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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

今日もフードは脱げない

魔女のフードの中を見たい

作者: 柿P

※短編『今日もフードが脱げない』のヒーロー視点となります

一応、今作のみでも楽しめるようになっていますが、こちらを先にお読みになるとより楽しめると思います。

ヒロイン視点↓↓↓

https://ncode.syosetu.com/n6099gj/


※一部軽度ながらもグロテスクな表現があります

世界が色づく瞬間というものを、見たことがあるだろうか





――どんな新緑よりも命を感じる若葉の色を




――どんな金銀財宝も霞むような黄金の色を






見たことが、あるだろうか
















その日は別段、特別な日でもなかった。


俺、シィヴァルリッター=クラージュは騎士である。

家名はあるものの、貧乏な下級男爵家の次男など、平民とそう変わらない。


騎士団で副隊長という任にはつかせてもらっていても、街の巡回という面倒な仕事もしなくてはならなかった。


俺は、剣を振る方が好きだった。




王都には多くの人がいる。だから、()()()()()()()を着てる者も、フードを深く被った者も、けして珍しくはないのだが。


ニスデールの上からでも分かるほど細く、隙間から見える肌は雪のようだった。


老婆のような出で立ちで、少女のように歩くその人にふと、目を惹かれた





ぶわり、と強い風が吹いて






若葉の髪が舞った



驚いたように見開かれた黄金の瞳と、目が合った気がした







髪と同じように、綺麗な少女だった。




別に、俺だって産まれたばかりの赤子という訳では無い。今までの人生で数多くの色を見てきた。


だが、それは別格だった。



彼女の周りだけ、世界が変わったようだった。



――どんな新緑よりも命を感じる若葉の色を




――どんな金銀財宝も霞むような黄金の色を




見たことが、あるだろうか







―――俺は、その日初めて恋に落ちた。

















―――――美しい少女は『魔女』だった









件の騎士、シィヴァルリッターはとても後悔していた。

それはもう本当の本当に後悔していた。


「森の魔女よ、どうか私の()になっていただけませんか?」


正直いって、最悪の状況だった。


髪と瞳の色だけでなく、顔立ちも自分の好みどストライクだった少女に声を掛けようとして、追いかけた挙句、家まで突き止めてしまった…。

これじゃあただのストーカーじゃないか!


申し訳なさでその時はすぐ帰ったものの、彼女の髪や瞳の色、あの美しさを忘れられず、会いに行くか?いや、なぜ家を知っている?といわれたら……と、剣の練習も満足に手につかず、悶々と過ごしていた。



ひと月もそうして過ごしていた頃、とうとう上司から『最近訓練に身が入っていない』と数日休みを貰うことになった。

どんな結果になろうとも、今のままでは行けないと思い、彼女の元へ向かい、気持ちを伝えることにしたのだ。


シィヴァは一度決めたら、どこまでも突っ走る男だった。





突っ走った結果、思いが抑えきれず、挨拶よりも先にこの突然の求婚をしてしまう、という意味のわからないことになってしまったのだが……


シィヴァは、深く被ったニスデールの隙間から見える彼女の若葉の髪から、目が離せないでいた。




―――――――――――――――



「―――なぜ?」


消えそうに掠れた小さな声で彼女が返す。


俺は少しだけ驚いたように目を開く。

儚さを含む小さな声なのに、鈴を転がしたような愛らしい声だった。この少女、声まで美しいのか?


声を聞いただけだと言うのに、顔が熱を持ち口に手を当て、彼女の可愛さについて少し考え事までしてしまった。


たが、同時にシィヴァは不思議に思う。

魔女と言うものは声を出すことは無いと聞いていたからだ。

子供の頃の躾のような作り話によれば、魔女の言葉には力があり、真実を捻じ曲げ、偽り()真実(本当)にするという。

そのような力があるにも関わらず、自分に声をかけてくれるなど、なんと嬉しいことか。


客とも定型文でしか会話をしなかったり、筆談をしたりと聞いていたため、これは嬉しい誤算であった。




「なぜ?」


まだ少し掠れていたが、先程よりはしっかりとした声で彼女が問うた。


「――貴方が、好きだから。という理由ではダメでしょうか?」


たった一言を聞いただけで、シィヴァはもう彼女のことを好ましく感じていた。

今度は口から勝手に出た言葉ではなく、彼女と親しくなりたいと思って発した言葉だった。


まあ、それで『友人』ではなく、『妻』になってもらおうとするあたり、シィヴァがシィヴァたる所以なのだが…


「私は、魔女です」


声は、ほんの少しだけ震えていた。


「知っている」


「気味が、悪いでしょう?」


「いいや、むしろ、綺麗だと思う」


本心だった。あの日一瞬だけ見たあの色を、俺は今でもはっきりと覚えているのだから。


「――私は、あなたを知りません」


「俺はあなたを知っている」


風の強かった、あの日から


「私は、あなたの事を()()存じ上げません」


()()の部分に圧をかけられ、さすがの俺も少しだけ眉を寄せる。

気になってる子からそんなふうに言われたら、騎士とはいえ傷つくんだからな!


だが、すぐにいい考えを思いつき、提案することにした。


「なら、知ってもらうことにしよう」



彼女は俺が何を言いたいのかさっぱりだったようだが、翌朝から俺は実行に移した。












俺はその日から毎日、彼女の元を訪れた




―――――――――――――――


初めの日、俺は可愛らしい花をひとつ持って彼女の元へ向かった。

恐らく客だと思ったのだろう。扉を開けた自分を見た彼女は、少し顔を顰めた。


「冷やかしなら、お引取りを」


「冷やかしではないよ」


「いきなり、迷惑です」


本当に迷惑そうに言われ、確かに、と思う。俺にとっては三度目でも、彼女からすれば昨日あったばかりの他人なのだ。


「そうだな、すまない。では、花だけでも。……また、明日も来る」


「……そう、ですか」


俺はただ花を渡すだけで帰った。

彼女は元々深く被っているフードを、もう一度深く被った。


明日は、魔女のフードの中が見たい






次の日、俺は真っ赤な林檎をふたつ持って向かった。

出会った時から細すぎると思っていた彼女に、なにか食べ物を、と思った。


「そういえば、自己紹介も何もしていなかったな。俺はシィヴァルリッター=クラージュという。歳は21で、騎士団の副隊長をしている」


「…はあ」


「あなたは?」


彼女は少し考えるようにしていた。

やはり急に聞くのはおかしかっただろうか。いや、だが、もう初対面でもないのだし…


「……ヴィルディーマ。家名はありません。16歳、ただの魔女です」


彼女――()()()は林檎を齧りながら言った。

魔女だから若く見えても年上かと思っていたが、自分よりも五つも年下で驚いた。

より申し訳なくて、顔を背けた


今日は、魔女のフードの中が見たい。





雨の日、俺は傘と小さなパンをを手に持って向かった。


「外、大雨ですよ」


「そうだな。……思ったより、濡れてしまった。これでは君の家に入れないな」


「……体が冷えるでしょう?風邪をひかれると困りますから、中へ」


「いいのか?というか、俺が風邪をひいたら、あなたは困るのか?」


「どうせ明日も来るのでしょう?うつされたら困ります」


「そうだな、明日も、来るからな」


「……そうですね」


俺が風邪をひくと、ヴィーは困ってくれるそうだ。それが、本当に嬉しくて、思わずにやけてしまった。

ヴィーはなぜだかそっぽを向いてしまった。


明日も、魔女のフードの中を見たい。





雪の日、俺は暖かいスープを持って向かった。


「外は寒かったでしょうに、なぜこんな日まで来るんですか?」


「……あなたに、会いたいから」


「そんな理由で、風邪をひかれては困ります」


「……そうだな、俺が風邪をひくと、あなたは困るからな」


寒さのせいか、本音がこぼれから、少しだけ彼女をからかうことにした。

顔がほんのり赤くなっていたから、怒らせてしまったのだろうか。

それとも、期待をしてもいいのだろうか。


今日も、魔女のフードの中を見たい。




春の日、夏の日、秋の日、冬の日


季節がめぐり、日々が過ぎて、一年が経つ頃には、シィヴァにとってヴィーは、もうただの美しい少女ではなかった。




歳の割に、しっかりしていて大人っぽいこと


笑うと、少しだけ八重歯が見えること


やせ細って見えた身体は、ただ華奢なだけだったこと


薬の腕がよく、どんな客の病にも対応してしまえること


手が、意外と柔らかくて小さかったこと















シィヴァを、本当に大切にしてくれていること









彼女のことを知る度に、彼女のことを考えることが増えた

彼女のことを知る度に、新しいことを知った


人がいる暖かさ


誰かととる食事の美味しさ


人を心配する気持ち


褒められた時の恥ずかしさ


―好きだと、伝えた時の気持ち






―――人を好きになるということ


















一年がたった日、俺は干し肉を持って向かった。

今日は、あることを彼女に聞こうと思っていた。


「いらっしゃい」


「……なあ」


「なあに?」


「…名前で、呼んでも、いいだろうか」


心の中では何度も呼んでしまっているが――名前を直接呼ぶために、一年以上もかけてしまった不甲斐ない男を前に、ヴィーは、クスリと笑った。


「あら、騎士様は女性の名を呼ぶのに一年もかかるのが普通なのかしら?」



――シィヴァ?と、続けて彼女は言った。


俺の顔がみるみるうちに赤くなっていくのが分かった。

フードの隙間から見えた彼女の表情が、とても美しかったから。

でも、俺が『ヴィー』と呟いたら、フードを深く被った。

何だか、彼女の顔も、赤い気がした


今日だって、魔女フードの中を見たい。




更に年月がすぎた日、俺はは小さな箱を持って向かった。

フードに隠れている金の瞳を真っ直ぐに俺は見つめた。


「ヴィー」


「なあに?シィヴァ」


「森の()()()魔女よ、どうか私の()になっていただけませんか?」


小さな箱の中には、綺麗なシルバーリングを入れていた。


「……なぜ?」


声は、ほんの少しだけ震えていた。


「――ヴィーが、好きだから。という理由ではダメでしょうか?」


「いいえ、最高の理由だわ。だって、私も、シィヴァが好きだもの」


彼女に『好きだ』と直接言われたのは初めてで、ほんの少しだけ、鼻がツンとした。

嬉しい時も、涙が出るのね。

ヴィーがそう言ったから、思わず彼女を抱きしめた。

彼女に嬉し涙を最初に流させたのが俺なんて、どれほど名誉なことだろうか。

泣いた顔を、熱くなっている顔を、知りたくて――


今日も、魔女のフードの中が見たい




魔女には戸籍がない。だから、妻になったとは言っても、結婚をした訳ではなかった。


だからだろうか、一年がたった日


戦争が始まって、少したった日

























俺が、戦場の最前線へ、独り身だからと送られることになった日


「ヴィー、愛してるよ」


「ええ、私もよ。シィヴァ」


寂しくて、恐ろしくて、情けない顔を

涙を見せたくなくて

『行きたくない』と、言いたくなくて

彼女の、いつもどこか耐え忍んでいるような口元ををみたら、決心が鈍りそうで


「あなたがいなくても、頑張れるから」


フードを抑えることを忘れてまで、彼女は嘘をついた


フードを被っていても、震え、掠れた声までは隠せていなかったから


出会って初めて、彼女の嘘を聞いた気がした



今日も、魔女のフードの中が見たい












―――――――――――――――



辺り一面

赤、赤、赤、


赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤


視覚からは、辺り一面血に染った、風景


嗅覚からは、むせ返るような血の匂いと、腐敗した死体の異臭


味覚からは、どこかを切ったのか、鉄の味


触覚からは、血脂で鈍りながらも確かに伝わる、肉と骨を断ち切る感覚


聴覚からは、敵のものなのか味方のものなのかすら分からない気の狂いそうな、叫び声





辺り一面の赤、赤、赤






昔、どこかで聞いたことがある―――――


古来より、人の死因は千差万別であるが、ただ一つ、確固たる事実がある。


人を最も殺した生物は『人』である。と







人というものは、時に悪魔よりも残虐なことをする。


戦場の最前線は、正しく地獄であった。


真っ赤な混沌の中、未だ惨めだたらしく生きてる自分を、精神をギリギリ保つ支えになっている()()には、それこそ、()()()()知られたくなかった。



美しい彼女に、汚い自分を、見られたくなかった。


















その日はやけに静かで


俺は、もう本当に疲れきっていて



俺を、狙う弓兵に、気づけなくて









左腕に、鈍い痛みが走った

―――――――――――――――



彼女のことを考える度に、彼女のことを想うことが増えた

彼女のことを想う度に、新しいことを知った


(ヴィー)がいる暖かさ


(ヴィー)ととる食事の美味しさ


(ヴィー)を心配する気持ち


(ヴィー)に褒められた時の恥ずかしさ


(ヴィー)に好きだと、伝えた時の気持ち

―好きだと、伝えられた時の気持ち






―――人を好きになるということ

―――人に愛されるということ



























――――最愛(ヴィー)を失うということ






―――――――――――――――






人というのは、案外あっさり死ぬんだと思った。


戦争が続いているというのに、俺はヴィーの元へ帰ってしまった。

相変わらず彼女は美しかったが、どこかやつれたように思う。


だが、それ以上に、俺は痩せ、酷く、弱っていた。

服も体もボロボロだった。


俺は、ひと月もかけてゆっくりと体を蝕む、病のような毒を塗った矢が、刺さったそうだ。


俺が最前線から帰ってくるために、既に三週間が経っていた


残された時間は、そう長くはなかった











俺が帰ってきた日、ヴィーは大きな花を持って俺の元へやって来た。


「具合はどう?」


「不思議なんだ、全く、苦しくないんだ。ヴィーの薬のおかげかな?」


「シィヴァが辛くないのなら、よかったわ」


「……辛いよ。君を、残すのが。ヴィーは、寂しがり屋な女の子だから」


「何を言ってるの?私は…魔女よ」


「あはは。そうだね。では素敵な魔女よ。また、私に花をくれ」


「ええ、喜んで」


ふざけては見たが、この酷く寂しがり屋で、どこか脆い彼女を置いていくのは、戦場にいるより辛かった。

いくら万病を治せるような彼女でも、実物がないのではどうしようもないという。

作れたのは、俺の痛みを無くす薬だけだった。


ただ、強がるためだけに笑った顔を、彼女に見られたくなくて、顔を背けた。


今日は魔女のフードの中を見てはいけない。






俺が帰ってきた次の日、ヴィーは兎のような形に切った真っ赤な林檎を持って俺の元へやって来た。


「驚いた、ヴィーは意外と器用なんだな」


「一人で森で暮らしていたのよ?ナイフくらい朝飯前だわ」


「それもそうだな。なら、スープも作れるのか?」


「あら、シチューだって作れるわよ?明日、作りましょうか?」


「それはいい考えだね。シチューは好物なんだ」


「本当?私も、シチューは大好きなの」


「一緒だな。でも、俺は林檎も好きなんだ」


「なら、また剥いてあげるわ」


少し自慢げに言うヴィーが愛らしくて、口角が上がる。

軽口を叩いたからか、今日はヴィーも少しだけ笑った。

きっと、本当は料理なんて苦手なのだろう。顔を隠すようにフードを深く被る手には、小さな傷がたくさんついていた。


今日も、魔女のフードの中を見てはいけない。






彼女に林檎を剥いてもらった次の日、ヴィーは温かいシチューを持って俺の元へやって来た。

シチューは彼女が唯一作ってくれた料理だった。


「美味しかった。本当に作れるんだな」


「疑ってたの?」


「いや?本当に美味しかったから、また食べたいな」


「なら、また作るわ」


フード越しでも大体の表情はわかる。最近の彼女の顔はかげることが多かった。

だから、ふと、呟いてしまった。


「…………ヴィーの、笑顔が見てみたいなあ」


「…私。多くはないけれど、笑っているわ」


「でも、俺は見たことがないよ。いつも、隠れているから。……きっと、素敵な笑顔なんだろうな」


本当は、何度か隙間から見えたことはあった。でも、口元だけだったり、片目が隠れていたりしていたから。

フードに隠れていない笑顔が見たかったが、彼女を困らせてしまったようだ。

俺がごめん、と呟くと、彼女は更に顔を曇らせた。


今日は、魔女のフードの中を見られなかった。






ヴィーがシチューを持ってきた次の日、ヴィーは大きなふわふわのパンを持って俺の元へやって来た。

俺はまた食べたいと言った。

俺はヴィーの涙が見たいと言った。いつも、我慢して泣いてくれないからと。


彼女を、また困らせてしまった。彼女はきっと、心を許せる人が多くはないから、俺がいるうちに、少しくらい感情を、吐き出して欲しいと思った。


今日も、魔女のフードの中を見られなかった






ヴィーの涙を見たいと言った次の日、ヴィーは柔らかい肉を持って俺の元へやって来た。

俺はまた食べたいと言った。

俺はヴィーの瞳を見たいと言った。ヴィーが何を見ているのか気になるからと。


いつだって、シィヴァのことしか見ていないと言ったから、俺は酷く嬉しくて、幸せで、笑った。

それでも、俺はどこか残念に感じていた。

フード越しだと、あの金の瞳は見えないのに


今日だって、魔女のフードの中を見られなかった






ヴィーの瞳を見たいと言った次の日、ヴィーは細い銀のチェーンを持って俺の元へやって来た。

あのシルバーリングは、今の細くなった俺の指には少し大きかったから。

華奢な彼女の指とそれほど変わらないくらいに細くなった指は、酷く情けなかった。

俺はヴィーの髪が見たいと言った。ヴィーは俺の髪を触るのが好きだから、ヴィーの髪にも触れてみたいと。


今日は櫛を入れていないからと言われたから、俺は渋々諦めることにした。

俺は、櫛を入れていなくても、彼女の髪が美しいことを知っているのに




………だから



今日もまだ、魔女のフードの中を見られない





―――――――――――――――


その日は 綺麗な青空の広がる日だった。


ヴィーは、いつもより大きな籠を持ってやって来た。















彼女は、ニスデールを着ていなかった










今日は、魔女のフードの中を見た











シィヴァが毒を受けてひと月が経つ日、ヴィーは俺が望んだものを全て持って俺の元へ来た。


「……ヴィー?」


酷く驚いて、彼女を見つめた。


若葉の髪も


黄金の瞳も


記憶のものより何倍も美しかったから




酷く不安そうな顔で、大人びた彼女が、小さな子供のように見えて

それでもやはり、愛しい、美しい少女で






「…ごめんなさい。でも、私」


ヴィーが何かを言ったようだったが、言い終わる前に腰を抱き、顔を寄せた





唇に柔らかい感覚があった。それは、生まれて初めての感覚で――

驚いて前を見れる彼女は、シィヴァが抱きしめていることに気づいた。


――キスを、されたんだと気づいた。


「シィヴァ…?私のこと、気持ち悪くないの?」


「どうして?とても綺麗なのに」


「だって、髪の色は人のそれではないし、瞳も獣みたいなのよ?」


「髪の色も瞳の色も知っていた。それも含めて、俺はヴィーが本当に綺麗だと思った」


ヴィーは目を見開いて驚いた。

フードの下で、彼女はこんなにも豊かな表情をしていたのか


「知って……いたの?」


「初めて話した時言っただろ?俺はあなたを知っていると。……あの日のひと月前、街でヴィーを見たんだ。強い風が吹いて、フードが脱げて舞う髪も、光を受け輝く瞳も綺麗だった」


自分でも、そこから家まで特定したことはかなり気持ち悪いと思うが、事実なのだから仕方ない。

それに、今のヴィーなら、仕方の無い人とでも言うように、笑って許してくれるだろう。


事実、驚いた顔をしていた彼女は、苦笑をしながらも、優しい目で俺を見つめた。


「……あれは、シィヴァ、だったの?」


「どれかは分からないが、俺が初めてヴィーを見たのはその時だよ」


「なあん、だ」


力が抜けたようにポスンと、ヴィーが俺の胸に体を預けた。

やせ細ったとはいえ、彼女を支えるのにはなんの問題もなかった。


「あの時見た髪も瞳もとても綺麗だったが、笑わない美しい少女に、あの時恋に落ちたんだ」


「どうして、家が?」


「恥ずかしい話、一目惚れをしたから声を、掛けたくて……少しだけついて行ってしまったんだ。そしたら、魔の森に入っていくから。ニスデールを着て魔の森に入るのは、魔女くらいだろ」


「ふふふ、そうかもしれないわね」


「だろ?」


ほら、優しい彼女は、俺の過去の罪も笑って許してくれた。彼女の気持ちを理解出来たようなその予想は、本当の意味で彼女の夫になったようで

それはなんだか、とても。とても嬉しくて


「……ねえ、シィヴァ?」


「なんだ、ヴィー」


「私、世界で一番、あなたが好きみたい。だから、また私を見つけて、好きになってね」


「俺も世界一愛してるよ。ヴィーも、俺を見つけて愛してくれ」


そういって、俺はまた唇を重ねた。


ヴィーの持ってきた食べ物を二人で食べて、互いのシルバーリングを交換して。

沢山話して、笑って、泣いて。




もう一度、愛してるを伝えて。




空が赤らんで、日が落ち始めた頃。


『酷く、眠い』と俺は言った。

二人で抱き合って布団に入った。



彼女は、俺の瑠璃を見つめ

俺は、彼女の若葉と金を見つめ


互いの温もりで眠った。











結局、ヴィーは俺を救うことは出来なかった。

完成するかも怪しい薬を作るより、俺のそばにいてくれた。


俺は、それからもう目覚めなかった。

















恋人や夫婦と言うには、酷く短かったそれを、悲しいとは思わない。

魔女と呼ばれる彼女が、人一倍優しく、脆く、可愛らしかったことは、俺だけが知っていればいい。


他の誰でもない、君が、俺に与えてくれたもの。


昨日も、今日も、明日も、君の心の支えに、俺がなれることを願う



あの日の若葉と金を俺は生まれ変わっても忘れない


いつか、また、会えたなら。

互いの色で、見つけられるから。







美しく優しい魔女と、頼りなく愛情深い騎士の酷く短い物語は、最後のその瞬間まで



鮮やかに光り輝いていた

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― 新着の感想 ―
[良い点] 綺麗で切ないお話しでした…。かなしいけれど幸せの中で主人公が亡くなれてよかった…。戦場で亡くなるんじゃなくてよかった…。
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