十七
「…いやぁ、ごめんね、今回は。色々頼んじゃって」
「ううん、いいんだ。游には、いつも励ましてもらってるから。それで? 冕(スダレのある冠。王が式典など儀礼性の高い場で主に着用する)はどこ?」
「別の場所だよ」
「持って来てくれたら、俺が直してあげたのに」
「ハハハ! そこまで頼めないよ、ありがとう」
「そうだ、今、見せてあげるよ。ポラリスがそこにいるから」
そう言って煌は立ち上がった。
私は游さんが何を煌に頼んだのか、知りたくなった。
「ねぇ、游さん」
「んっ?」
「煌さんに何を頼んだんですか?」
「あ。俺がね、前煌ちゃんがウチに来た時に『冕の旒(スダレ部分)を切った』って話したら、新しい玉を持って来てくれるって言ってくれてね。じゃあって頼んだんだ」
「あー! あれの!」
実はこの頃、游さんは私と能に圭(主従関係の証として王が臣下に授ける、宝石で作った短冊状の板)の代わりだと言って、自身の冕の旒に使われていた翡翠を止める紐を切って、その翡翠で作った首飾りをくれてね。冠をダメにしちゃったんだよ。それくらいしか圭に匹敵する価値のある物を持っていない、と言ってね。義理固い人だね。
煌はポラリスの手綱を引いて我々の近くまでやって来ると、その背に負っていた荷物を幾つか降ろした。
「ポラリス、あれ、『ライラ』っていうんだって。遊んできたら? どうやら生き物を噛まないらしい」
そう言って寝転がっているライラの方を指差した。
ライラは自分の名前が出たので少し頭を上げてこちらを見た。煌の横で指の先を見つめるポラリスと目が合うと、耳をクルックルッと動かし、上半身をゆっくりと起こした。
「馬か…大丈夫か…? ライラは初めてだろうし…あんなに暴れてたし…」
坦が不安そうに聞くと、煌は軽く笑った。
「ポラリスが暴れたのは、俺の身を案じてだよ。ポラリスは軍馬で、何度も俺を乗せて戦に出てる。火も怖がらないし、東境国の大型の兵器も跳び越える。あと…ちょっとカワイイから大丈夫」
「…は?」
「見せようか? ポラリスー」
そう言って、煌はポラリスに自身を注目させた。
「ハイッ!
おっウマッ、パッカ、ポッコ、くっものっうえっ!
にーじをっ、パッカ、ポッコ、わったりっましょっ!」
パンッパンッパンッパンッ!
パンッパンッパンッパンッ!
煌が楽し気な歌に合わせて手を叩くと、ポラリスはイヒヒンッといなないて、その手拍子に合わせてパカッパカッとリズム良く足を動かした。前の右足と後ろの左足、前の左足と後ろの右足、という組み合わせで交互に足を上げていたため、まるで踊っているように見えた。
「ハイッ、終わりっ!
…な、カワイイだろ?」
パチパチパチ…
嬉しそうに拍手を送る西境国の養父子親子に相反し、坦は呆れた表情をしていた。私も一応拍手したよ。
「何教えてんだよ…誰の曲だ? ソレ」
「教えてない。これは俺作詞作曲だよ」
「うわぁ…イタいヤツだなー…
つーか…
うわぁ…どーしよう、俺…お前っ、煌っ! ひっくい声でミョ~なリズム付けて歌いやがって! み、耳から離れねぇ…! ダメだ、俺の音楽人生の終わりだ、これは寝てもループするタイプのヤツだ…」
「そうか、俺の歌は、坦程の音楽家の耳を奪うくらい高品質なんだな! ありが…」
「違うっ! バカッ!」
「え、えー………」
そのやりとりを見て少し楽しくなってきた私は、煌に聞いてみた。
「教えてないのに踊れたんですか? 頭良いですね、ポラリス!」
煌は嬉しそうに微笑んだ。
「俺の国の山で、結構高い所から落ちてる滝があるんだけど。その上が花畑で。そこで俺が水飲んでたら、ポラリスが滝を駆け上がって来て。花を食べだして。へぇーっと思って良く見たら、ホラ。灰色の体に白い斑点があるけど、コレとか、コレとか。花みたいだろ? 俺はこの尻の所のがお気に入りなんだけど。…で、カワイイなぁ、と思って。さっきの歌ったら、踊り出して。歌い終わってもそのままパカポコしながら俺の後ろを付いて来るから、飼おうと思って。そしたら意外と良い馬だったんだよ」
「ウフフッ! ポラリスは煌さんの歌を気に入ったんですねー! 煌さんは詩歌をたしなまれるんですか?」
それを聞いて、能が慌てた様子で私に声をぶつけてきた。
「紫瑛っ! こ……こ、…『煌』……、は、『残響』の作者だぞ!? 知らなかったのか?」
「えぇ~っっ!!! そうなんですかっ!? 嬉しいっ! 僕、ファンなんですぅぅぅ~~~! 何で早く教えてくれないんですか~~~! わわぁっ! ねぇ、手ぇ触って良いですかっ、この手であの詩を作られたのかと思うと感激ですぅぅぅ」
『残響』は知っているね?
簡単に言うと、雪の降り終えた夕刻に山を下り、深い渓谷に立って遠くを眺めていたら、急に寂しくなって叫んでしまった、という内容の詩歌だよ。
煌の作った詩歌でそれよりも有名なものは多数あるから、もしかしたらまだ知らないかもしれないけどね。私は彼の、この『残響』を聞いた時に文字を習おうと思ったんだよ。とても深い詩歌だよ、またいつか、機会があれば是非読んでみてくれたまえ。私が君の『残響』の初めての音読者にならないよう、今は詩歌の内容だけに留めて、教えないでおくよ、フフフ。
彼が『残響』を詠んだのは、確か8歳だったと思う。詩歌の才能にあふれていたんだねぇ…
……ん?
……うん。
当時は、それまで気が付かなかったよ。
作者名は『コウ』ということは知っていたんだけどね。それだけの情報しか持っていなくて。何しろその詩歌は人から聞いて覚えたからねぇ…
うん、そうだね。
四境では王に苗字はなくて、何かの必要にかられた際には治めている国の方角を苗字とする、ということは知っていたんだけどね(つまり、西境国の王である游が、もし苗字を使用しなければならなくなれば『西さん』である)。苗字が明記されていない理由をそこまで考えてなかったんだよ。
まさかご本人だとは。ハハハ!
でも、そりゃあ嬉しかったよ!
…あぁ、話がズレたね。
戻そうか。




