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21・別れ道


「ねぇ、どうしても出てくの?ウチに居れば良いじゃない」


引き留めるウィーナに小さく微笑み、芽亜めあは首を横に振った。

「いいえ、もう此方で暮らす事を真剣に考えていかないといけないですし、自分の部屋位探さないと」

全ての荷物は、トランク一つに収まった。芽亜はよいしょ、と大きなトランクを持って二階から降りる。


――次の対戦日程は5日後。

芽亜はその時に打つ手をもう考えていた。ただ、自分の暗躍がバレた時の事を考えてウィーナ夫妻に迷惑を掛けない様に、一先ずエーベルでの間借りを取り止める事にしたのだ。


「ネリさんにも、よろしくお伝え下さい。あの後から会いに行けてないんですけど、落ち着いたら必ず会いに行きますからって」


「あの後」と言う言葉を聞いて、ウィーナがそっと目を伏せる。


「彼からは、何も?」

「はい」

ふわりと笑う芽亜に、ウィーナは何かを言おうと口を開きかけたが、結局何も言わなかった。


「何処に行くか決めてるの?」

「はい。部屋探しは取り合えず後回しなんですが、ちょっと人に会いにギーズベリーに行くつもりです」

「ギーズベリーかぁ。昆虫族が多く住んでる町ね」

「2回戦で当たったペアの子達が住んでるんです。ちょっと気晴らしに遊びに行こうかなって」


(まぁ、本当は違う目的なんだけど)

芽亜は内心、自嘲気味に思いながらそう説明をした。


「そっか。それも良いかもしれないわね。でも、ネリには必ず連絡してよ?」

「はい。あの、無いとは思うんですけど、もし私の行き先聞かれても絶対に教えないでください」

芽亜は誰に、とは敢えて言わずにお願いをした。

「……わかった」


――芽亜はウィーナの夫であるオリオンにもきちんと挨拶をし、暫く過ごした借り部屋を後にした。



ギーズベリーに行くには、先ず蒸気列車で王都まで行き、そこから飛行船に乗り換える。

常闇の街・ミランドラの先、南の大国エリエイザとの国境境にある小さな町。

シルク製品が有名なのだと、「彼」が言っていたっけ。

列車の窓から見える風景をぼんやりと眺めながら、芽亜は在りし日の会話を思い出す。

窓際に置いた両腕に顎を乗せ、外を見ている内に、何時いつしか芽亜は眠ってしまった。



「……様。お客様」

肩をポンポンと叩かれ、芽亜はハッと目を覚ました。辺りをキョロキョロ見回すと、何時の間にかルードルートも通り過ぎ、既に王都に到着をしていた。


「うわー、すごく大きい駅!」


初めて降りる王都の駅は、まず行き交う人々の数が違う。ルードルートもかなり大きい街ではあるが、此処は桁違いに煌びやかで賑やかだった。先ずは乗り換えの飛行船乗り場を探す。案内の看板を見ながら目指す方向に進んでいた芽亜は、とある方向に目をやった瞬間、即座に身を翻すと物影へと身を隠した。



――黒いコートに、其々の場所に着けた銀色の鴉のエンブレム。

周りの注目を浴びながら悠々と闊歩するその姿は、まるで洗練された騎士の様で、若い女性達が頬を染めて熱い視線を送っているのが見て取れた。

先頭には団長のレン。その後にアイカー、カータレット、テトラ、クリストル・サフィール兄弟と続く。少し離れて、コートのポケットに両手を突っ込み、怠そうに歩く「彼」。


(そう言えば、王都に居るって言ってたなぁ)


すっかり失念していた。幸い、彼らの向かっている先は飛行船乗り場とは少しずれている。

恐らく、ドックへ帰る所なのだろう。芽亜は極限まで気配を消しながらそろそろと物影から出て来ると、急いで飛行船乗り場へと向かった。



********



ジェイドは、ぼんやりと皆の後を歩いていた。

あの時、ガーディーの話を聞き、直ぐにレンと同じ推測に至った。手足が冷たくなり、全く動く事が出来なかった。彼女を追い詰めたのは自分だと言う自責の念に、押し潰されそうになっていたからだ。それだけではない。確かな愛情を持って触れていた筈の細い首を掴み壁に叩き付けた挙句、締め上げた際に首に傷を付け、あの可愛らしい顔を己の爪で切り裂きもした。


「っ!?」

ふと何かの気配を感じ、ジェイドは顔を上げ振り返って後方を見た。

飛行船乗り場に向かう通路に茶色いトランクと黒髪を見た気がしたが、直ぐにその姿は見えなくなった。


「気のせいか……」

メアはあんな大きなトランクは持っていなかったし、そもそも此処に居る訳が無い。

ジェイドは小さくため息を吐き、再びゆっくりと皆の後を追った。



********



芽亜は飛行船の窓から外を眺めた。

飛空艇よりも高さの低い所をゆったりと飛ぶ飛行船は、乗り物酔いを懸念していた芽亜でも快適に過ごせる。トランクを開け、ウィーナから貰ったスコーンと水筒に入った紅茶を取り出し、チョコレートのたっぷり入った甘いスコーンに噛り付いた。


先程の光景が脳裏に過る。「彼」を目にした時には胸が酷く軋んだが、もう涙は出て来ない。

芽亜は「彼」とは反対の通路に歩いて来た。分かたれた道。自分はもう、「彼」とは別の道を歩んでいるのだと、実感が出来た。


(ちょっとだけ、本当にちょっとだけ、吹っ切れたかも)


――これから自分がやろうとしている事を正当化するものではないけれど。



物珍し気に外を眺めている内に、飛行船は目的地であるギーズベリーに到着した。

行きは直行便に乗った。帰りはミランドラで一時着陸する便に乗っても良いかもしれない。


飛行船場からギーズベリーの町へ足を踏み入れた芽亜の感想は、一言で言うと「意外」であった。


町が「ギーズベリー」と言う何となく牧歌的な名前である事と昆虫族が多く住むと聞いていた事から、勝手に「色とりどりの花が咲き乱れる町」だと思い込んでいたのに。


――目の前には、<絹の町・ギーズベリー>の立て札と共に、工場が立ち並ぶ何とも近代的な光景が広がっていた。



これは困った。直ぐに見つかるだろうと、高を括っていたのに。勝手な思い込みで碌に調べもせずに来たせいで、目的の人物・リカルド達にどうすれば会えるのか分からなくなった。


花畑ばっかりで人口はそう多くないだろうとか、そもそも「町」と「村」を勘違いしていた芽亜は途方にくれる。聞き込み、と言ってもリカルド君の名字も知らないし……。


芽亜は道の端にトランクを置くとその上に座り、どうしたものかと思案を始めた。


彼は、芽亜の感覚で言うと小学4年生位だった。学校を探してそこで聞き込みするのはどうだろう。

マリアネラの容姿も人目を引くし、蝶型の小学生(多分)と人間の女の子の組み合わせはかなりレアケースなのでは。芽亜は取り合えず動かなければ何も始まらない、と勢い良く立ち上がり、子供を持つ主婦達が集いそうな日用品店に向かって行った。



数刻の後、芽亜は学校の校門前に立っていた。


日用品店の主婦達にこの辺りの学校について聞くと、直ぐに教えてくれた。

とは言え学校は此処しか無いので当たり前ではあったのだが。

それよりも駄目元でリカルド達の事を聞くとこれまたあっさりと見つかった。


『あら、貴女マリアのお友達?』

『この町は人間族は少ないから。マリアなら、この先のレストランで働いてるわ』

『リカルド?あぁ、あのマリアにいつもくっついてる子ね?制服着てたから、学校じゃない?』


――この町に先に住んでいたのはリカルドの筈なのに。すっかりマリアネラのおまけに成り下がっている少年に、芽亜は苦笑を禁じ得なかった。


丁度下校時間に当たり、中から続々と子供達が出て来る。

ここは町唯一の学校だけに、小中高と一貫になっていて、小学部は赤い門、中学は紺、高校は緑と出入口から色分けされているらしい。芽亜は赤い門の前で目を凝らし、目当ての少年を探し続けた。


「ねぇ、可愛いお姉さん、オレと遊ばない?」

「お姉さん、誰待ってるの?彼氏?」

「……」


薄い翅や硬い甲殻の翅、触覚や角。様々な容姿の少年達がわらわらと芽亜に群がって来る。

どう見ても小学生なのに、口に出すのは大人顔負けの際どい台詞ばかり。昆虫族は内面の成長が早いのだろうか。


(リカルド君が際立ってオカシイ訳じゃないのね)


少女達は、そんな少年達に冷ややかな視線を向けている。中には想い人でも居るのか、涙目で芽亜を睨み付ける少女もいて、居たたまれない。


「あ――!お姉さん!」

聞き覚えのある声に、芽亜は少年達を搔き分け声のする方向を見た。

笑顔のリカルド少年が手を振っている。切り落とされた右翅も、順調に回復している様だった。


「リカルド君!」

「お姉さん久しぶりー。狼のおじさんはどうしたの?」

「おじさんは今いないの、ねぇ、リカルド君ちょっと良い?」


芽亜は少年の腕を掴み、学校の外へとグイグイ引っ張って行く。

「え?何?どうしたの?」

そして戸惑うリカルドに、一気に本題をぶつけた。

「あのね、リカルド君。キミの翅の”毒”をちょっと分けてくれないかな?」



芽亜が態々ギーズベリーまで来たのは、リカルドから”媚毒”を分けて貰うのが目的だった。

もう、毒を盛って直接的なダメージを与える様な真似は出来ない。同じ様なケースが2回も続けば流石に怪しまれるだろう。そこで今後をどう凌ごうかと考えていた時に、ウィーナの言葉がヒントになった。


『終盤になって来ると対戦を拒否するペアも出て来るから』


戦うよりも二人で過ごしたい、もしくはパートナーを傷付けたくないという思いなのだろうか。

何にせよ、対戦回数を重ねて来るとお互いを想う気持ちも自然と高まって来るのだろう。


だったら、それを利用する方法を取ろうと思った。

控室に媚毒を仕掛け、お互いしか見えない様にして戦意を喪失させてしまえば良い。


(……ワタシはもう少し、正々堂々とした人間だと思ってた)

(残念。もう居なくなちゃったのよ。その”ワタシ”は)


悲し気に目を伏せるもう一人の自分から目を逸らし、代わりにリカルド少年をじっと見つめる。


「媚毒が欲しいの?どうして?」

不安そうに見上げて来るその姿は、いつもの生意気な様子は鳴りを潜め年相応の少年に見える。

「ちょっと悩んでる人が居て。力になりたいんだけど、媚薬を買いに行くのなんて恥ずかしいし……」


少年は胡乱な眼差しでじっと此方を見つめ返して来る。この子は賢い。もっとそれっぽい具体的な嘘を付けなかったのか。芽亜は歯噛みをした。


「それ、嘘だよね」

芽亜は向けられた少年の言葉に、思わず悲鳴を上げそうになる。しかし何とかそれを寸前で堪えた。


「ほ、本当なの!本当に困ってる人がいて。」

「分かってるよ。おじさんでしょ!おじさんに使うんでしょ!あのおじさん性格暗そうな感じだし、あの時の媚毒の効き方からして色々こじらせてそうだったし!回りまわって遂に役に立たなくなっちゃったんだね!」

芽亜に向けてビシリと指を差しながら、少年は自信満々に言い切った。


いや違うけど。

……と思ったがここは有難く、その誤解を利用させて貰う事にする。


「そ、そうなの!それでおじさん悩んでて」

「そっかー。まぁまぁ若いのにもう枯れちゃうなんて気の毒だね。分かった!ボクも協力するよ!」


何か入れ物持ってる?そう聞く少年に、小さなガラス瓶を差し出す。リカルド少年は瓶の蓋をあけ、そうっと自身の翅を揺する。キラキラ光る虹色の粉がガラス瓶に次々と吸い込まれて行く。

瓶が8割程一杯になった所で、少年は瓶に蓋をして芽亜に渡してくれた。


「はい、どうぞ」

「ありがとう、リカルド君」

「どういたしましてー。おじさんによろしく。あんまり気にしない様にって言っといて」


口封じのために、恥ずかしいのでこの事はマリアネラには内緒にしてくれと説明をした。


「男としてそんな情けない事他人に知られたら死にたいよね。安心して!誰にも言わないから」


少年はうんうんと頷きながら、訳知り顔で他言をしないと約束してくれた。

芽亜は何とも言えない気分になりながらリカルド少年に別れを告げ、ギーズベリーの町を後にした。



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