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29・罪と罰

 

「ん……」

 芽亜めあはゆっくりと目を覚ました。真っ白い天井が見える。ぼやける視界が安定するまで、瞬きを繰り返した。


「芽亜!」


 耳に聞こえる、とても安心する声。忘れていた筈の、優しい声。上体を起こすと、涙目の姉と目が合った。ずっと付き添ってくれていたのだろう、目の下に隈が出来ている。


「お姉ちゃん……」

「芽亜!お姉ちゃんがわかる?大丈夫?」

「うん……」

「良かった!本当に良かった!芽亜、お姉ちゃんもうどうしようかと……!」

「うん……」


 芽亜は姉にぎゅうぎゅう抱き締められながらその力強さに懸命に耐えていた。ふと何かの気配を感じ、姉の胸越しに室内を見回す。部屋の隅に、男性が3人立っていた。

 薄水色の髪のティリンガスト。青髪の少年神。そしてもう一人は銀色の髪の、美しい男。


(誰?)


 謎の美青年の正体も気になるが、先ずはこの人に謝らなければ、と芽亜は思った。


「ティリンガストさん、あの……」

「申し訳ありません、メア様。私がロキ殿の企みに気付かなかったばっかりに!」


 先に深々と頭を下げて謝られ、芽亜は逆に狼狽えてしまった。

「い、いえ!私が悪いんです!」


 ここで芽亜は何か違和感を抱いた。何だろう、さっきから目の端に映る白いモノ。視線を横に向け、違和感の正体を探るが良く分からない。何となく不安になり、無意識に髪を触り、そして気が付いた。


「私の髪……」

 寧利がハッと息を飲む。姉に目を向けると、悲しそうに目を伏せていた。

「……お姉ちゃん。鏡取って」

 穏やかな声で姉に頼むが、姉はなかなか動こうとしない。

「お姉ちゃん」

 少し強めに頼むと姉は躊躇いながら腰を上げ、そっと手鏡を渡してくれた。渡された鏡を前に、一瞬だけ目を瞑ると意を決してそれを覗く。


「あ……」


 ――そこには、前髪の一房だけ黒髪を残し後は真っ白の髪に変わった自分が映っていた。


 ◇


「それは貴女へと下された罰から、貴女をギリギリで守った証です」

「え……?」

 芽亜は驚いた顔でティリンガストを見つめた。


「本来なら貴女は肉体を失い、その魂は次元の狭間に幽閉される筈でした。あぁ、誤解なさらないで下さい。それはゴード様の意思ではなく<ことわりの意思>になります。でも、貴女には<加護>がありましたから」


 ティリンガストは先程の申し訳なさそうな顔から一転し、慈しみに溢れた顔で芽亜を見つめ優しく微笑んだ。


「この世界の創造神であらせられるゴード様。貴女の世界の神である須佐之男命。僭越ながら私も貴女に加護を付与させて頂きました。後は、貴女もよく知る人物が。その者は半神ですから、そこまで強力なものではありませんけれど」


「それだけの加護があってやっと、お前はこうして此処に居られるんだ。創造神の加護なんて得られる人間そうはいねぇぞ?ただまぁ、極々稀に居るんだよな。お前みたいに、やたらと神の気を引く奴が」


 ティリンガストの言葉を引き継ぐ様に、青髪の少年が説明を続ける。


「それでも、理に反した罪が消えた訳じゃない。お前はこの先一生、年を重ねる事が出来ない。ずっと、16の歳のままだ。但し不死じゃあない。寿命は普通の人間と変わらない」


 芽亜は呆然とした顔で己の両手を見つめ、また少年神の方を向いた。

「年を取らないの……?」

「あぁ」

「そう。他には……?」


 まさかこれだけで済む筈無いよね、と自嘲気味に言う芽亜の肩を、寧利がそっと抱く。


「メア様には、お身体が落ち着かれましたら定住する国を決めて頂きます。そして、生涯その国から出る事は出来ません。出来るだけ、国土の広い国を選択なさると良いでしょう。このリサリア王国かエリエイザ、後は――」


「ミナヅルにします」

「芽亜!?」


 ティリンガストの言葉が終わるのを待たず、芽亜は宣言した。ミランドラに居た時から決めていた。この世界に残る事になったなら、ミナヅルで暮らそうと。


「ま、待って芽亜。ミナヅルなんて遠いのに。リサリアで良いじゃない!」

「お姉ちゃん。私、前から決めてたの。ねぇ、罰はこれで終わり?」

「えぇ。罰はこれだけです。それと、お身体に多少負担は掛かるでしょうが、ご出産なども可能です。しかし、ミナヅルはそう大きい国ではありませんよ?」

「日本もそう大きい国じゃないけど、生涯国から出ない人は沢山居るもの」


 芽亜は小さく笑う。

「ありがとうございました」

 そしてその場の全員に向かい、深く頭を下げた。


 ◇


 じゃあ俺はもう帰る、と青髪の少年神は病室を出て行く。

「ロキにも向こうで何かしらの罰が与えられる。それで許してやってくれ」

 そう去り際に言い残し、少年神は己の世界へ帰るべくその場を立ち去って行った。


「メア様。ゴード様は創造神として、理を穢した貴女に会う事はもう出来ません。でも、貴女への加護は未だに残っています。どうか、あの方のお気持ちを無駄になさらないで下さい」


 ティリンガストは頷く芽亜に近寄り、白い髪を優しく撫でると一瞬で霞の様に姿を消した。


 ◇


「芽亜……」


 芽亜は浮かんだ涙を振り払い、姉に向かって笑って見せた。

「えっと、それでそちらの方は、どちら様でしょうか?」

 一連のやり取りを黙って眺めていた銀髪の美青年に向き直る。


「フフ、やっと自己紹介出来るね。私はルーク。君の義理の兄だよ」

「ちょっ!?ルーク、何言って」

「ネリは私の妻になるんだから、彼女は私の義妹になるだろう?」


 絶句する姉を見ながら芽亜は事情を察した。彼は姉のパートナーなのだ。そして、蘇生をした。愛する姉の血と、咎人である芽亜の血を使って。


「あの時は驚いたよ。永い眠りから覚めたと思ったら、私は素っ裸だし。それでも嬉しくて目の前のネリを抱き締めようとしたらいきなり何処かに連れて行かれそうになるし」

「ごめんなさい、ルーク」

 苦笑するルークに、姉は申し訳なさそうに肩を竦めていた。


「芽亜、彼は吸血鬼族だから血を操る事に長けてるの。あなたの出血を血液を固定して抑えてくれて、溢れだした血から毒素を抜いてまた体内に戻してくれた。そこまでしてくれた時にやっと、あの蜘蛛男の解毒薬が出来たのよ」


 そうだったんだ……と得心する芽亜は、改めてルークに向き直り丁寧に頭を下げた。


「初めまして。妹の芽亜です。この度は本当にありがとうございました。それであの、姉については……」


 芽亜は言い淀む。姉は確か、パートナーの家族に命を狙われていると言っていた。


「メアちゃん。私はネリを恨んでなどいないよ。本当は彼女が何かにずっと苦しんでいたのを知っていたんだ。なのに、私は彼女を失いたくないばかりに目を背けていた。だからアレは罰だと思った。でも私は彼女を深く愛している。もう過ちは犯さないつもりだよ」


 戸惑った様に自身を見つめる寧利を見つめ返し、優しく微笑むルークに芽亜も思わず笑みを浮かべた。良かった。本当に良かったね、お姉ちゃん。


 ◇


「喉乾いただろう?飲み物を取って来るよ」


 ルークが病室から出て行った後、姉から肩の傷について説明を受けた。かなり痕が残る事と、多少のリハビリが必要な事。それでも恐らく、左腕は肩から上には上げられないであろうと言う事。

 それらを告げられた芽亜は、小さくため息を吐いた。そして、ずっと気になっていた事を聞く。


「ねぇお姉ちゃん、ジェイドは……?」

「あー、アイツ。もうすっごいうるさかったわよ、『メアに会わせろー!』って喚き散らして大暴れ。お医者様から身内の方以外は入室禁止だって何回も言われてんのに」


 芽亜は想像してちょっとだけ笑った。


「お姉ちゃん。私ね、このままジェイドに会わずにミナヅルに行こうと思うの。その方が良いと思うんだ」

「うーん、僕は賛成しないなぁ」


 突如聞こえた声に驚き、寧利と共に戸口を見る。ルークと共に立っていたのは水色の髪と瞳の、10代前半にしか見えない小柄な男。エンブレムの付いたコートを羽織るその姿は、幼い容姿にそぐわない不思議な威圧感を放っている。


「レン、さん……」

「やぁ久しぶり、メアちゃん」


 レンはベッドの脇に寄り、寧利の差し出した椅子に座る。


「具合はどう?」

「え?あぁ、はい。肩が少し痛いですけど、他は大丈夫です」

「それは良かった。でも、さっきのは良くないな。ジェイドを置いてくってヤツは」


 アイツをぶっ壊すつもりなのかい?

 柔和な笑顔を浮かべながら、何処か咎める様な色を宿すレンの瞳に、芽亜は微かに身を竦ませる。


「でも。私は罰を受けてるんです。不死じゃないけどこのまま年を取らないらしくて。定住を決めた国から一生出られないし、彼に迷惑がかかりますから」


 ポツポツと喋る芽亜に、レンはフッと表情を和らげる。


「キミはアイツの執着心を甘く見てるよ。それに獣人は元々老化が外見にあまり現れないし、魔力の高い者は能力が最も高い時の年齢で身体の成長が止まる。アイツはかなり高位の魔術師だからね、後2、3年で加齢はストップすると思う。定住先から出られない事に関してはむしろ願ったり叶ったりじゃないかなぁ。キミを堂々と閉じ込めておけるし」


「うわ、重たっ!」

 思わず口に出す寧利の額を軽くつつき、ルークがやんわりと窘める。


「それでも嫌。髪の色もこんなになっちゃったし、どの程度かまだ見てないけど肩に傷痕もあるんです。それに私が大会中に一人でどんな事してたか、もう知ってるんでしょ?そういうのも含めて、今の私を彼に見られたくない。見られる位なら、死んだ方がマシ」

「俺はお前に会えない位なら死んだ方がマシだよ」

「きゃあっ!」


 真横で聞こえた声に、芽亜は思わず飛び上がった。

 ベッド横の大きな窓。その窓枠に足をかけ、外から室内を覗き込んでいたのは、レンと同じ黒いコートを纏った細身の長身。左側に寄せて整えられた漆黒の髪に同色の狼耳と太い尾。そしてシトラスの香り。


「ジェ、ジェイド……」


 トン、と窓枠から芽亜の元に着地したジェイドは手を伸ばし、芽亜の髪をくしゃりと撫でた。


「お前、ここ12階だよ?」

 まさか登って来たの?と呆れた様に言うレンに、いや?と親指を後ろに向けるジェイド。


「アイツに連れて来て貰った」


 室内一同、窓の外を見ると、ぜぇぜぇと荒い息を吐きながら、外側の窓枠に必死に捕まるアーサーの姿があった。レンとルークが窓際に駆け寄り、慌ててその身体を引っ張り上げる。


「男を抱き締めて飛ぶのがこんなに心削られるものだとは思わなかった……」

 アーサーはぼそりと呟きながら、よろよろと病室から出て行った。


 ◇


 気を利かせたのか、室内に居た全員が病室を出て行った後、芽亜は顔を上げられないでいた。

 今一番会いたくて、でも会いたくなかった人。俯いたままの芽亜を見て、小さくため息を吐いたジェイドはベッドに腰掛け、顎を掴んで強引に上向かせる。それでも目を合わさない芽亜の唇に、そっと自身の唇を押し付けた。唇を離し、少し首を捻ると再度同じ事を繰り返す。


「上手くいかないな」

 早々に諦め、芽亜の頬を一舐めすると、いつもの様に首筋に噛み付いた。


「今度練習しとくよ」

 髪を撫でながら、首を噛み続けるジェイドの言葉に、芽亜はピクリと眉を動かす。


「練習?何処で……?」

「ん?娼館とかで」

「駄目!」


 ジェイドの顔をグイと押し退け、むくれた顔を向ける。


「そんなの、絶対に駄目、なんだから……」

 消え入る様な声で抗議をする芽亜を強く抱き締めながら、その可愛い反応に込み上げる笑いを噛み殺す。


「ごめんなさい。よく考えたら私、そんな事言う資格無かったんだわ。ジェイド、私ね、ミナヅルに行こうと思ってるの。そこで誰にも迷惑かけない様に一人で暮らして、それで」

「そうか。じゃあ俺も行くよ」

「ジェイド、私は貴方と一緒にはいられない」

「どうして」

「……私が対戦相手に何したか知ってるでしょ?ホント、軽蔑するわよね。でも貴方にだけは知られたくなかった。今更だけど恥ずかしいの。だから貴方の側に居たくない」


 それだけを何とか言い終え、芽亜は俯いた。貴方に恥じない自分でありたかったのに。もうそれは叶わなくなってしまった。


「そうか」


 ジェイドはポツリと呟き、芽亜の身体から手を離した。そしておもむろに立ち上がり、窓に近向かって歩いて行く。そして入って来た時と同じ様に窓枠に足をかけ、その縁に立った。

 不審な気配に顔を上げた芽亜は、予想外の光景に目を丸くする。


「ジェイド……?何してるの?」

「ここから飛び降りる。お前に会えない位なら死んだ方がマシだって言っただろ」


 え?何で?嘘でしょ?真顔で言ってのけるジェイドに、芽亜は戦慄した。


「じゃあな、メア」

「きゃーっ!待って待って待って!!」

 芽亜はベッドから飛び降り、上がらない左腕と共に両手でジェイドの腰にしがみつく。


「俺はお前を愛してるよ。本当だ。その髪もすごく可愛いし、お前のした事も何とも思わない。立派に作戦の一環だからな。でもお前がどうしても俺を嫌いだって言うなら」

「言ってない言ってない!私もジェイドが好き!お願いだから飛び降りないで!」

「……お前を傷付けた事をまだ怒ってるんだよな?死んで詫びるから許してくれ。それで来世では今度こそ俺を愛してくれ」

「全然!もう全然気にしてないから!だから好きだって言ってるじゃない……!」


 芽亜は必死にジェイドを支える。重い。色んな意味で。


「本当に?」

「本当に!」

「そうか。良かった」


 ホッとした様子で窓枠から足を降ろし、ジェイドは再び室内へと戻る。


「メア、じゃあ退院したら先ず俺の家に行こう。この王都に生まれ育った家があるんだ。結婚届は後で出すとして、先にしておきたい事があるから」

「え、しておきたい事って?」


 ジェイドは芽亜の額に軽く口づけた後、耳元に顔を寄せ何事かを囁く。途端に、芽亜の顔が真っ赤に染まった。


「やっ!ジェイドの馬鹿!そ、そんな急に大人の男の人みたいな事言わないで……!」

「俺は大人の男の人だからな」


 ジェイドは少し意地悪そうに笑いながら芽亜を抱き上げ、その首筋に強く噛みついた。



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