翌日の展開 その一
俺は首を傾げるしかなかった。
どうしてハルバートとイーヴが王都に帰らないのであろう、と。
あの、アディール姫でさえあっさりと王都に戻っていったというのに、である。
そして、あのアディール姫を王都に戻るように説得したのは、俺の目の前の黒騎士というか暗黒卿だったのではないのだろうか?
――あなた様はバーディット様の心臓です。いえ、アウローラ王国そのものと言ってよいでしょう。
最高の笑顔で恭しく十代の姫君を誑し込んだ男は、姫が素に戻る前に馬車に乗せ上げて、召使いや警護兵達に最高速度で王都に戻るように指示迄与えていた。
俺はその一連の動きを眺めながら、お前こそその心臓を守る人にならないのかよと、腕を組んで首を傾げているしかなかった。
いや、積極的に口出す事を俺は控えていた。
余計な口出しをしてアディール姫が居残ったら俺こそ困る。
二頭引きの少女趣味全開な白い馬車に、煌びやかに着飾った侍女二名と下働きの小間使い三名、そして、警護兵五名という団体様との行動は面倒すぎる。
敵に囲まれたらアディール姫を囮にするどころか、俺こそが囮にならねばならない危険性だってあるのだ。
だから、俺はハルバートのする事を黙って見ていた。
けれど、アディール姫ご一行様の影も形も見えなくなったところで見送っていたハルバートがくるりと俺に振り向き、俺はその晴れ晴れとした顔を見せつけられた事で自分のお喋りな口を閉じて居続ける事が出来なかった。
「あなた方が王様から離れたままでしたら、王様の身の回りは誰が守るというのでしょうか?あなた方こそ国の守り手では無くて?」
「嬉しい事をおっしゃいますが、ヴィヴ。私達はお飾りでいることにウンザリなのですよ。」
ハルバートはハハっと笑って両腕までも軽く持ち上げてろくでもない事を言い切ったが、俺はゲームの中のハルバートの内心の叫びを今知ったような感動、いや、やっぱりなと当りを引いたような感動をしていた。
王城のバーデットのシーンムービーが流れる度、バーデットの両隣に兜は脱いだ黒騎士姿のハルバートとイーヴが控えている、という彼の言う通りに彼らがお飾りな背景を俺は目にしていたからである。
当時の俺は何の気なしに雅な奴らのCGを眺めていたが、今の俺がそのCGを見直したら、バーデット王が暗黒騎士ハルバートに暗殺されるかも!と脅えてしまうことだろう。
俺に最低評価をされている騎士は、俺の評価が正しいという風にニヤリと底意地の悪い笑顔を見せると、身をかがめて俺の耳元に唇を寄せた。
「まあ、あなたがカルと二人だけが良いと言い張るのならば身を引きましょう。今すぐに結婚の宣言をすれば今夜から初夜ですからね。」
俺の耳元に毒を囁いて来た悪人様の肩を俺はグッと掴むと、奴の耳に俺も囁き返してやった。
「カルにこれ以上ろくでもない事を吹き込んでみなさい。あなたが私の想い人だってカルに嘘の告白をしますわよ。」
「ふふ。君はカルを一番大事に思ってあげているね。あの子こそ自分が私には勝てないと思い込んでいるんだ。君の嘘告白を普通に信じるだろう。それも仕方が無いと心が砕けながらも。ああ、受け入れて心に傷を負ったまま、君が道を外さないようにと今すぐにと結婚するんだ。」
「くそ男。」
「姫様。言葉遣いに気をつけなさい。いや、教育ってものもあなたには必要なのかもしれませんね。」
俺を調教する気か?この変態野郎め。
「ふ、ふふふふ。」
俺の持つ光魔法か炎魔法でこいつを攻撃したくなっていた。
ここは俺こそカルを調教するべきでは無いのか?
俺は実は自分が魔法を使えるようになったと知ってから、それはもううきうきで何度か魔法を試してみてもいたのである。
結果として解った事は、自分一人では魔法選択画面も呼び出せないという悔しいものであった。
そこで、魔法を使うにはカルの戦闘宣言が必要らしいと、俺は敗北的な気持ちになりながら結論付けるしかなかったのである。
あいつに使われる立場か?と。
いや、それならばカルを調教すればよい。
そう、SとMの世界ではMこそがSを支配する主人なのだというではないか。
被虐を求めるMの為にMの満足するS行為を差し出さねばならない、という力の関係が逆転していたという奥深な世界。
って、俺はハルに虐められる事を望む行動をしていたって事か!
俺が肩を掴んで引き寄せているせいで身をかがめることになっているが、ハルバートは余裕どころか完全に俺を見下している目で見つめて微笑んでいるではないか!
奴を突き飛ばしたい。
俺のそんな意志のもとに俺の手は彼の肩をさらに強く掴んだが、そのまま奴を突き飛ばしたら奴を喜ばせるだけのような気がして俺はそっと力を抜いた。
そして手を放したが、その時にさらっとハルバートの肩を撫でる行為までしたのだ。
貴婦人っぽく。
「は、ハル様。わ、わたくしは考え直しましたわ。」
て、期待溢れる目で俺を見つめるな!
「ええと、つ、強くあろうと考えたばかりに下品になっておりました。ここは考え直さねばなりませんわね。だ、大丈夫。ご、き、ご教育くださる、ひ、必要ありませんわ。シスターたちの教えを思い出せばいいだけですもの。」
俺の言葉が混乱しているのは、ハルバートが最大限の最高の笑顔を俺に見せつけるという嫌がらせ行為を俺にしているからに過ぎない。
やめて!
あんたが一番強いってわかったから、そんな眩しいキラキラな笑顔で俺を真っ直ぐに見るのは止めて!
混乱する俺の右手はいつの間にかハルバートに掴まれており、奴は嫌がらせの止めのようにして俺の手の甲にキスをした。
「ひゃああ!」
どうして手の甲のキスなのに尾てい骨がきゅっとするのだ!
「ハハハ。やっぱりあなたに教育は必要ですね。」
ひゃあ!
背筋にぞくっと電気のようなものが走ったが、それはハルバートの肩越しに見えた風景によるものだ。
自分の馬の手綱を掴みながらカルはぼんやりと俺とハルバートを眺めており、その、カルの寂しそうな目と俺の目があってしまったのだ。
カルのあの紫の綺麗な瞳が翳りを帯びていて、土砂降りの雨の中に捨てられた段ボールの中の犬、そんなイメージを俺の脳みそに罪悪感を持って描かせるには十分なものだった。
だから、決して、俺がハルバートに性的刺激を与えられたわけじゃない!
いや、だって、俺は三十代の男の人だもの!
ヴィヴの中の人は!




