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01・花と剣


激しい爆発音と共に、眼前の男が背後の壁に叩きつけられる。


男が崩れ落ちると同時に、周囲から大歓声が沸き起こった。

悲鳴を上げながら男の元へ走り寄るパートナーの少女を横目に、芽亜めあはホッと肩の力を抜く。


「帰るぞ、メア」

首をゴキゴキと鳴らしながら、丈の長い軍服の様な服を着た一人の男が、芽亜の元に歩いて来た。


――長身に細身の体躯。褐色の肌。

少しふわふわとした癖のある漆黒の髪は顔の左側をやや覆い隠し、両目は濃緑。

鋭い牙、三角形の大きな獣耳には右側に煌めく翠玉の耳輪が着けられている。


「お疲れ様、ジェイド。これで10連勝だね」

そう微笑む少女の右手には、細い緑石の指輪が填まっている。


ジェイドと呼ばれた整った顔立ちの、少し人間とは異なる容姿を持った男は、頷きながら退屈そうに欠伸をしていた。興味の無さそうなその素振りとは裏腹に、黒い大きな太い尾はパタパタと左右に振られている。


(もっと抱き着いたりとか、そういう風にして欲しいんだろうなぁ……)

芽亜はそう思ったものの、それには気づかない振りをした。


「行きましょ?」

ジェイドの上着の裾をつん、と引っ張ると芽亜はスタスタと歩き出した。歩きながらタブレットを起動させ、付与されたポイントの確認を始める。


「……あぁ」

途端にパタ……と尻尾の動きが弱まる。三角耳を軽く項垂れさせながらも何事も無かったかの様に芽亜の隣を歩くジェイド。彼に対して罪悪感を感じない訳では無かったが、その込み上げる気持ちから意図的に目を逸らした。


ふと、前方を見ると先程の”対戦相手”の少女がパートナーの男を支えながら歩いている姿が目に入った。負傷した男を案じながらも、その顔は何処か嬉しそうだった。

そのまま、二人は”大会本部”のある方向へ向かって歩いて行く。少女は男を連れて医務室へ行くのだ。傷の手当ては闘技場内部の医務室で行われる。


朗らかな笑顔の少女を見て、芽亜は小さくため息を吐いた。

彼女は恐らく、あの様子では気づいていないだろう。それはそれで幸せなのだろうけど


――自分が何を得て、そして何を失おうとしているのかを知る事の無い少女を、芽亜はふと羨ましく感じた。



「次の対戦は1ヶ月後だって」

勝利後のポイント確認を終えた、芽亜の持つタブレットに次戦の案内が届く。

案内と言っても日時の知らせのみで、対戦相手の情報は一切知らされない。


「そうか」

ジェイドはそれだけ言うと、芽亜からそっと目を逸らした。自分が勝てば勝つ程、この少女は喜ぶ。

その可愛らしい笑顔が見たくて、失望させたくなくて、いつも必死に戦うのだ。


「後、どれ位の人数が残ってるのかわからないんだけど」

頑張ってね?と微笑む少女にかろうじて笑みを返しながら、その胸に存在する己の願いはただ一つだけ。


(俺は、このままお前とずっと一緒に居たい)


この先勝ち続けて行けば、その願いは叶わない事をジェイドは知っている。

ふとした弾みで耳にしてしまった事実に、彼は打ちのめされていた。少女は、ただ己の世界に帰る為だけに、自分と共に居るのだと。



********



ジェイドは”銀の鴉”と言う傭兵団に所属している。


ある日、何時もの様に仕事を終えて仲間達と共に依頼主に報告に行った帰り、突如黒いローブに白い仮面を着けた”大会実行委員”と名乗る者達に取り囲まれ”大会本部”とやらに連れて行かれた。


「おい、何なんだよお前らは」

何度問い掛けても答えない仮面連中に苛立ちを募らせながら(いざとなれば殺して逃げるか)と軽く考えた。元来の好奇心の強さも相成り、仲間達に一声かけて取り合えず付いて行ってみる事にした。


街中を暫く歩き、やっと判明した目的地は巨大な闘技場だった。

(闘技場なんかこの街にあったか……?)

――瞬間、頭にかすみが懸かった気がした。今回の仕事はそんなに疲れるものではなかった筈だ。思わず頭を軽く左右に振る。目元を揉みながら眉を顰めるジェイドを、仮面達はじっと見つめていた。



闘技場の地下に案内され、大きな扉を開けると其処には、ひしめき合う多数の男達が居た。


(これは……)


多種多様の様々な種族が一堂に会しているその有様は、なかなか壮観だった。

自分と同じ獣人の他に鳥人、昆虫族や爬虫類族、そして竜人。滅多にお目にかかる事のない妖精族までがいるのには流石に驚く。人間族も居るには居るが、は全体の2割と言った所か。

彼ら以外は年齢が見た目通りとは限らないが、年齢的には10代後半から50代位が集められている。しかし、種族や年齢は多様に富んでいるが共通点が一つ有った。


――どの男達も、恐ろしく見目が良い。

自分もそう悪くない方だと自負していたが、ここまで整った男共に囲まれていては、ごく普通としか言いようがなかった。


まさか、金持ち女共に売り飛ばすつもりなのか?

希少種族が居る事で一瞬そう考えたジェイドだったが、直ぐにその考えを頭から消した。

この人数だ。そう言った事はまず有り得ないだろう。


そうこうしている内に、金色の仮面を着けたローブ姿の人物が前方に誂えてある舞台の様な所に上がった。広間を見渡し、全員が注目するのを確認すると同時に、良く通る声で滔々(とうとう)と語り始める。


「ようこそ、皆様方。私は”花とつるぎ”の主催を務めさせていただきますゴードと申します。以後お見知り置きを」

ゆっくりと深く、一礼をする黄金仮面を呆然と眺める男達は、ジェイドも含め誰も何も言葉を発しない。ただ、先程迄は知らなかった筈の、”花と剣”についての知識が頭の中に雪崩れ込んで来るのを感じた。突如として男達の顔に理解の色が浮かぶ。


――それが如何に異様な事なのか、気付く者は誰一人としていなかった。


黄金仮面とその周囲の仮面達は、その様子を見て満足気に頷き、話を続けて行く。


「これから皆様方のパートナーになる少女がやって来ます。()()()()()()彼女達は”願いを叶える”為に他のペアと戦わないといけないのですが、本人達にはほとんど戦闘力はありません。なので貴方方が代わりに戦います。負けても皆様方には一切の損もありません。お仕事をなさっている方は対戦の無い時には普通にお仕事されて構いません。対戦日時に間に合わなければ不戦敗になりますので、そこの確認は必ずお願い致します」


「”花と剣”か。観戦に行った事はあるが、まさか自分が選ばれるとは思わなかったな」

隣に居た下半身が大蜘蛛の、昆虫種の男が横で独り言を呟いている。

ジェイドは少し考えた。

俺は……観た事があったか……?

闘技場が有った事にすら気付いていなかったのに……?いや、違う、俺は知っている筈で――


周囲を見渡すと、大半は納得した顔で今後について近くの者と会話を交わしていたが、中にはジェイドと同じ様に微妙に困惑した表情を浮かべている者もいる。

ジェイドはその男達の所へ移動しようとしたが、生憎人が多過ぎてなかなか前に進めない。


それでも何とか移動を試みていた。

「まだ説明は続いております。私語は控えていただきたい」

そう金仮面の声が響き渡り、ジェイドはその場での待機を余儀なくされた。


「ルールは簡単です。とにかく戦って勝つ事です。最終的な勝利者はたった一人。皆様方は自分の大切なパートナーの少女の為に、死に物狂いで頑張って下さい」


ジェイドは思わず笑ってしまった。

馬鹿馬鹿しい。何で見ず知らずの女の願いを叶える為に俺達が身体を張って戦わないといけないんだ。


……いや、これは”花と剣”だ。パートナーの為必死になるのは当然だ。


(当然……?)



説明が終わり、パートナーの少女達と引き合わせられる、と言う所まで来ると広間の雰囲気は一変した。私語厳禁と言われつつもこそこそと会話していた者達も少なからずいたが、今は皆一様に気難しい顔で黙り込んでしまっている。それも仕方ないだろう。


――パートナーと出会った瞬間、周りは全てライバルになるのだから。


「ちょっとよろしいですか?”銀の鴉”のジェイド様」

取り敢えずパートナーの待つ部屋に移動しようとしていたジェイドに、仮面の一人が声をかけて来た。チラと周囲を窺うと、同じ様に何人か仮面に引き留められている者達がいる。


その顔ぶれを見て、ジェイドは内心警戒を強めた。

先程、自分と同じく何か違和感を感じている様な表情を浮かべていた面子ばかりだったからだ。


「申し訳ありませんが、コレを身に着けておいていただけますか?」

仮面の男に、目と同じ色をした翠玉の耳輪を一つ渡され、更に困惑を深める。

他の連中も腕輪や指輪、首飾りなど様々な装飾品を渡されていた。


「何だこれは」

「いえ、ジェイド様は傭兵でいらっしゃいますから、お仕事で色んな場所に行かれるでしょう?そういう風に普段の所在が掴みにくい方々に特別に着けさせていただくモノです」


大会の都合上申し訳ありませんがご協力願います、と言いながら深々と頭を下げる仮面から無言で耳輪をひったくると、ジェイドは踵を返した。その腕が、いきなりガシリと掴まれる。


「……っ、今度は何なんだよ!」

「今、身に着けていただけますか?」

舌打ちをしながら振り返ったジェイドに、仮面が低い声で告げる。


「……何で」

「規則ですから」


有無を言わせない圧力に妙に苛立ちを覚えたジェイドは、腕を乱暴に振りほどき耳輪を床に投げつけた。

「ふざけんな!むしろ常に居場所が分かる奴の方が少ないだろ!?こんな怪しいモノ着けてたまるか!」


仮面に背を向け、立ち去ろうとしたジェイドの右耳に、チクリとした痛みが走る。

「な……っ!?」

右耳に手を伸ばすと、耳輪がガッチリと填められていた。

「チッ!この……!」

刃の様な爪を一瞬で伸ばし、仮面の喉元を切り裂こうとした瞬間。


「ジェイド様。もうほとんどの方はパートナーと合流されました。貴方様のパートナーがお待ちですよ?」


金仮面の声が聞こえた途端、頭に白いもやがかかり、酷く頭が痛む。

そうだ……パートナー……俺の……。

何で俺が……違う、守らないと……。


――蹲って頭を抱えている内に、次第に痛みが弱まって来る。

完全に頭痛が治まった時には、頭の中はクリアになっていた。


「ジェイド様?どうされました?」

「ん?いや、何でもない。長期の仕事が終わって休む間もなくここに直行だったからな、疲れたんだろ」

俺のパートナーは何処だ、と聞くと、ジェイドはさっさと広間を出て行ってしまった。



「人狼でこんなに粘るの初めてですね」

「うん。背景や性格設定も細かいし、何より相当頭使って”ジェイド”が魔術師として成長する様にしてくれてるね、この女のコ。お陰で諸々楽だったよ」

「確かに。人馬型ならまだしも、人狼型の基礎パラメータだと余程考えて諸々を組んでいかないと、そもそも制御アイテムを使う羽目に陥りませんもんね」



********



「フフ……さぁ、始まるよ。また”花”が”剣”を使ってこの先も世界を創り上げてくれる」



立ち去るジェイドの背中を見つめながら、黄金仮面は静かにわらった。



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