17・不穏の足音
「ジェイド、今回も魔法使ってね」
3日間に渡り連戦に次ぐ連戦が続き、この対戦に勝てば10連勝になる。
今日の相手は昆虫族の蜂型。もうここまで来ると出し惜しみは命取りになる。芽亜はそう考え、最初から魔法を使う様にジェイドに伝えた。
ジェイドの得意とする炎系魔法は”火鼠”・”炎狐”・”爆龍”とレベルが三段階あり、レベルが上の術は威力と射程距離が上がる。当然レベルが高い方が有利なのだ。ジェイドはこの全てを使える上に、氷系の”凍蛇”雷系の”雷兎”鳴噛”までも使用可能なので、続く連戦にも対応は容易かった。
前回の相手は硬い鱗に高い攻撃力と魔力を持つ高レベルの竜人族で、序盤はかなり苦労をしたものの、凍れる蛇の牙に雷を纏わせるという高度な魔法操作を行ったお陰で何とか勝つ事が出来た。
勿論、芽亜もジェイドのパラメータは慎重に上げていた。とは言え、経験則が上がるだけなのだという事はもう理解出来ている。現実では数字よりも実戦での判断が何よりも大事なのだ。
◇
――三本の火柱が消えると同時にジェイドは最大の魔力を込めた爆竜を放った。
連戦続きのお陰で、当初芽亜が杞憂していた「観客から情報が洩れる」事態には未だなってはおらず、蜂型の青年は驚きに目を見開いたまま、業火の龍に飲み込まれ、衝撃で後ろの壁に叩き付けられる。その時点でパートナーの少女が即、降参を申し出た為、芽亜達は初戦に次ぐ速さで勝利を収めた。
◇
「帰るぞ、メア」
うん、と小さく頷いた芽亜は、パートナーを支えて歩く対戦相手の少女をじっと見つめていた。
恐らく何事か考えているのだろう。何を考えているのか聞きたい気持ちを懸命に抑えながら、ジェイドはいつもの様に芽亜の手を取った。
********
「次は1ヶ月後だって」
後何人残ってるのかわからないけど、と微笑む芽亜に、ジェイドはそろそろ終盤に差し掛かった頃だろう、と漠然とした予感を抱いていた。
今までに無い期間の空き方から察するに、恐らく後2~3回で終わるのではないだろうか。
芽亜との別れの時は刻一刻と近付いている。しかし、流石に1ヶ月も期間が空くのに仕事をしない訳にはいかない。
「レンに連絡を入れる。ちょっと待っててくれ」
そう言い置くと、ジェイドは通信機を取り出した。
◇
「メア、取り合えず王都に行こう。レン達もじきに戻って来るから」
「え、私も行くの?」
手を掴むジェイドに芽亜は少し慌てる。
「”6日以上間が空いたら戻って来る”って約束だったろ」
「飛空艇がルードルートに居たら、って言ったんだもん!せっかく1ヶ月も間があるなら、お世話になってるウィーナさんとゆっくりお話もしたいし、ネリさんにも会って来たいし……」
「またネリか」
必死に訴える芽亜にと憮然とした顔で言うジェイド。
――王都は綺麗な所だから一度行ってみたら、とネリさんは言っていた。
でも、私はもう、そんな思い出が出来る様な事はしたくない。後が辛くなりそうだから。
「ジェイド、もし急がないならルードルートまでは列車で行かない?そこから王都まで転移魔法使えば良いでしょ?」
芽亜は不貞腐れて返事をしないジェイドの腕に抱き着く。
「お仕事早く終わったらカルナックで一緒に過ごせば良いじゃない?ね?」
「……わかったよ」
必死に機嫌をとった甲斐もあり、ジェイドは渋々頷いた。
「お仕事、早く終わると良いね」
芽亜はニコリと微笑みかけ、ジェイドの手を取った。普段とは逆に、芽亜に手を引かれながらジェイドは内心の不満と怒りを必死に押さえていた。
(戻って来ると約束したのに)
機嫌良さそうに歩く芽亜の華奢な背中を恨めし気に睨みながら、何度もその思いを繰り返す。
それを言えば良い、と頭の中でもう一人の自分が囁く。
それで我が儘を押し通して嫌われたら?いや、我が儘を言っているのはメアの方だ。
ジェイドは軽く頭を振ると小さくため息を吐き、芽亜の手を掴み直すといつもの様に自分が先頭に立つと、駅に向かって足早に歩き始めた。
――結局、惚れた方の負けなのだ。
◇
列車の中で、ジェイドは夢を見ていた。
傭兵だった両親は何時も忙しく、幼いジェイドは寂しい思いをしつつも親を誇りにも思っていた。
仕事に向かう両親を見送りながら、いつか自分も両親の様な傭兵になるのだと、憧れを抱いてさえいた。その日は珍しく、ジェイドが先に家を出た。
友達に博物館へ行こうと誘われ二つ返事で了承をしたが、ジェイドの自宅は王都にある為、朝早くに自宅を出る事になったのだ。
いつも背中を見送るだけの両親が、今日は揃って手を振ってくれる。
どことなく気恥ずかしい様なくすぐったい様な、そんな気がしていた。
――生きている両親の姿を見たのはそれが最後だった。
その後に入った仕事で、両親は二人共に亡くなり、ジェイドは独りぼっちになった。
それからだ。誰かに見送られるのが大嫌いになったのは。
◇
「……イド。ジェイド」
柔らかい声がジェイドを眠りから呼び覚ます。
「着いたよ。大丈夫?」
「あぁ」
心配そうに覗き込む芽亜を眩しそうに見つめ、指を伸ばしてその頬をそっと撫でる。
訝し気な顔をする芽亜を暫し見つめた後、ジェイドはゆっくりと立ち上がった。
ルードルートの駅から出た後、そのまま郵便局へ直行する。
だが、ジェイドは中に入ろうとせず芽亜を軽く押しやった。
「ほら。ネリの所に行くんだろ」
「ジェイドを見送ったら行くから」
「見送られるのは嫌いだって言っただろ」
どうしてよ、と芽亜はむくれる。
「ネリと話したらまたカルナックへ戻るんだろ?もたもたしてると暗くなるぞ」
そう宥められ、愚図っていた芽亜もそれもそうかと思い直したのかそれ以上は抵抗して来なかった。
ただその代わり、と言わんばかりに一つ提案を出して来た。
「じゃあ、同時にサヨナラすれば良くない?またねって言った後に、二人で前を向くの」
「わかったよ」
子供みたいな事を言う、と呆れはしたものの、メアは確かに自分より子供だ。
そう思い、その提案に了承をした。
「じゃあねジェイド。お仕事落ち着いたら連絡してね?」
「お前もあんまりウロウロするんじゃないぞ」
はぁい、と返事をする芽亜の右手をチラリと見る。其処には緑の指輪がきちんと填まっていた。
その事に内心安堵しながら、左手を取り薬指に軽く牙を立てると、手を離し郵便局の方を向いた。
王都に行ったらもう一度ちゃんと指輪を見ておこう。そう考え込んでいたジェイドは、芽亜が足を止め此方を振り返って見つめている事に全く気付いていなかった。
********
芽亜は基本的に人の嫌がる事はしない。
当たり前と言えば当たり前の事なのだが、例えば今のジェイドの様に”見送られるのが嫌い”と真剣に訴えられれば、それがどれだけ理解できない事であっても無理強いはしない。
なのに、今だけはどうしてもジェイドを見つめていたかった。
スッと背筋の伸びた長身に、細身ではあるものの芽亜よりも随分と広い背中。
ピンと立った三角耳にユラユラ揺れる大きな太い尾。
(どうしたんだろう。今日の私は随分感傷的だ)
ジェイドが郵便局の中に姿を消す。
それを見届けると、芽亜もようやく前を向いて歩き始めた。
◇
「メアちゃん!お疲れ様ー!」
占い屋を訪ねて行くと、ネリが表で待ち構えていた。驚く芽亜の手を掴み中へとグイグイ引きずり込んで行く。
「ウィーナから連絡貰ってたんだよー、凄いね10連勝なんて」
そしてそのまま二階の居住区へと上がる。
「メアちゃんお帰りー」
「え!?ウィーナさん?」
此方を向いて手を振りながら紅茶を飲んでいるウィーナの姿を目にし、芽亜は驚きの声を上げる。
芽亜が出掛ける時には確か、まだ紅茶屋に居た筈なのに。
「いやいや、普通に転移魔法で来たのよ。私も以前は転移酔い酷かったんだけど、お店始めてから取引先増やす営業とかで転移魔法使わざるを得なくてね。慣れたの」
ウィーナに促されるままに、用意されている席に座る。
「すごーい!女子会っぽい!」
ネリが嬉しそうに言い、その言葉を聞いて芽亜も思わず微笑んだ。
紅茶で乾杯をした後、ネリが芽亜の方を向く。
「で、メアちゃん。今の心境はどう?」
「どう、って?」
不意に真面目なトーンで問い掛けられ、どう答えて良いのか迷う。
「多分決勝まで後少しだと思う。メアちゃん、優勝したらやっぱり願いは元の世界に帰る事?」
「……はい」
ネリの問い掛けに、芽亜は少し逡巡しつつ答えた。
「おや、その様子だと少し迷ってる感じだね」
「……」
「ネリ。メアちゃんも、もう分かってるんじゃないかな。ここは私達のプレイしてたゲームの中じゃないって事」
芽亜はふと思う。ネリにしろウィーナにしろ、どうやってこの世界の真実を知ったのか。
「あの、お二人はどうしてこの世界の事を?神様に色々聞いたんですか?」
「神様……?」
――芽亜は初めてこの世界に来た時の話と、謎の二人組から聞いた話をそのまま伝えた。
「あのゴードって神様からはあんまり参考になる話は聞けなかったけど、何か調査に来たって言う変な神様二人組がいたの。その人達が言ってた事がどうしても頭から離れないんです。だから、最近ジェイドを真っすぐ見てられなくて……」
ハァ、とため息を吐き俯く芽亜は、ネリ達から何の反応も返って来ない事に気付く。
不思議に思いながら顔を上げると、其処には唖然とした顔の二人が居た。
「え?え?ちょっと待って、ゴードって創造神ゴード?」
「私達、こっちの世界に来てから今まで神様になんか会った事ないよ!?」
二人のあたふたした様子に、逆に芽亜の方が驚く。
「あの、ポイント貰う時に居た赤い髪の男の人がそうですよ?何か時々金色の仮面被ってるみたいですけど……」
「えー!!あの嫌味っぽい話し方のムカつく金仮面が神様だったのー!?」
「赤い髪って、仮面外した所見た事無いよ?」
今、暫くお留守なんですって。そう言う芽亜を、ネリとウィーナはじっと見つめる。
まさかこの子は。いや、きっと恐らく。
(どうしよう、ネリ。教えてあげる?)
(言わなくて良い。むしろ気付かせないで)
コソコソ話す二人は、話を変えんと先程の芽亜の質問に答える事にした。
「あのね、タブレットにハテナマークの付いた箱のアイコンあるの、見た?」
「あ、はい。見ました。でも、今は開けられないって」
説明を買って出たウィーナはその返事に軽く頷く。
「そう。注意書き通り、負けた後か優勝した後じゃないと開けられないの。で、その開けた先はポイント交換の画面になるんだけど、そこで残ったポイント使って色々出来る様になってるの。私は序盤で負けちゃったから、大したポイント持ってなかったんだけど、唯一0ポイントでも交換できる項目があって」
それが、とウィーナは人差し指をピンと立て「記憶の消去」
「記憶の消去?」
「うん。元の世界の事とか、此処が、まぁ実際は違うんだけどゲームの中の世界だって事とかそういうのを消してくれるの」
「記憶、を消す……」
「負けちゃった子の中にはどうしてもホームシックに罹っちゃう子も居たからね。結構記憶消してる子居ると思うよ?」
そうなんだ。じゃあそうしたら、ネリさんとウィーナさんは。
「私は消さなかったわ。これも神の思し召しだと思ったから」
「……私も消さなかった。色々忘れたくなかったし。だからポイントを髪と目の色を変えるのと「真実」を知る事に使った。このポイント交換は、何時でも出来るの。私はパートナーを灰に変えた後で、真実を知った。造り物じゃなかった彼を、殺した後でね」
人殺しなのよ、私は。
そう寂しげに呟くネリを、ウィーナはそっと手を伸ばして支えた。