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ほっとカクテル―『Bar at Takai』にようこそ―  作者: 澄原千景
2杯目~デザインとティツィアーノ~
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どうして

 カツカツカツ。

 急かすような音が聞こえる。あたしの足音だ。せわしなく鳴る足下に心を乱されているような気がして、意識して歩を緩めてみる。すると涼しい風に顔を撫でられて、ぼんやりと頭が熱くなっていたことに気がついた。

(失礼なことしちゃったかな……。)


 「どうしてあたしじゃダメなの。」

 あのバーのマスターに言い放されて、思わず胸の内が零れた。ハッとして我に返ったら、お店のお姉さんが近付いてくる気配がして、思わず出てきてしまった。あの時優しくされたら、泣いてしまいそうだったから。強い自分が、崩れてしまいそうだったから。


 小さな商店がひしめく街並み。ほわり、と甘やかな香りがする。

明治の初めから続く和菓子屋、天方屋。『昔ながら』という言葉をぴったり表すこの店の娘として、あたしは生まれた。

 物心ついたときから『天方さんとこの娘さん』と呼ばれて育ってきた。それは有り難いことだったし、幼いあたしには自分が有名人のように感じられて、誇らしくも感じていたと思う。

 だから、自分は和菓子屋を継ぐんだろうな、と幼い頃からぼんやりと思って生きてきた。絵を描くのは昔から好きだったけど、あくまで趣味の範囲。それはそれ、これはこれって感じだった。他の仕事に興味がなかったわけじゃない。だけど、家を継ぐのはあたしの務めだと思ってた。だから、高校を卒業してからは家の手伝いをするようになった。

 

 けれども、働き始めて1年くらい経った頃。家を継いで働くことに少しモヤッとした感覚を覚えるようになった。新しい環境に踏み出して、夢を追いかけたり、叶え始めたりする友達。その一方で、あたしは幼い頃から変わらず和菓子屋の娘のまま。自分だけが取り残されているような気がして、寂しさや悔しさを覚える度、当たり前の顔をして胸の奥に立っている柱が、グラグラと揺れて軋む感じがした。


 決定的だったのは、二十歳の同窓会。久しぶりに会って近況を話す友達は、少し大人びて、ちょっぴり社会に疲れていて。けれどもどこか楽しそうだった。

 ひと通り仕事の愚痴を吐き合うと、休みの日の過ごし方の話になった。相変わらず絵を描いているあたしと同様に、ショッピングとか、ゲームとかが挙げられていく。けれどもその中に、仕事や日常のエピソードを漫画にして、インスタグラムにあげている友達がいた。アカウントを見てみるとフォロワーが3000人くらいいて、個展も計画しているらしい。聞けば聞くほど彼女が眩しく見えて、あたしは目が潰れそうだった。

 不意に「いいなあ。」なんて言葉が口から零れた。

 みんなの矢印が、いっせいにあたしに向いた。

 「やってみたらいいじゃん!」「私は奈央の絵好きだよー。」「すごい有名になるかもよ?」なんて四方からやいのやいの言われる。学生時代からよくあるノリだ。こんな時は流すに限る。苦笑いして躱してやり過ごそう。

 そんなあたしの胸の奥に、不意に鋭い光のような彼女の言葉が突き刺さった。


「絵、描いてるんなら広めなきゃ勿体ないよ。大事なのは、まずやってみること。それから、続けることだよ。」


 同窓会が終わったとき、あたしの胸にあったモヤモヤは、もう内にため込むことができなくなっていた。


 だから、あたしは町を出た。若気の至りと言われたら、否定はできない。未熟な人間の、欲張りな承認欲求だ。それでも、あたしは我慢できなかった。あたしも認めてもらうんだ。あの子みたいに。あたしのことも、お店のことも知らない場所で、『天方奈央』という、一人前の人間なんだって。


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