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08・初戦

 

「あーっもう!耳が痛ーい!」


 部屋に戻るなり、芽亜めあはベッドに倒れ込んだ。

 買い物、と言うかネリの元でお喋りをしていただけだったが、そこから帰って来てから今までずっと、食堂でジェイドのお説教を受けていたのだ。途中で涙目になりふるふると震えだした芽亜を見て、「もういいだろ」とアイカーが間に入ってくれて、そこでやっと解放をされた。


 お昼ご飯を料理人のデクスターが用意してくれていたが、遂に溢れだした涙を見られるのが悔しくて食堂を飛び出して来てしまった。そして芽亜は部屋に駆け込み、ひとしきり悔し涙を流した。

 ある程度落ち着きを取り戻すと、今度はフツフツと怒りが湧いて来る。


(謝ったのに!あんなに怒らなくても良いじゃない!何で一人で行きたかったのかも、何処にいたのかも説明したのに!)


 ネリが元出場者である事は何となく話さなかったけど、街の説明をして貰ったりお茶をご馳走になった事は話した。洋服類を貰ってとても助かったし、女性の知り合いが出来てつい嬉しくなってしまってしまい時間を忘れてしまったと釈明した。そして何よりも心配をかけた事を心から謝罪をした。


 下着類を買いたかったから男性と一緒に行くのは憚られた、と其処まで説明をしたのに。


 それなのに、いつまでもしつこくネチネチと。


「ジェイドの馬鹿!陰険!髪の毛とか尻尾とか、円形脱毛症になっちゃえば良いんだ――!」

 大声で喚き散らすとほんの少しだけ気が晴れる。気は晴れたが、落ち着いた分空腹にも気がついた。


「サンドイッチ、お部屋に持って来れば良かったー」

「……持って来てやったぞ」


 突如聞こえた地の底を這う様な低い声に、芽亜はガバッと起き上がった。恐る恐る顔を上げる。

 ベッド脇には青筋をビキビキと立てながら口元を引き攣らせるジェイドがいた。


 あ。しまった。鍵をかけるのを忘れていた。


 片手にサンドイッチの乗った皿と飲み物の入ったカップを2つ、器用に持っていたジェイドは無言でそれらをテーブルの上に置いた。


「あ、ありがとうございます」


 何となく気まずくて、つい敬語になってしまう。ジェイドが動かないのでベッドから降りられない。

 先程の悪態は確実に聞かれていた。謝罪をすべきだろうか。


「あの、」

「早く食え。デクスターが片付けられないだろ」


 素っ気なく言うとジェイドは椅子に座り、長い足を組みながら澄ました顔で持参したコーヒーを飲んでいた。


(え、出て行かないの……?)


 仕方なくベッドから降りて向かい側に座る。

「いただきます……」

 サンドイッチに噛り付く芽亜を、じっと見つめるジェイド。怖くて味が全く分からない。


「……何を話したんだ」

「え?」

「その、ネリって女と、何を話したんだ?」


 何って。さっき言ったじゃない。芽亜は内心首を傾げながらも、もう一度同じ説明をする。


「だからこの国の名前とか、街の事とか。薔薇園に行ってみたら?とか王都は綺麗だよーとか」

「それだけか?」

「うん」


 まぁ厳密にはそれだけじゃないけど、それは言う必要無いし……。


「そうか」


 それだけ言うとジェイドは飲み終わった空のカップを持って立ち上がった。それを見て、芽亜は内心安堵の息を吐く。


「食べ終わったら食器は厨房に持って行けよ」

「うん、わかった」


 ジェイドは芽亜の後ろを通り、扉に向かって歩いて行く。それを横目で見送った後、皿の上の卵サンドに思い切り齧り付いた。それと同時に、芽亜の首も後ろからいきなり噛み付かれた。


「んにゃっ!?」


 芽亜はサンドイッチを咥えたまま飛び上がる。背後から強く抱き締められ昨日よりも強い力で噛まれ続けた。パンが口から零れ落ちた事にも気付かないまま芽亜は完全に硬直してしまっていた。

 ふと昨夜のレンの言葉が蘇る。


『牙のある獣人は唇をくっ付けるキスはしないんだ。彼らのキスは相手の首を噛む事なんだよ』


 ま、またキスされてるの?って言うか何でこのタイミングで?


「ちょっと、ジェイド……ッ!」


 首の前に回された腕に縋り付き、蚊の鳴く様な声で訴えるとようやく腕が離れて行き、”キス”は終わりを告げた。芽亜はホッと肩の力を抜く。

「い、いきなり噛まないでよ、びっくりするから……!」


 首筋を押さえながら紅い顔で振り返ると、今度は顎を掴まれ唇と頬を舐められる。ジェイドはビキリと石像の様に動かない芽亜の頭を優しく撫でた。

「次に勝手な事したら許さないからな?」

 そう甘い声で囁くと、今度こそジェイドは部屋から出て行った。


「今のは何……どう解釈すれば良いのよ……」

 芽亜は首と口元を押さえ、真っ赤な顔でテーブルに突っ伏した。



 ********



「メア、準備出来たか?」

「うん……」


 ――結局あの日から芽亜は飛空艇内から一歩も出して貰えず、初戦の日を迎える事となった。

 戦う、と言っても当然芽亜は何もしない。だが実際何をどうすれば良いのかもよく分からない。

 ゲームでは直接攻撃・魔法・防御・回避などコマンドを選択していたのだが、現実では当然そんなモノは無い。


(あの、何とかマスター目指す少年的に叫ぶのかしら。必殺技とか)


 ネリに聞いておけば良かった。そう思いながら、芽亜はジェイドと共にカルナックの闘技場へと向かった。


 ◇


 闘技場内に入ると、何人もの仮面の者達が忙しく立ち働いている。

「どうぞ、此方の控室へ」

 誘導係と思しき仮面に小さな石造りの部屋に通される。

 丈の低いテーブルとソファーだけの簡素な部屋。ソファーは二人掛けなので、必然的に並んで座る事になる。


(もうちょっと大きいソファーにして欲しかったなぁ)


 かなり細身とは言え、成人男性であるジェイドと二人で腰掛けるには少々狭い気がする。

 ジェイドが両腕を背もたれに引っ掛け、長い足をだらしなく伸ばして座っているせいもあるかもしれないが、かなり密着する形になる為何となく気まずい。


「では、此方で1時間程お待ち下さい」

「え、1時間も待つんですか!?」


 仮面はそれには答えず、「どうぞごゆっくり」と言い残すとさっさと部屋から出て行った。


「何してれば良いのかな」


 ね、とジェイドに同意を求める。ジェイドはんー?と適当に返事をしながら芽亜の髪を弄っていた。

 くすぐったいよー、と首を竦めて笑うと髪を触る指の動きがピタリと止まる。

 そして再び動き始めた指先は、髪から耳の後ろへ移動し、首筋を辿るとまた耳の後ろへ指先を滑らせる。そういった経験の無い芽亜にすらわかる危うい気配に、知らず身体を強張らせた。


(う、何かマズい気がする)


 芽亜はさり気なくジェイドの指から身を捩って逃れた。

「ごめんね、ジェイド。すっごく緊張して来ちゃったからちょっと顔洗って来る」


 あからさまに不満そうな顔になりながらも「直ぐ戻れよ」と言うジェイドに軽く頷くと、芽亜は廊下に飛び出して行った。


 ◇


 何となく廊下を歩いてウロウロしていると、どこからか男女の声がした。思わず柱の陰に身を隠し、そっと顔を覗かせ様子を窺う。


「ラヴィニア、気分はどう?」

「平気よアーサー。心配かけてごめんなさい」


 ラヴィニアと呼ばれた金髪のショートカットの少女が、そばかすの浮いた顔を微かに歪めながらアーサーと呼ぶ男に微笑んでいるのが見えた。男は灰色を基にした白と黒の斑の髪に同色の翼。鳥人族だ。翼の逞しさから見ると猛禽型だろうか。


「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ?」

「えぇ。でもこの前もギリギリだったでしょ?私は貴方さえ居てくれたらそれで良いのに」

「ラヴィ……」


 抱き合う二人を見て、芽亜は自分でも驚く程の激しい怒りを覚えた。

 馬鹿じゃないのかしら。「貴方さえ居れば」ですって?アナタを失った事にすら気付かせて貰えない、家族の気持ちをまるで考えていないじゃない!


 この時間にこの場に居ると言う事は、恐らくこの二人は”対戦相手”なのだ。

 少女は「この前」と言っていた。彼らは一度対戦を経験し、勝ったのだろう。油断は出来ない。

 ただ獣人は鳥人に対して優勢だ。種族差も元より、この程度の覚悟しか持っていない者に負ける訳にはいかない。芽亜は控室に戻る事にした。部屋から出るなとは一言も言われていないがあまりうろつかない方が良さそうだと思った。


 恐らくほとんどのペアは控室で二人で過ごしているのだろう。芽亜の様にパートナーを放って辺りをうろつくなど、誰もしていないのだ。


 ――この時、芽亜は偶然対戦前に相手の情報を手に入れた。そしてこの事が、後の芽亜の行動に大きく影響を与えていく事になる。



 ********



 まるで古代ローマ帝国のコロッセオにも似た造り。

 大勢の観客で沸き上がる闘技場の雰囲気に、足が竦む。ジェイドが無言で腰に手を回し芽亜をエスコートしてくれた。向かい側に居るのは、先程の二人組。


「ジェイド、今回は出来れば魔法は使わないで」

「わかった」


 ――芽亜は控室に戻った際にタブレットを起動させ、ジェイドの現在のパラメータを再度確認した。

 この数値ならまず勝てると思う。


 ただし鳥人は全ての種族の中で最も敏捷性が高い。おまけにアーサーは恐らく猛禽型だ。

 此方こちらが万が一初撃を外した場合、上空に逃げられ厄介な事になる可能性がある。

 それでもジェイドは普通の人狼型なら先ず使える筈の無い、射程距離の長い攻撃魔法が使えるから勝つ事は出来るだろう。しかし初戦で手の内を晒したくなかった。

 期間中は出場者は他のペアの対戦を見る事は出来ない。ただ、大会が進むにつれ観客から徐々に情報が街に流れて行くであろう事は目に見えていた。


 フィールド中央には3本の火柱が立っている。その炎が消えたら開始の合図だ。

 相手側に目を向ける。種族差の不利があるからか単に体調が悪いのか、ラヴィニアはいささか顔色が悪い。


(信じてるからね、ジェイド)


 ◇


 はやぶさ型のアーサーは開始と同時に上空ではなく背後へ飛ぶつもりだった。

 相手は人狼。いきなり空へと向かうと自分達に匹敵するスピードで迫り、腕力で叩き伏せられてしまう。ここは後方へ素早く下がり、距離を稼いでそこから空へ向かう。人馬型以外の獣人は魔法防御が低い。空から魔法を浴びせれば勝てる筈だ。


 ――炎が消えた。


 翼を広げた瞬間、アーサーはラヴィニアの甲高い悲鳴を聞いた。途端に胸元に焼ける様な激痛が走り、目の前に血煙が舞う。ゆっくり目線を降ろすと、己の胸に深々と食い込む人狼の爪。目が合った。人狼はニヤリと嗤う。


(……っ!馬鹿な!始まって1秒も経っていないのに……!)


 人狼が爪を引き抜き、飛び散る血飛沫で視界が赤く染まる。

 地に倒れ伏す己の元に、愛する少女が駆け寄って来るのがボンヤリ見えた所でアーサーは意識を失った。


 ◇


「ジェイド!」

 芽亜は汗ひとつ掻く事無く、悠々と戻って来たジェイドに飛び上がって抱き着いた。

 涼しい顔をしながらもパタパタと尻尾を揺らす姿に思わず笑みをこぼす。


「案外簡単だったな」

「もう。調子に乗っちゃ駄目なんだから」


 はいはい、と肩をすくめて頷くジェイドの黒いコートを軽く引っ張る。

 首を傾げるジェイドに「耳を貸して?」と言い、訝し気な顔をしながら上体を屈めたジェイドの首にカプ、と噛み付いてみた。途端に顔を真っ赤に染めて慌てふためくジェイドに芽亜は悪戯っぽく笑って見せる。


「ほらー、いきなり噛み付かれたらびっくりするでしょ?」

「お、俺のはふざけてる訳じゃないんだよ!俺は、お前を……!」



 ――その言葉には聞こえない振りをした。微かな胸の痛みからも目を背け、芽亜は「次も油断せずに頑張りましょ?」と優しく微笑んだ。



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