イベントの強制的発生
大きな広間の暖炉前にはやはり大きな楕円型のテーブルがどどんと設置されており、そのテーブルの両側面には背もたれのない横長のベンチが二脚ずつ置かれている。
楕円の湾曲している部分には一番偉そうな背もたれの大きな椅子が置いてあり、そこにドラゴイル男爵が座り、その右横になる位置というベンチの端っこにカルヴィン、その隣がハルバートである。
ドラゴイルに嫌われたらしき俺は、カルヴィンからテーブルを挟んで対面となるベンチの、それまたカルヴィンから見て右斜め「めちゃむこう」という端っこに座っている。
イーヴはなぜかそんな俺のすぐ横だが、今は俺の肩に頭を乗せて寝ていても、もう少ししたら誰も座って無い果てしなくあるスペースに全身を転がしたいからここに座っていると考えれば当たり前の位置だった。
ちなみに、ドラゴイル男爵は俺を完全無視しており、カルヴィンとハルバートばかりに色目を使っていた。
「まあ!本当にいらしてくれて嬉しいわ。カルちゃんったら本当に大きくなって!ああ、お父様のエドガーにそっくりになっちゃって。お尻もそんな感じなのかしら?」
お尻?
驚く俺の目の前で、男爵はベンチに座って触れない尻の代りに、ベンチが背もたれが無い事を良い事にカルヴィンの背中をべとっといやらしく撫でた。
カルヴィンは見るからにびくりと体を強張らせ、当たり前だが俺に助けての視線を向けた。俺はその視線に対し、頑張ってという風に視線を返すしかなかった。
俺の後ろにはドラゴイルの部下が武器を携えて立っている。
その事を君こそ思い出してくれ。
「あらあ!感じた?カルちゃんたら感じちゃった。うふふ。いやだあ。ハルくぅんったら、そんな目で見ないで。ご機嫌ななめかしら?うふふ。ハルくぅんのお尻だって、ええ、いつものように、す・て・き・よ。」
ドラゴイルはハルくぅんにウィンクをばちっとして見せた。
俺の脳裏にドラゴイルの惨殺死体のイメージが湧いた。
今回の奴の未来は、メディアではなくハルバートによって引き起こされるのは確実かもしれない。
「うわあ。お気の毒な彼等。ねえ、ドラコに嫌われ者のヴィヴは何を飲んでいるの?白湯?俺にそれちょうだい。俺のお茶と交換してよ。香辛料ばかりで夜に寝れなくなったら困る。」
イーヴは珍しく起きていたようだ。
「あなたが夜に寝られないのは、昼間にしっかり寝ているからでしょう。」
俺は怒った口調を作りながらも、いそいそとイーヴとカップの交換をした。
ドラゴイルは女の子には興味無いのか嫌いなのか、俺にはケーキもなければお茶もなく、ぬるい水だけ入ったカップを目の前に置かれたのである。
いや、それはイーヴのせいかな。
ドラゴイルはイーヴこそお気に入りらしいのに、彼は俺にべったりとくっついて離れないのである。城内の長い廊下を歩く時には俺の両肩に腕と体重をかけての半寝状態でくっつき、テーブルに案内されれば俺の隣に座って私の右肩に頭を乗せて寝ていたり、だ。
「まあ!何をしているの!ああ!私の丹精込めて焼いたケーキを人にあげてしまうなんて!ひどいわ!イーヴ、あなたは変わったのね!昔のあなたは女の子に興味なんて持たなかったでしょうに!」
イーヴはテーブルにべたっと上半身をうつぶせて、顔だけドラゴイルを見上げるという、可愛い大型にゃんこみたいなあざとい姿勢を取った。
「ええ~。俺は昔からケーキも香辛料たっぷりのお茶も嫌いだぁよ。」
「まあ!酷い!」
「ひどいのは忘れちゃった君じゃあないの?」
うわ!イーヴは唇を尖らせた!
ナマケモノは怠ける環境づくりのためには働き者になるのだな!
イーヴの手管?に嵌ったドラゴイルは、パンパンと手を鳴らして召使を呼び寄せた。エプロンを付けた筋肉質の兵士はやってくるや、ドラゴイルに命令される前に俺からお茶のカップとケーキの皿を取り上げた。
なんて、ひどい。
ドラゴイルの糞はなんて満足そうな笑顔をしているのだ!
「さあさ、イーヴちゃんの為にワインと干し肉をお持ちして!瑞々しい果物も沢山持ってくるのよ!」
エプロンを付けた兵隊は、かしこまりました、と甲高い声を出して扉の向こうへと消えていった。
俺は自分の目の前には何もなくなったテーブルの上を茫然と見つめるしかないが、けれど、イーヴがもう少し身を起こしてドラゴイルに向き直ったのである。
抗議をしてくれるのか?
「ありがとぅ。俺はだからアリスが大好きだよ。」
俺はイーヴの裏切りに奴の頭を叩いてやろうと思うより、うげげ、と思ってしまった方が早かった。
アリスだと?
アリスって、ドラゴイルの一人娘の名前だっただろう、と。
ゲームの設定では、母亡きあとは男所帯の砦に住むわけにもいかないと、修道院で父親達の武運を祈っているというものでは無かっただろうか。
カルヴィンはその修道院へ父親の訃報を伝えに行き、聖女であるヴィヴがドラゴイルの鎮魂と葬儀をアリスの為に行うのでは無かったか?
あ、アリスは部屋に閉じ籠ったまま出てこないというシーンだった。
「あれ?アリスって、アリス・ドラゴイル様でしたか?あの、バイラム・ドラゴイル男爵はいかがされたのでしょうか?」
うわ!
男爵があからさまに怒った怒りの目を私に向けている!
「私がバイラム・ドラゴイルで、アリス・ドラゴイルである!」
「ふえ?」
「二年前にバイラム卿がお亡くなりになって、それからずっとドラゴイル嬢が女男爵としてこの砦を守っているんだよ。」
取り残されている俺の耳に説明を囁いてくれたのは、ほんの数十秒前まで俺に不幸を嗤われていた俺の婚約者殿であった。
イーヴはワインと干し肉と果物を手に入れた事を確信して、すでにテーブルに突っ伏して惰眠を貪っているので俺の役に立つわけがない。
俺はいつの間にか俺の斜め後ろに移動して来ていたカルヴィンを見返し、この忠犬そのものの王子様に微笑んでいた。
「ありがとう、カル。あなたはいつだってわたくしの助けだわ。」
俺の横でホストばりに身をかがめている彼は、俺を見上げる感じでふふっと嬉しそうに笑い、俺はその純粋な笑顔によって自分にあったらしい良心が疼いた。
将来的に自分が裏切る予定の男であるのに、どうしてこの男はこんなにも純粋で可愛らしい子供なのだろう、と。
「まあ!あなたは、私のお尻ちゃんまで誑かしたのね!」
「おだまりなさい!カルはわたくしの婚約者なの。この子のお尻こそ私のものでしょう!何をとち狂っているの!」
ああ、反射的に言い返してしまった。
それも、テーブルをどんと両手で大きく殴りつけて立ち上がっていたのだ。
長身のアリスに対して普通身長の俺でしかないが、俺は三十代のおっさんだった自分でもあったじゃないかと、まだ二十代半ばのはずの女性を睨みつけた。
「わたくしに対しては最低限の礼儀も無い。これはあなたが女だろうが男だろうが、認められない行為としか言えないわ!」
「あ、あなたには分からないのよ!生まれた時からこの姿の私の気持ちなんて!どうしてお父様は私を女の姿に産んでくれなかったのでしょう!いくら跡継ぎだからって、同じ姿に産むことは無かったでしょうに!」
確かに。
魔法でも何でもなく、長身で骨ばった美しいともいえない男性にしか見えない姿が生来のものだとしたら、数々の言動を見るに夢見がちな乙女でしかない中身の人には耐えられない状態かもしれない。
そうだ、俺のヴィヴという外見は最上の美女ではないか。
そして、女の身である自分を嘆きながらも、俺はドラゴイルの外見とヴィヴの外見を取り替えても良いと言われても丁重にお断りするはずだと確信もした。
俺は知らずに傷つけたドラゴイルに謝らねばならないだろう。
「いや、お父様は子供を産むことは出来ないと思う。」
「知っているわよ!言葉のあやでしょう!」
俺は脳みそと連動していなかった口を片手で押さえた。
「もう頭に来たわ。ええ、メディアの申し出を受ける事にする!メディアは言っていたもの。手を結べば好きな男を婿にしてもいいって。ええ、私は決めました。イーブを夫にして、ハルを愛人にするわ!うふ、可哀想だけどカルちゃんはここでお別れね。あなたの頭はメディアへ捧げるしかないもの。」
俺はカルヴィンの手を握った。
ドラゴイルが私兵を呼び寄せる前に、俺がドラゴイルに言い返す事へ反論をしないで欲しいという意思の表れだ。
だが、王子は違うように解釈した。
「大丈夫。俺が君を絶対に守る。」
「ハハハハ!あなたが首を刎ねられる前に、その女の美も剥ぎ取ってあげるわよ!髪は丸坊主にして、全身に茹った油を被せてやるの。さあ!衛士た――。」
ドラゴイルの首は宙に飛んだ。
ドラゴイルの首を刎ねたのはハルバート。
「この国家大逆のうつけ者が!」
ハルバートの怒声にカルヴィンははふっと息を呑み、俺は舌打ちをしそうだった。カルヴィンならばハルバートとイーヴをお前に与えることなど簡単だ、という俺が提案をする間も無かったのである。いや、それをさせないためのハルバートの疾風の如き斬撃だろうか。
「ああ!信用していた男爵がメディアに取り込まれていたとは!こんなことは知りたくはなかった。」
カルヴィンは目に見えて傷ついていた。
俺は純粋な王子を慰めてあげたいと、一瞬でも考えた自分を呪った。
カルヴィンの不用意な言葉のせいで俺達はアクリルボードに囲まれて、ふざけた文字を読まされる羽目になったのだ。
カルヴィンがドラゴイルの裏切りを知る前に戻しますか?
はい いいえ
文字はすぐさま「はい」を金色に輝かせた。




