、興奮気味に目が潤んでいて、本当に喜んでくれているのが伝わってうれしくなる。
「鬼灯酒造さんは、地域に古くから根付いて、愛されて、共に長い時間を歩んできたお店なんだなって、字面じゃなく体温とか息づかいを身をもって知ったの。だから、澄み切った日本酒の透明感と、慎ましくも生活に寄り添い続ける存在感が伝わる看板にしたいなと思ったんだ。」
何回訪れたか覚えていないくらい足を運んで、やっと『伝えたいこと』を形にできたデザイン。河井さんだけじゃなく、お弟子さんやお客さんまでも顔なじみになって、みんなにとっての鬼灯酒造を知れたからこそできたものだった。描き上げるまでの話し合いにはとっても時間がかかったけれど、いざ仕上がったものを見せると、びっくりするくらいあっさりと受け入れてもらえた。
「河井さんは、そのデザインを見て、なんて?」
「『うちの空気感を、よう美しくあらわしてくれておりますから。これ以上なく素晴らしいものです。』って。お店のもつ雰囲気を、形がそのまま表しているっていうのが、デザインで表現する上で目指しているところだったから、すごくうれしかったの。」
「ベタ褒めじゃん!凄いなぁ、早く見てみたいよ。」
「そう?じゃあ見てみる?」
「あ、待って。」
犬のように目をキラキラさせている仁君に、鞄からスケッチブックを取り出して見せてあげようとすると、ゆかさんにそっと手を押さえられた。
「せっかくだから、看板が出来上がるまで楽しみにしておかない?」
「そうだね。僕もその方がいい。きっと素敵なものでしょうから、お披露目までのお楽しみにしておきたいです。」
「えぇーっ……じゃあそうします。」
ゆかさんと高井さんに、しぶしぶ仁君が同意する。おあずけをくらってしょんぼりしている仁君の姿にクスッとしながらスケッチブックをしまうと、高井さんに話しかけられた。
「それよりも、先にすることがありますよね?」
一杯のカクテルが差し出される。縦長なワイングラスに、熟れた甘い果実のような赤が揺らめいている。
「こちら、ティツィアーノです。」
「え?ティツィアーノって、前に言ってた画家じゃないんですか?」
「このカクテルは、そのティツィアーノから名を取ってイタリアで生まれたカクテルなんです。絵画のように美しい色彩で、まさにぴったりの名前ですよね。」
「マスター、せっかくなんで、僕も同じのもらっていいですか?」
「なら、私もそうしよっかな。」
「では、みんな同じもので乾杯しましょうか。」
仁君、ゆかさんと、順番にカクテルを手に取る。最後に高井さんがカクテルを注いだグラスを掲げると、みんなお互いに目配せしてグラスを掲げた。
「奈央さんの、鬼灯酒造の看板デザイン決定祝いと、今後の躍進を願って、乾杯!」
「かんぱーい!」
笑うように軽やかな音を響かせた後、そっとグラスを傾ける。ほんのりと華やかな甘味と、柑橘系の爽やかな酸味が、炭酸とともにシュワッと弾ける。鮮やかな赤に琥珀色の明かりが、紅葉のように煌めいた。




