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ほっとカクテル―『Bar at Takai』にようこそ―  作者: 澄原千景
2杯目~デザインとティツィアーノ~
19/35

表情を描く

 「貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。またよろしくお願いします。」

 深く、お礼をして外に出る。爽やかな秋晴れに照らされて、からっと涼やかな空気を胸いっぱいに吸い込み、次の依頼元へと歩き出した。

 右手には、いつものスケッチブック。ではなく、ちっちゃなメモ帳。その中にはイメージを描き留めた絵だけではなく、話してもらった内容がびっしり書いてある。


 誰かと向き合うことは、自分と向き合うこと。あの日、バーで教えてもらったことを胸に、ひたすら色んな人と話すようにしてきた。描きたい気持ちに心を急かされもしたけど、イメージが固まるまでぐっと堪えた。


 何度もお話に伺うことで、気づいたことがある。それは、働いている人たちやお客さんの表情がよく見えるようになったということだ。どんなことに情熱や誇りを持って働いているのか。その情熱の結晶を、お客さんはどのような表情で受け取っているのか。それらを素材にイメージを組み立てることで、デザインを通して『伝えたいこと』がくっきりとしてくる。高井さんの言っていた『感情を写し取る』ことって、こういうことなのかも。画力の高いデザインを仕上げるために、スケッチブックとにらめっこしていた時では、どうやったってたどり着けなかったと思う。我ながら視野が狭かったなあ、なんて恥ずかしくなった。


 あれからしばらく。じっくり向き合うから時間はかかったけれど、初めてお仕事が成約した。デザインが認められたうれしさも勿論あったけれど、形作る中で人と向き合うことの大切さを実感した上での成約だったから、自分の成長を認めてもらえたみたいな気がして、そっちのほうがずっとうれしかったし、自信になった。

 秋の日差しを遮り、大きな影を作る建物の前で歩みを止める。始めは城壁のように感じて気圧されていたこの建物も、何度も訪れるうちに随分と通いやすくなった。ふらっと入っていった女性を迎え入れ、談笑する声が中から聞こえてくる。町の人々を受け入れる親しみやすさを持ちつつ、確かな存在感も感じられて、なんだかおじいちゃんみたいだなって、ふと思った。

 鞄のチャックを開けて、中身を確認する。肌身離さず持ち歩く相棒をパラパラと捲り、あるページを建物に掲げてみる。それで気持ちを整えて、あたしは目の前の戸を開いた。

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