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27・幻の声

 

 芽亜めあは案内の仮面に先導されながら、一人ゆっくりと会場へと至る通路を歩く。

 前方に明るい光が見えて来るにつれ、観客の騒めきが次第に耳に届き始めた。


(うーん流石に決勝戦。いつもよりお客さんの声が多い気がする)


 のんびりと歩き続ける芽亜は、自身が全く緊張していない事に気付く。これから誰かを傷付け、自分も傷付くであろうというのに。


(結構、酷い女の子だったんだなぁ私って。少し、悲しいかも)


「どうぞ前へお進み下さい。本来ならそこから先は<剣>の領域なのですが、今回は、貴女様が……」

 芽亜を誘導する仮面が躊躇いながらも、今まで芽亜がジェイドの背中を見つめていた場所よりも先の場所を指差す。

「はぁい」

 ポケットと腰に手をやり、使うべき「武器」を確認しながら芽亜は光と騒めきの中に進んで行った。



 ********



「どういう事だよ……」

 ジェイドは込み上げる吐き気を堪えながら、眼前の軽薄そうな男に問い掛ける。


「そのまんまっすけど?狼クンがお嬢ちゃんを見捨てたから、お嬢ちゃんは一人で戦うって」

 ヘラヘラ笑う男に掴みかかる気力も起きないまま、ジェイドはその場を動けないでいた。


「……おい」

 微かな怒りを含んだ低音が響く。ネリに罵倒された衝撃から立ち直ったらしいスサノオが、ロキを睨み付けていた。


「細かい事情はわからねーが、お前何でそんな事知ってんだ」

「お嬢ちゃんに直接聞いたんすよ。あのミランドラって街で」


 ジェイドは更なる衝撃に眩暈を起こしそうになった。ネリの言う通りだ。メアはやはりミランドラに行っていたのだ。あの時、ミランドラに向かっていればこんな事にはならなかったのに。


「ロキ。嘘をつくなよ?先ずそれを誓え。誓わないと殺す。嘘をついても殺す」

「えぇー。仕方ないっすね。わかったっす」


 スサノオは青褪めているジェイドとネリを一瞥しながらロキを問い詰めた。


「お前。あの小娘に何かしたか?」

「してない……あ、退屈だったしお嬢ちゃん見た目可愛いし、ちょっとベッドに引っ張り込もうかと思ったんすけど断られたっす」


 瞬間、周囲の空気の温度が下がる。


「てめぇ……!」

「そんなに怒るんなら手放さなきゃ良かったんすよ」


 牙を剥き出すジェイドにも、ロキは全く意に介さない。


「レン、あいつぶっ殺そうぜ」

「レン団長。私全財産払うから、あのクソ神ぶち殺して」


「ハァ……ちょっと待って」

 色めき立つネリや仲間達を手で制しながら、レンはじっと状況を窺う。


「それだけか?後は何もしてないな?」

「お嬢ちゃんの嫌がる事はしてないっすよ」


 暫くロキをじっと睨んでいたスサノオは、やがてふっと息を吐いた。

「……なら良い。おいお前等、そういう事だ。じゃあな、俺はどっかそこら辺で観る」

 そしてネリとジェイドの方を一瞬振り返り、直ぐにその場を離れていった。


「アイツ意外と良い奴っぽくね?」

「本当ねー。ちょっぴり言い過ぎたかも」


 仲間達の様子を苦笑しながら見ていたレンは、そっと振り返り剣呑な眼差しをロキに向ける。


「怖い怖い。じゃあ自分もどっか行くっす」

 ロキはすれ違い際にジェイドの肩をポンと叩き、意味ありげな顔を浮かべて去って行った。



 ********



 ゴードは闘技場の最上部にある特別席に居た。

「良かった、間に合った。最後はちゃんと見ておかないと」


 普段通りの黄金仮面で安堵の息を吐くゴードに、ティリンガストは迷いながらも伝えた。


「ゴード様。ロキ殿ですが、どうやらメア様に接触をしていた様です」

「……ロキが」

 ティリンガストは途端に低くなる上司の声に怯む。

「はい。ただし、世間話程度だったそうですが」

 不埒な真似を仕出かした部分は、流石に伏せておいた。


「わかった。気をつけておくよ」

 不機嫌そうに頬杖をつき、何やら考え込んでいる上司を見つめながらティリンガストは自身も膨れあがる不安に懸命に耐えていた。



 ********



 場内が騒がしくなり、仮面達がバタバタと動き出す。。両端にある門の内、片方の門が開き、中から男女が二人現れた。亜麻色の長い髪を緩く巻いた20を少し過ぎた位の若い娘に下半身が蜘蛛の青年。大歓声の中二人は進み、娘は手前で立ち止まる。

 パートナーの青年は少女の頭を軽く抱くと耳元で何事が囁き、前に出て行った。


「クソッ!毒蜘蛛型か……!」


 ――昆虫族の大蜘蛛型には、毒に特化した突然変異種”毒蜘蛛型”が稀に現れる。

 毒蜘蛛型は己の体内であらゆる毒を生成し、また解毒薬も作る。そして本人に毒は一切効かない。

 漆黒の毛並みは硬く、蜘蛛の腹部には銃弾すら通らず、更にその毛と脚の爪に自分が生成出来る中で最も強い毒を持っている。ジェイドは観客席の前方まで進み、身を半ば乗り出して芽亜を探す。

 自分が居ればともかく、芽亜一人で到底勝てる相手では無かった。


 歯噛みをしながら、もう片方の門を睨み付ける。

 芽亜はここから出て来る筈だ。直前で捕まえ、時間ギリギリだが何とか出場させて貰わなければ。


「メア――!!」

 ジェイドが大声で叫ぶと同時に、門がゆっくりと開いた。


 ◇


 芽亜は門を通り抜け、外に出る。そして先程仮面に言われた通りに前に進み出た。


(”彼”の声が聞こえた気がするけど。気のせいだよね、だって私には二度と会いたくない筈だもの)


 周りの観客の声も、まるで水中から聞いているかの様にフワフワと聞こえ、何を言っているのか全くわからない。相手側を確認する。蜘蛛型のフォルムが目に入った瞬間、芽亜は小瓶を投げ捨てた。

 効かない物を持っていても仕方が無い。そのまま、指定の位置に着くと、目の前には蜘蛛の青年が驚いた様に目を見開いていた。


「お、おいアンタ。さっき聞いてはいたけど本当にアンタが戦うのかよ?」

「え?あぁ、うん。そうです。パートナーが居ないから」

 何処か夢を見ている様にふわりと微笑む少女を見て、青年は思わず後退った。


「チッ、やりにくいな。アビーにはアンタに怪我させない様にって言われてるし」

「ふぅん。優しい人なのね」


 芽亜は青年をじっと見つめた。


「な、何だよ?」

「ねぇ。彼女、アビーさん?の願いって何なの?」

「はぁ!?」

「優勝したら、彼女が何を望むか知ってるの?」


 何故、こんな質問をしたのか自分でも良く分からなかった。私どうしちゃったんだろう。”彼”の幻聴を聞いちゃったからかな。ううん、今でもずっと聞こえる。私の愛しい”彼”の声。


「言いたくねぇ」

「言いたくないって事は知ってるのね。教えて?あのね、私は家に帰ろうと思ってるの」

「ハッ!何だそれ」


 くだらねぇ、と馬鹿にした様な顔をした青年は、芽亜の真剣な顔を見て仕方なさそうに言った。


「オレを、普通の大蜘蛛型にしてくれるって」

「そっかぁ……」


 毒蜘蛛型は爪のみならず、毛並みにまで毒を持つ為、仕事にも就き辛く伴侶も持ちにくい。

 アビーは恐らくある程度の毒を無効にするアイテムを身に着けてはいるだろうが、愛するパートナーと満足に抱き合う事すら困難な現状が余程辛いのだろう。


「ごめんなさい」

「な、何だ、いきなり」


 芽亜は右手を後手に回すと、短剣を引き抜いた。鞘を投げ捨て、刀身を剥き出しにする。


「本当にごめんなさい。貴方にはずっと、毒蜘蛛のままでいて貰わないと困るの」


 芽亜は驚愕の表情を張り付けた青年にむけて、ゆっくりと刃を向けた。


 ◇


 門から現れた少女を見て、ジェイドは叫ぶ事を一瞬忘れ、息を飲んだ。ずっと会いたかった少女が直ぐそこに居る。声が聞きたかった。名前を呼んで、微笑みかけて欲しかった。抱き締めたかった。


「ジェイド!」

 ネリの悲鳴に、我に返る。そうだ、メアを引き留めなければ!

「メア!メア下がれ!俺が行くから!」

 ジェイドは観客席から飛び降りようとした。瞬間、バチッ!と破裂音がし、伸ばした手を弾かれる。

「防御結界か!ジェイド、急いで通路に回れ!門からなら入れるだろ!」

 アイカーの声と同時に、ジェイドは通路に向かって駆けだそうとした。


 だが、フィールド上のメアが気になって仕方がない。


「メア!」

「メアちゃん!」

「お嬢!」


 仲間達の悲鳴の様な声を耳にした途端、ジェイドは立ち止まり再び芽亜に呼び掛けた。


「メア!俺が悪かったから!絶対にお前を帰してやるから、頼むから下がってくれ!」


 恐怖による吐き気と頭痛を堪えながら、只管ひたすら叫ぶ。メア、どうして俺の話を聞いてくれないんだ。こんなに頼んでるのに。


『お願いだから、話を聞いて』

『ジェイド、お願い』


 メア。俺のメア。もう許してくれよ。あんな事は絶対にしないから。お前の話もちゃんと聞くから。


 ――虚ろな視界の中で、仮面が慌ただしく近づいて来るのが、ぼんやりと見えた。


 ◇


「?」

 青年に刃を向けたままの芽亜の元へ、仮面が一人駆け寄って来る。

「お待ちください、メア様!」

 ぜぇぜぇと荒い息を吐きながら、仮面はパートナーの出場を認めます、と言った。


「パートナー?私には居ませんけど……」

「ジェイド様です!ジェイド様がいらしてて、貴女の代わりに戦うと!ゴード様の許可も取ってます」


 ジェイドが居るの?此処ここに?私の為に戦ってくれるって言ったの?でもだって、彼は。


『俺に触るな!』

『お前の顔なんか二度と見たくない!』


「嘘」

「え?」

「絶対に嘘。だって、ジェイドは私なんか見たくないって言ったもの。私が帰れなくたって知った事じゃないって。きっと人違いよ、それ」

「いいえ、あれは本当に」

「もう良いから向こうに行って!邪魔!」


 何かを言い掛けて止め、項垂れて去って行く仮面を冷めた目で見送りながら芽亜は再び前に向き直った。青年は芽亜の手元を指差しながら肩を竦める。


「短剣に塗ってるヤツ、毒だろ。残念だけどオレには効かないんだぜ?」

「やってみないとわかんないでしょ?」

「アンタ、いい加減にしろよ?オレがアンタを絶対に傷付けないって、ナメてんのか?」

 蜘蛛の青年は苛立った様に脚の爪で床をカツカツと叩く。


「ううん?ちゃんと怪我する可能性も考えてるけど?」

「……そーかよ」


 澄ました顔で会話をしながら、芽亜は内心酷く心を乱していた。あの仮面が余計な事言いに来るから!ジェイドだけじゃなくて、ネリさんや皆の声も聞こえる気がするじゃない!


 未だ聞こえ続ける「幻聴」に耐えられなくなり、思わず両耳を抑える。止めて。今更なんなの。私は何度も話を聞いてと言ったのに。貴方は聞いてくれなかった。幻になってまで止めに来る位なら、どうして。


 ――どうして、私を独りぼっちにしたの。


 ◇


 耳を抑えたまま、顔を上げた芽亜の目の前で、3本の火柱が消えた。蜘蛛の青年は、困った顔をしたまま動かない。自分が動けば、少女がただでは済まない事がわかっているからだ。

 芽亜は頭を軽く振り、愛する人の声を振り払う。そして青年を見やり、首を傾げた。


「……何もしないの?」

 青年は腹部や脚が触れない様に細心の注意を払いながら、腕を伸ばして芽亜の頭をそっと撫でた。

「アンタさ。降参しろよ、もう」

「嫌」

「ったく、どうしろっつーんだよ」


 芽亜は再び、短剣の刃を青年に向ける。青年はため息を吐きながら少し距離を取り、上半身を蜘蛛の腹部に沈める様な体制になり腕組みをした。


「ほら。これでアンタは俺に近付けない。短剣如きじゃ届かねーだろ、だから」


 ――視界の端に、銀色に光る一筋の軌跡。

 光を認識したと同時に、首にチクリとした痛みが走った。少女の手元を見る。向けられた短剣の、刃の部分が消えていた。


「成程。刃が飛び出す様に改造してあるのか。賢いなアンタ。でも残念だがオレには効かな……っ!?」

 青年は胸を抑えた。何だ、これは。息苦しさと共に、吐き気や耐え難い激痛が込み上げて来る。


「お、お前何……をっ!うぐぁぁっ!!がっ……!」



 突然の苦痛にのたうち回る青年を、芽亜は蒼白な顔で、唇をキツく噛み締めながら見つめていた。



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