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24・告白


「そこでコソコソと何してるのよ、根暗狼」


ネリは占いを終えたお客の見送りに出て来た時、物影に佇む人影に気付いた。細身の長身。特徴的な黒いコート。狼の耳に太い尾。ふわふわとした質感の黒髪は今やぐしゃぐしゃに乱れている。


「な、何だよネクラオオカミって」

「あら気に入らない?じゃあ暴力根暗クズ狼とかどう?」


うっ……と言葉に詰まるジェイドに、ネリはふっとため息を一つ吐いた。

「取り合えず入って。そんな顔で表ウロウロされちゃ、こっちまで暗くなっちゃうじゃない」

目線で促し、自身も店の中へと入って行った。



「メアちゃんが見つからない?」

紅茶をジェイドの前に置いてやりながら、ネリが驚いた声を出す。


「ギーズベリーから先の行方が分からないんだよ。飛行船場の係員はメアの事を覚えてはいたがミランドラ経由の飛行船に乗ったって事以外何も分からなかった。メアがミランドラに行くとも思えないし」


だからアンタなら何か知ってるかと思って。そう呟くジェイドを、ネリは呆れた様に見つめた。


「因みに、何でメアちゃんがミランドラには行かないって思ったの?」

「暗いだろ、あそこは。メアはきっと怖がる」


ネリは眼前の男に小馬鹿にした様な目を向けた。

「何で男ってこう、自分の都合の良い様に女の子に夢見ちゃうのかなぁ。メアちゃんは暗い所なんて平気よ?それ以前にあそこは言う程暗くないわよ、観光客だって沢山居るんだから」


「……アンタ、メアの何なんだよ」

この女には何故かメアは最初から懐いていた。しかも先程の言い方。まるでメアを以前から知っているかの様な。


「ねぇ、私の目の色ね?家族の色にしたの。鏡を見る度、家族を感じられる様に。両親と6つ下の妹の目。可愛いんだよ?私の妹」


ジェイドは相槌を打ちながら、内心戸惑いを隠せない。この女はいきなり何を言い出すんだろう。


「アナタさ、ウィーナから話聞いたんだよね?」

「あ?聞いたけど、それが何だよ」

脈絡の無い会話に次第に苛立ちが募って来る。


「その中の話でさぁ、何か気付く事無い?おっと、誤解しないで。意地悪で言ってる訳じゃないの。こういう事は自分で気付いた方がストンと来るから」


ジェイドは思い出す。あの女店主の話。

神の仕事を一部代わりにやっていた。元の世界から連れて来られた。元の世界の家族からは存在を――


「!」

まさか、この女。

「アンタ、ひょっとして」

「お、気付いてくれた?賢ーい。流石、頭良くないとなれない魔術師なだけあるねー」


ネリは、はいご褒美、と言って大きなケーキをジェイドの目の前に置いた。



********



芽亜めあは与えられた部屋で、机に置いた小瓶と短剣をじっと見つめていた。


――次の戦いには自分が出る、と言った時の神様コンビの顔。思い出すとちょっと笑えて来る。


「ルール上は問題ない筈ですよね?」

ルールに書いていない事を理由に強引に押し切り、遂にゴードに認めさせた。


決勝は4日後。今更泊まる所を探すのが面倒だと思い、闘技場ここで当日まで過ごしちゃ駄目かと頼み込んでみた。結果、医務室横の空き部屋を使わせて貰える事になった。


「ちょっと甘い顔すれば直ぐ付け上がる……これだから人間は」

銀仮面・ティリンガストはブツブツ言っていたが、結局机と椅子、大きなベッドを用意してくれた。


「食事はどうします?」

芽亜は少し考える。後でパン屋にでも行って、パンやお菓子類を買い溜めしておけば何とかなるだろう。態々、外にご飯食べに行くのも面倒だし。


それをそのまま伝えると、ティリンガストは心底呆れた様な顔をした。


「何てだらしない。分かりました。持って来させますよ」

「あの。すごく親切なのは有難いんですけど、どうしてここまでしてくれるんですか?新しくルール作ったのだって私が原因だからでしょ?どうしてあの時神様に言わなかったんですか?」

「ゴード様の代理期間中に起きた事だからですよ。全ての責任は私にあるからです。あの方に一々言う必要はありません」


それだけ言い置き、ティリンガストはさっさと出て行った。



芽亜は回想を止め、再び意識を机の上に戻す。決勝は、果たしてどう戦ったものか。

相手が高位の魔術師だった場合は先ず勝ち目は無い。遠くから魔法攻撃されたらどうにも出来ない。

でも運動神経は何方かと言えば良い方だと思うし、初撃を躱す事に全力を尽くせば何とかなるかも。

そしてその場合はこの短剣を使おう。この、毒を塗った刃を持つ短剣を。


――芽亜は、蛇兄弟から貰った護身用の短剣に、ロキから貰った毒を塗っておいた。

塗ったと言うか、刃に銀色の液体を垂らすとそのまま広がり、刃をコーティングする様に固まった。


『使うと後悔する事になる』


ロキの言葉が脳裏を過る。良く知らないけど、何だか性格悪そうな神様だったし恐らくこれは碌な物じゃないだろう。それは何となく分かる。


でも、自分にはもう何も無いのだ。残るモノも。失うモノも。


そして相手が戦士系の近接戦闘型なら、リカルド君の毒を使おう。

至近距離で瓶ごと投げつければ、かなりの効果が期待出来るかもしれない。

芽亜は決勝当日に関しては、相手の情報を探る為にうろつく行動は控えるつもりだった。

ティリンガストが設定した新ルールが一つとは限らないからだ。


とにかく、そうなると対面するまでは相手の種族も系統も分からない。

芽亜は祈る様に組んだ両手に額をくっつけ、頭の中で何度もシュミレーションを繰り返していた。



********



「ちょっと待ってて」

ネリの店の電話が鳴り、ネリは階下へ降りて行った。


ジェイドは押しつけられたケーキを崩しながら、その後ろ姿をボンヤリと見送る。出会い頭に暴言を吐かれた時には鼻白んだが、それもメアの関係者だと思うとそう腹も立たない気がする。


(いや、腹は立つな。大体何だ、あの下品な物言いは)

愛くるしい俺のメアとは似ても似つかない。


――この世界に召喚された時、芽亜が心の中とは言え「死ねクソ電波野郎」とゴードを罵っていた事など全く知らないジェイドは、胸中でそう憤慨していた。



食べても食べても減らないケーキにうんざりしていた時、ネリが血相を変えて階段を駆け上がって来た。


「アンタ何呑気にケーキなんか食べてんのよ!」

「お前が押し付けてきたんだろ!?」


余りの理不尽さに、ジェイドはフォークを投げつけ立ち上がった。


「あ、そうだったゴメン。じゃなくて!ウィーナからメアちゃんが怪我したかもって電話!」


「メアが!?どういう事だよ!」


おろおろとするネリを掴んで椅子に座らせ、詳しい事情を話させる。


「あのね、出場者本人達はなかなか見る事ないけど、『花と剣』の対戦がその日有るか無いかは入り口の旗の色で分かるの。戦いが組まれてる日は赤い旗でお休みの時は青い旗。ウィーナの店の常連さんが、偶然赤い旗を見かけて観に行ったらしいの。でも、開始時間ギリギリになっていきなり今日の対戦は中止ですって言われたらしくって」


一気に話して咳き込むネリに、ポットに残った紅茶を注いで渡してやる。


「ありがと。で、どういう事だって係員に聞いたら、片方のペアが反則をしたから失格で中止になったって説明受けたんですって。相手側の女の子を階段から突き落として地下に監禁してたらしいの。情報としてはそこまでだから、その子が本当にメアちゃんかどうかは分からない。でも、パートナーが側に居たらそんな事にならないでしょ?」


どうしよう、あの子だったら。そんなネリの呟きも耳に入らないまま、ジェイドは込み上げる自己嫌悪に耐えていた。パートナーが側に居たら。俺が側に居たら、メアをそんな目に合わせる事は無かったのに!


「……闘技場に行って来る」


「ううん、もうそこにはいないんじゃないかな……。この話自体、午前中の事だもの。次の日程がいつなのか分からないけど、あの子またどっか行っちゃってるんじゃないかな……」


疲れた様に呟くネリはふっと顔を上げ、ジェイドの方を見た。


「ねぇジェイド。アナタさ、メアの事どう思ってるの」

「愛してるよ、誰よりも。信じて貰えないかもしれないけどな」

「そっか。うん、信じるよ。信じる」


――嬉しそうに笑った顔は、何処となくメアに似ている気がした。



「見張る?闘技場を?」

「そう。シンプルだけどこれしか無いでしょ?赤旗が立った瞬間に待ち伏せてれば、そこでメア捕まえられるじゃない」


ジェイドは腕組みをして唸る。かなり消極的な作戦だが、下手に動いて今回の様にすれ違っては元も子もない。


「悪いけど、私は夕方から翌朝までは家から出られないの。早朝から昼間までなら担当出来るけど、お店もあるから」

「何で出られないんだよ」

「えー、説明すんの面倒くさい」


きっぱりと言い切るネリにジェイドは怒りを堪えながら説得を試みる。


「何かあった時に困るだろ?俺だって一瞬離れる事だってあるし。見張りってのは二人組でやるのがセオリーなんだよ」

「そっか……トイレとかあるもんね……」

「お前本当にデリカシーの無い女だな」


仕方ない、とネリは渋々口を開く。


「教えたげるけどさぁ、そこそこ重い話だよ?アナタ無駄に繊細そうだから心配だなぁ」


――30分後。

其処には三角耳をペッタリと項垂れさせ、すっかり萎れた尻尾を力無く動かすジェイドの姿があった。



********



コンコン


「はぁい」

芽亜はベッドでゴロゴロしていたが、突然のノックに不思議そうに起き上がる。誰だろう。ご飯の時間にはまだ早い気がするけど?


「僕だよ、メアちゃん」

入って来たのは赤髪の創造神・ゴードだった。


「どうしました?」

ゴードの何時にない真剣な顔に、芽亜の心に不安が募る。まさか、やっぱり戦いに出ちゃ駄目、とか言うんじゃないだろうか。それはとっても困る。


「あの、何でしょう?」

「メアちゃん。決勝が終わった後の話なんだけど、もし優勝したらキミは元の世界に帰るんだよね?」

「はい、そうですけど」


うん、そうだよね。そう呟いたまま動かないゴードを、芽亜は訝し気な顔をしながらそっと覗き込む。


「負けたら、こっちに残るんだよね?」

「はい。って言うか他に選択肢無いですよね」


何、神様どうしちゃったの?様子のおかしいゴードに段々怖くなって来た芽亜は、地味に距離を取る。


「キミ、あの狼君とは別れたんだよね?あのね、メアちゃん。キミが望んだら僕は絶対に帰さないといけないんだけど、もし残る事になったら、その時は僕の奥さんになってくれない?」

「はい……!?」

「どうやら、キミの事好きになっちゃったみたいなんだ。あ、寿命の事なら心配しないで。神籍に入れちゃえばキミも神になるから」


――どう反応して良いのか分からない。何時から好かれてたのかも分からない。でも、ここで揶揄ったりいい加減な態度を取ってはいけない事だけは、分かる。


「ごめんなさい、神様。私、好きな人が居るの。残念ながら嫌われちゃったんだけど。でも、多分これからも、私はずっとその人が好き」


芽亜は真っすぐゴードの目を見つめ、素直に自分の気持ちを伝えた。


ゴードはそんな芽亜の顔を眩しそうに見る。そして目を細め、フッと優しく笑った。

「そうか。それなら仕方ないな」


賢くて正直で、素直で傷付きやすくて少しずるくて、時にしたたかで可愛い女の子。

僕も本当にキミが好きだったよ。ちょっと認めるのが遅かったけどね。



芽亜に近付き頭をフワリと撫でる。

「怪我、しないでね」

そう一言だけ残し、神はそっと部屋から出て行った。



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