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16・円卓議会


(あー、面倒くさい)


赤い髪の異世界神・ゴードは内心の不平不満を綺麗に押し隠した、柔和な笑顔を周囲に振りまきながら円卓議会の席に着いていた。

先程、ティリンガストから芽亜・ジェイドペアが危なげなく連戦を勝ち抜いた事を聞いた。

(頑張ってるなーメアちゃん)

そう言えばティリンガストが資料送っておきました、と言っていた。彼女の戦績かな。全く、僕は人間に肩入れなんかしてないってのに。それにしても。とゴードは内心首を捻る。


議長の交代は来期の予定なのに、何故か前議長のゼウスが任期満了を待たずして議長職をいきなり退いたのだ。ただ、それだけならまだわかる。

気まぐれなゼウスの事だ、お役御免になるなら早い方が良いとでも思ったのだろう。


解せないのはこのタイミングでの円卓議会の開催。新議長のお披露目ならば別に来期でも良い筈だし、まだ引き継ぎも終わってないのではないだろうか。


ゴードがあれこれ考えを巡らせている内に、議場に続々と神達が入場して来る。


この円卓議会場はすり鉢状の造りで、中央から外側に向かって段々の円環状に席が設けられている。

最も内側の円のみ席が外側に向いていて、其処に議長と副議長、そして記録係が座り、その次の円環席からは内側を向いて座る様になっており古の神達はほぼ中央付近に固まる。


ゴードは若い神なので、円環の最も外側の席に着席し、続々と集まり始める神達をぼんやりと眺めていた。



********



ティリンガストはゴードから任された仕事をしながらフゥ、とため息を吐いた。

上司と違い、ポイントの付与に一々面会などしていられないので全てタブレットにメールを送って済ませた。そんな中で、円卓議会の委員から連絡が来た時には仰天した。


ゴードが資料を提出して来なかったので、それを急ぎ送れと言うものだったが、ティリンガストは上司からそんな事は一切聞いていない。


『前からご存知の筈ですが』と急かされ、慌てて言われるがままの資料を集め急ぎ送った。


(ひょっとして、私は大きなミスをおかしたのでは)

言い様の無い不安に襲われながら、ティリンガストは思わず虚空を仰ぎ見た。



********



周囲の騒めきにゴードはハッと中央を見下ろす。


記録係席には運命を司る三姉妹。その横に同じく記録係を務める車輪型の耳飾りをつけた女神。

副議長席の左側には足首近くまで伸ばした淡く発光する白髪を持つ美しい男神ラーが着席し、反対側には穏やかな美貌の女神女媧がフワリとした笑みをうかべている。


そして中央の議長席には、恐ろしく整った顔立ちの幼女が厳めしい顔つきで座っていた。



見た目は5、6歳程の容姿であるにも関わらず、醸し出す圧倒的な威圧感にゴードは思わず息を飲む。


「此度より議長を務めさせて頂く天照です。では、これより円卓議会を始めます」

素っ気ない挨拶と共に、議会の始まりを告げる。


「本来ならば此処で人間の増減報告と運命審議なのですが、今回は、」

と新議長天照は一旦言葉を切り、周囲をグルリと見渡し、再び言葉を続けた。


「今回は、新規指導を執り行いたいと思います」



「え」

ゴードは思わず声をあげた。何で、このタイミングで?


――新規指導とは、新しく世界を創った神に対して創世一万年経過した年に行われる。

色々と資料を提出させ、そこで適切な世界の運営が成されているかを審議するのだ。


「良好」「経過観察」「要指導」の三段階に分かれ、一先ずクリアと言えるのは「経過観察」まで。

「要指導」はその判断が下された瞬間からことわりの支配権は議会に奪われる為、実質己の世界では無くなってしまうのだ。


でも僕の世界はまだ9720年しか経っていない。新規指導対象は丁度一万年の筈だ。


「少々気になる事が相次ぎましたので、今回の新規指導は異例ではありますが創世9000年から始めさせて頂きます」


天照の淡々とした発言に、ゴードは真っ青になっていた。

当然新規指導に備えて既に、諸々改竄かいざんして辻褄を合わせた資料は用意してあった。

だがその隠し場所は部下達には教えていない。議会が始まる前の、ティリンガストの言葉が蘇る。


『資料を送っておきました』


クソッ!完全にやられた。ゴードはどうやってこの事態を切り抜けるか、必死に頭をフル回転させていた。



「天照殿、”気になる事”についての説明を、皆に」

ラーに促され、立ち上がると天照は説明を始めた。


「先ず、私は次期議長を務める事が決まった時点で、此れまでの全ての議会資料に目を通しました。そうしましたら、ある時から手元にある魂魄の増減についての資料の数字と、議長保管の資料の数字に辻褄の合わない個所を発見致しました。不審に思い、他国に問い合わせ資料をお預かりし調べた所、幾つかの国の資料も『議長の手元に渡った時点で』数字が改竄されている事がわかりました」


――居並ぶ神達の視線が前議長・ゼウスに集中する。ゼウスは端正な顔を微かに歪め、腕組みをしたまま目を閉じていた。


「我々は人間の魂の増減について全て把握しています。様々な要因により地上で命を失った者。それ以外にも、例えばあやかしや精霊に見初められて幻界などに連れ去られた者も、異界に流された者も時空の狭間に飲み込まれてしまった者も、全てです。それらを踏まえて、此処に居る女神達に運命操作をして貰い、人口増減のバランスをとっています」


天照は一息つき、目の前に用意されていた林檎ジュースをちゅるる、とストローで啜った。


「そこで各国の神に依頼をして『行方の掴めない魂』は無いかと調査をして貰いました。しかし、受けた報告は『そう言った事実は見受けられない』と言ったものでした」


ところで、と天照は資料を一旦置いた。


「以前、季節の贈り物をいただいたお礼をヘラ様にした所、妙な事をお聞きしまして」

「えっ!?ヘラちゃんが!?何て!?」

目を閉じていたゼウスがガバッと身を起こす。


「ここの所、オリンポスに明らかに造形が此方のものでは無い妖精や獣人の娘が増えて来ている気がする、と」


ゼウスの額から尋常でない汗が流れ落ちている。ゴードに至っては呼吸困難を軽く起こしかけていた。この女神は、確実に気付いている。


「更に、予想外の通報もありましたので、それを参考に聞き取りを土地神や精霊などに絞っていった所、全国各地で娘達の行方不明が発覚しました」

「しかし、何故主神が掴めなかった事実が力の弱い土地神達に掴めたのですか?」

議場内から質問の声が上がり、天照はそれに頷きながら答える。


「実はその通報は、ブラウニーから受けたものです」

「ブラウニーですか!?」

「はい。ブラウニー、所謂『家付き妖精』ですね。行方不明になった娘の中にロンドン市内の紅茶屋の娘が居ました。その娘は幼い頃から毎日ブラウニーにミルクを用意し、名前まで付けてくれていたそうです。その娘がある日突然消えてしまった。しかし、家人は誰も気付かない。と言うより、娘の存在すら覚えていない」


議場が静まり返った。碌に力を持たないブラウニーが、人間の為に。


「そこで、改めて各国の土地神達に話を聞いてみた所、『何時も見かけていた娘が急に消えた』と同様の情報が相次ぎまして。彼らの証言に共通していたのは娘達の存在が無かった事になっている事です。そうこうしている内に、一部の神にはその娘達のものと思われる祈りの声が届き始めました」


何人かの神が痛まし気な顔で俯いている。


「その声は異界から聞こえていましたので、そこで初めて娘達が異世界に連れ去られた事がわかりました。誘拐神は『家付き妖精』の存在を知らなかったのか、取るに足らない存在だと念頭に無かったのか。何にせよ、その傲慢が足元をすくったと言う事でしょうか。ただ、それでも娘達の行方は掴めなかったのです。しかし先日、私の元に私の名を乗せた言霊が届きました。お陰でやっと、行方を掴む事が出来ました」


メアちゃんか……!やはりあの時に帰しておけば!

ゴードはギリギリと奥歯を噛み締めた。


「今、その世界に私の弟と、もう一人を向かわせてあります。しかし娘達を救出に行った訳ではありません。彼女らが不当に虐げられてはいないかを調べるのと、此度の騒動には此方側の誰かの手引き無しには成立しない部分もあります。その『手引きした誰か』の正体を確実なものにするのが目的です」


――神達の席はカテゴリー別にも分かれている。

天照が調査を任せる程の弟と言えば……と、ゴードは月を司る神達の席に目を向けた。

其処にはブレザー風の制服を隙無く着こなし、緑色の髪をきっちりと七三分けにした少年神が隣の女神と何やら話をしていた。


(あれ?居るぞ?)

ゴードと同じ事を皆も考えていたのか、場が騒めき始める。


「あの、もう一人の神とは……?」


その質問に議長席のほぼ目の前に座っていた黒髪短髪の鷹の様に鋭い眼差しをした男神が手を挙げた。

「オレが推挙した者を行かせた」


ゴードは次に雷系の神が集う席に目を向ける。オーディン様が推挙する相手と言えばやっぱりあの方か。


(え!?こっちも居る!?)


髭面の男神が愛用のハンマーで首をトントンと叩きながら、議会中にも関わらずスマホを弄っていた。


「まぁ、調査の為に暫く異世界へ潜入して貰わないといけませんから、当分此方の世界を離れていても支障の無い者を選抜致しました。つまりは」


流石に言い淀む天照の言葉をオーディンが引き継ぐ。


「居なくても全く困らない二人、と言う事だ」



********



「もう始まってる頃だなー、円卓議会」

「そうっすね」

「可哀想だな、ゴードもエロ親父も。姉貴はネチネチしてっからな。すげぇ遠回しに責めて来るんだぜ」

「それ怖いっすね」


『居なくても困らない二人』の一言で場を納得させた当の本人達は、のんびりとワインを嗜んでいた。



********



「ところでゼウス様」

天照は林檎ジュースをちゅるちゅる啜りながらゼウスの方を向いた。


「ゼウス様はお優しい方です。きっと迷い込んで来た異世界の妖精達をお見捨てになれなかったのでしょう。もし、よろしければその者達は高天原でお預かり致しましょうか?きっとヘラ様は何か誤解してらっしゃるのだと思いますし」

まるで『太陽の様な』笑顔でニッコリと微笑む天照。


「ぜ、是非そうして貰おうかなー……」

そろそろ脱水症状を起こすのではないかと思われる程の汗を流しながら、ゼウスはガクガクと頷く。


「畏まりましたゼウス様」

天照は一礼すると、今度は一部の資料を取り出しそれをピラピラと振った。


「この資料は議会の前に急遽送って貰ったものです。お心当たりのある方は潔く挙手をお願いします、悪い様には致しませんから。娘達の行方はわかりました。弟からの報告では彼女達はそれなりに幸せに暮らしている様ですし」



――ゴードは迷っていた。

天照は、ゴードの仕業だとわかっている上で敢えて言っている。恐らく名乗り出た後は『何故この様な事をしたのか』と聞かれるに違いない。

詰めが甘かったのは認める。まさか、家付き妖精なんかに。


『個性的な人間が欲しかったけど自分の想像力に自信が無かった』


と、正直に言った所でとても「あぁそうですか」となるとは思えない。

此処まで細かく調査をして来る天照の事だ、仕事に対する怠慢を絶対に責め立てて来るだろう。

ゼウスは最早頼りにならない。何とか、誤魔化す事は出来ないだろうか。


「……名乗り出られませんか。しかしもう暫く待ちましょう。では、お待ち頂く間皆様に興味深い話をしたいと思います。実は、此度の騒動を起こした神にはどうやら好きな女性がいらっしゃる様なのですよ。それが驚いた事に自らが誘拐した人間の、まだ16歳の未成年――」


「はいー!!はいはいはい!僕、僕です!この度は誠に申し訳ありませんでした!!」



――ゴードは”恥ずかしさで死ぬ”と言う言葉の意味を、この日初めて思い知った。



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