03・神の役割
「そ、そうですか、神様なんだ……」
うんうんと小刻みに頷きながら、芽亜は仮面男からジリジリと距離を取り始めた。
(お父さん助けて……お母さん……芽亜、変態に誘拐されちゃった!)
両親の顔が脳裏に過ると同時に、芽亜の瞳に涙が盛り上がって来る。
「ちょ、ちょっと泣かないで下さい、行平さん。あ、心の中とは言え女の子が”死ねクソ電波野郎”なんて言っちゃ駄目ですよ?可愛い顔が台無しです。それに私は変態じゃなくて本当に神様なんですって!」
芽亜はついに涙をボロボロと溢しながら、それでも仮面男を睨み付けた。
「信じられる訳ないじゃないですか!大体、何で神様が誘拐なんてするの!?って言うか何処の神様!?絶対日本じゃないでしょ!天照大御神の許可とか取ってるの!?」
泣きながら適当に叫ぶ芽亜の言葉に、仮面の”自称神様”は意外にもビクッと身体を震わせ、俯いた。
「いやあ……それが取れてないんですよねぇ~」
よく分かりましたね、と苦笑いをする仮面男に、芽亜は泣くのも忘れ唖然としてしまった。
(今の所、危害を加えて来る様子も無いし取り合えず状況を把握した方が良いかも)
「あの、ところでカミサマの目的は何なんですか?」
「えっ聞いてくれるんですか!?」
もう貴女だけは還そうかと思ってたのに、と言う神の呟きは残念ながら芽亜の耳には届いていなかった。
********
「仰る通り、私は世界神の1柱なんですが日本の神じゃありません。異世界神です。それも比較的新しめな異世界神です。それで、私は世界観や魔物のデザインを主に手掛けて、人類は助手に任せてたんですが、何かこう個性が無くって」
「はぁ、個性が」
普通じゃ駄目なんだろうか。むしろ個性の強い人間ばかりにしたら一周回ってそれは普通になるのでは。胸中で突っ込みを入れながら、芽亜は大人しく相槌を打つ。
「そこで、私は想像力豊かな他人の力を借りる事を思いついたんです」
ちょっと待って下さい、と仮面の神は片手を一振りして部屋の中央にテーブルと椅子を出現させた。
テーブルの上には温かい紅茶と、焼き菓子が数種類置かれている。
手招きして芽亜を椅子に座らせると、自身は向かい側に座り「どうぞ」とお茶とお菓子を勧めて来た。
(やだ、ちょっと神様っぽい……)
だから神なんですって、と仮面神は苦笑いをする。
「それに利用させて貰ったのが”花と剣”です」
◇
「そもそも、行平さんはどうやって”花と剣”を知りました?」
どうやって?
えっと確かクラスの子に教えて貰って――
「そのお友達の名前は?」
芽亜は紅茶を持ったまま硬直した。あれ、おかしいな。何で思い出せないの?
「フフ、思い出せないのも仕方ないですよ。貴女は誰からもゲームの話を聞いていない。私が選定した女性達に適当な記憶と共に送り付けたんですから。因みに選んだ基準はゲームに詳しく、尚且つプレイ時間がそこそこ取れる方にしました」
仮面神はどこからともなくタブレットを取り出し、芽亜には見慣れた”花と剣”を起動させた。
「私達にゲームをさせる事に何の意味があるの?」
「この”花と剣”の世界は、私が管理する世界そのものなんです。貴女方プレイヤーが作ったキャラクターがそのまま私の世界の住人になる」
――芽亜は初めて”花と剣”をプレイした時の事を思い返していた。
こんなに細かいキャラクターメイクが出来るゲームが現実にあるなんて、と感動をしたものだった。
まさか、別の世界に干渉していたなんて……。
「実は、私が本当に欲しいのは皆様が造ったキャラクターでは無く、その”背景”なんです。例えば行平さん、貴女の”ジェイド”は”銀の鴉”と言う傭兵団に所属していると言う設定になってますよね?その場合、ジェイドの生まれる歴史をこの世界に取り入れる事によって、その設定を補完する為に”銀の鴉”のメンバーの歴史も自動的に生まれる事になるんです」
そうするとジェイドは勿論、仲間達の親兄弟などの歴史も芋づる式に発生するでしょう?そうやって、この世界の個性豊かな住人と歴史を増やして行ってるんですよ。笑う仮面神に、何故か芽亜は背筋が冷たくなる感覚を覚えた。軽いノリに誤魔化されそうになるけれど、この状況は明らかにおかしい。
「あの。事情は分かりました。それで、一つ聞きたい事があるんですが」
「何です?」
「今私が居るこの場所は、貴方の世界ですよね?何故私、いえプレイヤーまでも世界に連れて来る必要があるんですか?完成したキャラクターを取り込めば済む話ではないんですか?」
芽亜は仮面神をじっと見つめた。表情は良く分からないが、どことなく面白がっている様に見える。
「あのですね、プレイヤーは”花”なんですよ。キャラクター、”剣”にとってのね?慈しむべき”花”を持たない”剣”はこの世界でまともに機能しません。いずれ壊れてしまいますから」
何の為に恋愛要素が入っていると思うんです?我々神は”繁殖”にも気を配らないといけないんですよ?サラリととんでもない台詞を言いながら、仮面神は優雅に微笑んだ。
◇
「わ、私達は自分の作ったキャラクターと、この世界で暮らさないといけないの……?」
芽亜は震える声で聞く。まさか、もう戻れないの?そんな事許されるの?
「まぁそうなんですけど、それだけだと申し訳ないので此方で条件をご用意してます。この先、”花と剣”をこの世界で実際に行っていただきます。まぁ戦闘パートの部分と考えて下さい。勿論参加者は行平さんと同じく此方にいらしていただいた他のプレイヤーとそのパートナーキャラ達です。他のペアと対戦していただき、最終的に勝ち残った1名の願いをひとつだけ何でも叶えるというのが賞品になります。頑張って勝ち上がって、そこで帰還を願って下さい」
「負けたら帰れないって事!?連れて来られた人達が他に何人いるか知らないけど、1人以外全員行方不明なんて騒ぎにならない訳ないじゃない!」
芽亜は膨れ上がる不安を掻き消すように、大きな声で叫んだ。仮面の神はクスリと笑う。
「いえいえ、大丈夫です。皆様の身柄は一時お預かりしてますから。現在、貴女のご両親は”子供の居ない夫婦”です。貴女が勝てば元通り”3人家族”に戻れますけど」
――芽亜は込み上げる吐き気を必死に堪えた。
自分はこんなにも両親に会いたいのに、当の親から自分の存在が消えているなんて。
「負けたら……この世界で生きるしか無いんですよね?」
「ええ」
「……そんなの。絶対に嫌」
「おや、何故です?少なくとも彼方で悲しむ人はいない訳ですし、自分の理想とする相手とずっと一緒に居られるんですよ?」
芽亜は仮面神を軽蔑の視線で見つめた。
分からないのね、”カミサマ”には。人間の気持ちなんて。
どんなに理想的な見た目や性格でも、それは自分が設定したもの。
どんなに甘い言葉を囁かれても、それはそう言う風に造り上げたから。
――そんな生活、最初は楽しくても、いつか必ず虚しさに気付き破綻するに決まってる。
芽亜の心を読んだのか、仮面神は一瞬不愉快そうな素振りを見せたものの、それを直ぐに消し去り「ではコレをどうぞお持ち下さい」と言い己の持っていたタブレットを芽亜に手渡して来た。
「コレは大会期間中の連絡やポイントの付与などに使用する大事な物です。無くしたり壊したりしないで下さいね?万が一、紛失や破損などした場合はポイントの半分を支払う事によって新しい物をお渡し出来ますが、パートナーの能力アップにも勝利ポイントを使います。終盤になるにつれ不利になるのでくれぐれも管理には気をつけて」
では頑張って下さい。そう言い残し、仮面の神はその場から姿を消した。
◇
芽亜は渡されたタブレットを胸に抱き、じっと俯いていた。両親の元に帰る為にはライバル達を倒していかないといけない。それは即ち、相手のこれまでの人生を消去してしまう事になるのだ。
それでも私は。
頭の中はぐちゃぐちゃだったが、顔を上げた芽亜の瞳には確かな決意が満ちていた。
********
「ゴード様。あんなに説明してよろしかったんですか?」
黄金仮面が広間に戻ると、銀色の仮面を着けた部下が声を掛けて来た。ゴードは大きく溜息を吐く。
「だってあの子、いきなり天照様の名前出して来るから、動揺しちゃって」
それに”全部”話した訳ではないからね。勘違いしてるなら、それはそれで都合が良いんだよ。
そう軽く言ってのけるゴードに、銀仮面は「…まぁ確かに、パートナーと生涯を共にしなければならない、と思っていてくれるならば楽ではありますが…」と苦笑しながら言った。
「うん。実際はお別れするペアもいなくはないんだけどねー。パートナーに制御アイテムを使用したペアにその傾向が見られてたかな、これまでは」
それより、とゴードは部下の方に向き直る。
「他のコ達は大丈夫だった?」
「はい。仰る通り、パートナーに制御アイテムを使った少女達はやはりなかなか鋭かったです。しかしゴード様の担当なさった少女程では御座いませんでした。まぁ、この先は分かりませんけど」
ところで、と部下は何かの画面を空中に展開させた。
「今回は相当な人数を此方に召喚しましたけど、大丈夫ですかね」
心配そうにゴードに聞く部下に、ゴードは事もなげに答えた。
「円卓議会の議長が来期で変わっちゃうからね。最後に沢山呼んでおこうと思って」
「円卓議会と言えば各世界、各国の主神の総会ですよね?今更変わるって、何方に?」
ずーっとゼウス様だったじゃないですか。
「……天照様」と憮然とした顔で言うゴードに部下は「あぁ……」と何とも言えない顔をした。
「ずっと男神だったから、そろそろ女神で、って話になったらしいんだよね。最初は女媧様が有力だったんだよ。女媧様なら事情を話せば我々異世界神の介入を理解して下さるだろうって安心してたのに。何でよりによってあの融通のきかないクソ真面目な天照様に決まっちゃったんだろうなぁ」
これまではゼウスに見目の良い妖精や獣人の娘を贈って、其方の世界の娘達を異世界に連れ込む事を見逃して貰っていた。しかし、天照に変わるのならばもうその手は使えない。
此方の世界の住人も増えて世界軸も安定してきた事だし、ゼウスの権力が使える最後の機会に今回は今までに無い大量召喚をしたのだ。
「彼女、やっぱり還しておけば良かったかなぁ」
ゴードはそう呟くと右手に鏡状の球体を出現させ、別室の芽亜の様子を窺う。
少女はタブレットを胸に抱きかかえ暫く俯いていたが、漸く上げたその顔に明確な決意が宿っているのを確認したゴードは、内心ひっそりと笑った。
うん。その方が良いと思うよ、芽亜ちゃん。
君のお気に入りの鏡台、もう代わりに使う人はいないんだから。
********
――球体の中の芽亜が、ハッとした顔をして扉の方に顔を向ける。
恐らくパートナー”ジェイド”が来たのだろう。
恐る恐る扉に向かう少女。微かに震える細い手を、扉にかけてゆっくりと開けて行く。
開かれる扉の向こうに黒いコートの裾が見えた所で、神は静かに球体を消した。