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ほっとカクテル―『Bar at Takai』にようこそ―  作者: 澄原千景
1杯目~教鞭とカウボーイ~
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作戦決行

 再び、お屋敷の前。辺りが仄暗くなってきたので、部屋の電気がついていないのが確認できた。お店を出る前、竹井さんたちがトイレに寄っている間に、ダッシュで戻ってきたおかげで、先回りには成功したみたいだ。

 荒い息で上下する胸元を、汗の玉が浮かんで光る腕で掴んで、パタパタと風を送り込む。ただ立っているだけではぬるく纏わり付くだけの空気が、胸へと煽がれれば心地よい風に様変わりする。使い方ひとつで真逆の感情を抱かせるなんて、空気って不思議だな、なんて考えていると、曲がり角の向こうから親子の声が聞こえてきた。

 健と2人で、今通りがかった風を装って、家から少し離れて歩き出す。角を曲がった竹井さん親子と目が合い、2人で一礼すると、健が「竹井さんでしょうか?」と、持ち前の柔らかな物腰で声を掛けた。母親がすんなりと問いかけに応じる。この警戒のされなさは流石だ。

「こんにちは。すみません、附属小学校の実習生の者です。お子さんへの連絡を届けに参りました。」

 健が「はい、どうぞ。」と、竹井さんに向けて連絡袋を差し出す。すると、竹井さんは母親の後ろに隠れてしまった。困ったように母親を見上げている。あれ、この子には通用しないんだ。

「ほら、ちゃんと受け取りなさい。失礼でしょ。」

 母親に促され、おずおずと前に出る竹井さん。そして、健の差し出した連絡袋を、賞状を受け取るように角を2つ掴んで受け取った。竹井さんが小さく「ありがとうございます。」と言ったのを確認すると、母親は「わざわざありがとうございました。」と一礼して、2人でお屋敷へと入っていった。

 「何とか怪しまれずに終わったね。健、お疲れ様。」

 ふう、と一息ついて、健を労う。

「うん。ゆかも、付き添いありがとう。チョコ、溶けないうちに僕たちも帰ろう。」

 薄く伸びた影を2つ並べて、バーに戻ることにする。なんだか、少しの間だったはずなのに、随分と時間が経った気がする。そのわりに、仁君の助けになるような手がかりを、見つけることはできなかった。

「特に変わった様子のない、普通の子だったね。仁君の力になってあげたかったのに。」

「いや?そんなことはないよ。僕は大体分かった。」

 思いがけない言葉に顔を上げる。肩を落としかけた私を、健はほんのりと柔らかい月明かりのような笑みで照らす。

「今度、仁君に今のことを話すよ。それで僕たちはきっと、彼の力になれる。」

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