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パクス ブリザーナ  作者: ベルトレイ星人
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Pax Blizzarna



 氷の都、吹雪の地と言われても春には普通に青々と緑が芽吹く。町は石造りの分厚い外壁で囲まれ、外壁の外には小鳥のさえずりに相応しい大草原が360度広がっている。春の優しい太陽に炙られて黄緑色に輝くその大草原には、大小の岩がわずかに転がっていた。高さ10メートルほどの外壁の上から見渡してみると緩やかな勾配の大草原が下って上ってを繰り返しているだけだが、はるか向こうの水平線には濃い緑に埋め尽くされた低い山がそびえ、町を中心にこれまた360°山脈を形成している。この地は低い山に囲まれた盆地であり、草原は相当な広さがあるにも関わらず開発されていない。もし、はるか上空からこの場所を見下ろせば、何もない草原の中にポツンと文明があるチンケな様子に強い違和感を覚えるだろう。10メートルの外壁の上に腰かけている少年はそんな様子を微塵にも見せない。なぜそうなのかなんて、ここの住人にしてみれば疑問に思うことすらないごくごく当たり前のことなのだ。あるいは、この巨大な建造物に1人ポツンと腰かけ足をプラプラさせている少年もまた、異端者なのかもしれない。

 山の方から芝生の揺れるかすかな音がサーっと走り抜け、1拍遅れてまだ肌寒い風が優しく鼻孔をくすぐる。少年は心地よさそうに目を細めた。


「もうこんなに見晴らし良くなったか。雪がひとつもねえ。完全に春だな。」


少し大人びた青年が少年に静かに近づきながら話しかける。年の頃は同じぐらいだろうか?


「うん。昨日はまだ少し残ってたのに1日でとけるなんて。」


「ハハッ。嫌そうだな。」


青年はニーッとイタズラな笑みを浮かべる。


「そりゃ嫌さ。去年の畑仕事はホントにしんどかったんだから・・・」


少年は青年の方には顔を向けず、草原を見つめたまま言葉を吐いた。


「ハハッ。10歳からは耕作だもんな。まあまだ別に畑組(はたけぐみ)に決まったわけじゃない。お互い頑張ろうぜ。」


「うん・・・。でもいいよね氷英(ひょうえい)は・・・。もう成績上位は確定みたいなもんだろ?」


「いんや。どうだろうな・・・」


氷英(ひょうえい)と呼ばれた青年はどこか上の空で答えた。この氷河一族の国では学業、武術のいずれかで成績上位を納めなければ畑の耕作に駆り出されることとなる。


「えっ!?あの氷英(ひょうえい)が学科試験で自信無いの?」


少年は驚き振り返った。


「あるよ。完璧にできた。」


真顔で答えた氷英(ひょうえい)の口角はこらえきれず、つり上がっている。


「なんだよ。」


少年はムスッとして草原の方へ興味を移してしまった。


「ハハハッ!やっぱお前の反応はおもしれぇや。元気が出る。」


「悪趣味だ。」


少年のむくれた様子を見て満足そうな顔を浮かべた青年は、ここにきた本来の目的を思い出したようだ。


「あっそうそう。氷点(ひょうてん)、ここで物思いにふけるのもいいが闘技大会はそろそろだ。なんでも午後から天候が荒れそうなんで予定より30分ばかし早く行うらしい。準備しとけよ。」


「うん・・・。」


氷点(ひょうてん)と呼ばれた少年はなおも草原を向いたままだ。


「じゃ、先降りとくわ。」


氷英(ひょうえい)。」


「ん?」


「春は好き?」


「ああ。春は好きだ。苦手な闘技も終わるし、空だって常に晴れて気持ちが弾む。逆に冬は嫌いだ。冬は町の外に降りられないし天井は閉じちまうし、暗くて湿気っぽくて嫌いだね。」


「そう。やっぱ氷英(ひょうえい)は他のガリ勉とはちょっと違うね。」


氷点(ひょうてん)はガリ勉という響きに少しの毒を含ませたが、青年は特に気にする様子はない。


「ちょっとねえ・・・。他のガリ勉は冬が好きなのか?」


「いや、イメージかな。することないから内にこもって勉強するのには丁度いい。」


「そういう状況はかえって手につかないもんさ。お、見ろよ。広場にちらほら集まってきてるぞ。そろそろだ。」


氷点(ひょうてん)の顔が曇った。


 さて、この物語を進めるにあたって、そろそろこの地のいろいろを説明しなければならないだろう。まず、なぜこの大草原が開発されていないのか?だ。いや、確かによく見れば人の手を加えた後なら存在する。ではなぜなのか。答えは簡単。積雪の量が凄すぎて冬場は壁の外であれこれできる状態にないのだ。せっかく耕した土地も毎年ダメになるもんで、また一から耕す羽目になる。だから毎年、6歳~12歳の学業、もしくは武術の成績の上位者以外は畑組(はたけぐみ)と呼ばれ、学校の時間外にこの広大な土地の開発に駆り出されるのだ。あとは・・・そう、この高さ10メートルの外壁に囲まれた町は真ん中に高さ30メートルはあろうどっしりとした塔が立っている。冬には、その塔からさきほど氷英の言っていた天井というものが外壁へとおろされ、町は豪雪から守られるのだ。


 塔の真下にある広場の方を見てみると、ぞろぞろと生徒が集まっているのが見えた。その中に苦手な取り巻きをしっかりと見つけた少年「氷点(ひょうてん)」は心臓にざわめきを覚え、わずかな吐き気に眉をしかめるのだった。闘技大会と呼ばれる武術の大会は同世代の全員総当たりで行われる。冬中行われていたこの大会もいよいよ今日で最後。闘技大会の成績では既に畑組が決定している。筆記の学業試験は上位にはおそらく入れていないだろう。もう畑組なのは分かってますので辞退させてくださいと言いたいものだ。だが、この大会は辞退が許されていない。


「はぁ・・・」


ため息を吐くことで諦めがついた。


「行こうか・・・」


 氷英(ひょうえい)氷点(ひょうてん)はピョンっと外壁から飛び降りた。両手両足を広げたスカイダイビングのような状態で、どんどん二人の体は加速していく。この高さから落ちれば間違いなくタダでは済まないだろう。残り3メートルといったところで二人は両手を下に向けて


「「スノウ!!」」


と唱えた。すると、もこもこっと雪の山ができ、二人はそこにボフっと音を立てて包み込まれていった。






「まあそんな暗い顔をするな。実は悪いことばかりじゃないんだぜ?」


氷英(ひょうえい)はニヤッと悪い笑みを浮かべる。二人は雪山を一瞬ののちに片づけると、塔の真下の広場へと馴染みの道を歩いていた。


「・・・」


氷点(ひょうてん)の変わらぬ反応を見て、氷英(ひょうえい)は続ける。


「ネズミ野郎は今日勝たなけりゃあ畑組だ。」








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