錯綜する戦い 9
風の様な素早さでエーゼルが駆ける。
そして、逆手に握ったナイフをレイシィへと繰り出す。
狙いは首筋。
長い苦痛を与えない様に一瞬で終わらせる。
そんな思いがある故に一切躊躇いのない攻撃だった。
にも関わらず、『シュッ……!』と音を立てて空を切るだけに終わった。
「!?」
レイシィは殆ど動いたようには見えなかった。
なのに、エーゼルの繰り出したナイフは掠りもしなかったのだ。
「やっぱり、対人戦の経験は少ないみたいだね。速いけど動きが素直過ぎるよ」
レイシィはナイフの切っ先から巻き起こる風が触れる程の紙一重の距離で回避していた。
それはレイシィがエーゼルの攻撃を完全に見切っていたに他ならない証左と言えた。
「チッ!」
エーゼルは舌打ちしながらも腕を振るって次の攻撃を繰り出す。
しかし、それを最小限の動きで躱されてしまう。
「術士に一番求められる技術って何だと思う?」
ヒラヒラを風に揺れる草のような動きで攻撃を避けながらレイシィは聞く。
「『魔力制御』や『魔術の発動速度』?違うね。確かにそれも重要だけど一番じゃない。術士に一番求められる技術は『回避』なんだよ」
シュパン!
ナイフが鋭い音を立てるエーゼルの連続攻撃の中、レイシィは平然とした様子で言う。
「どれだけ魔術攻撃力があろうとスグに沈んでしまう術士なんてのは何の役にも立たない。私のようなゴミ耐久な術士となると攻撃を受けた時点で終わりってのは珍しくも無いから回避の技術は必須なんだよ。私の場合、両手が無いから武器を使って攻撃を捌けないだけに尚更ね」
足と体の動きだけで、最小限の動きでレイシィはエーゼルの猛攻を難なく避け続ける。
その動きは長い経験を経て積み重ねられた確かな技術であった。
レイシィの余裕の正体はコレがあったからだとエーゼルは確信した。
「先に謝っておくよ。魔術が使えない以上、君を無力化するには痛めつける事になる」
「そのような事、貴女を殺そうとしている相手に言う事では無い。今更過ぎる事だ」
「それもそうだね」
レイシィがエーゼルの言葉に同意したのとほぼ同時であった。
ドッ……!
エーゼルの腹にレイシィの繰り出した蹴りが突き刺さった。
「クッ……!」
身体的なステータスではエーゼルの方が優位なだけに物凄く痛いという程でもなかったが、痛いのには変わりがない。
エーゼルは衝撃を逃がす為に流れのままに後ろへと自ら跳んだ。
軽やかにバックステップを踏んで一度、距離を置いて仕切り直す事にした。
(落ち着け。技量に差がある相手に対してがむしゃらに突っ込んだところで手玉に取られるだけだ。冷静にならねば勝機は掴めん)
今の攻防で接近戦でも分が悪いのは明らかになった。
(だが、それでも魔術戦程絶望的ではない)
弓が使えない現状のエーゼルでは魔術を遺憾無く使える状態のレイシィに対抗できる手段が無い。
距離を置かれれば一方的に攻め続けられるだけだ。
エーゼルも魔術は扱えるがそっちの技術に特化している訳では無いのでレイシィとの差は隔絶しているとしか言い様が無い。
(幸いレイシィの物理攻撃力は大したものではない。こうなれば蹴りを喰らいながら足を掴んで動きを止めるしかあるまい)
モロに腹に蹴りを受けてもそれなりに痛い程度でしかなかった故の判断だ。
レイシィの回避技能は足を使ったものだ。
ならばその足を止めてしまえば良い。
それにレイシィには両手が無い。
蹴りを封じれば反撃も難しい。
策と言うには強引過ぎるが、それが一番有効な策なのは言うまでも無い事実なのだ。
エーゼルはその身に受ける衝撃に対して覚悟を決めて再び駆け出した。




