十二
「ポラリス? どうした」
私はその時、いつもの煌とのやりとりを思い出しながら少し不思議に思ったことがあって、煌へ聞いてみた。
「『ポラリス』? 煌さん、馬を変えたんですか? 前、『勾陳』っていう馬に乗ってませんでしたか?」
それを聞くと、煌は早口に答えを返してくれた。
「『勾陳』は臣や民どもの前で使う名だ。『ポラリス』が本来の名なんだ」
馬にも字のような名前を使うなんて、北境国は風流だなぁ……と、その頃は知らずに思っていたよ。
うん。
そうなんだよね。
煌はその頃、親しい人の前でしか優しくて詩的な心を持っている所を見せなかったから…
人前で『ポラリス』と呼ぶのが恥ずかしかっただけらしいね。
そう。
それで。
煌が、慌てた様子の自身の馬に、呼び掛けた時。
「よお!
来たのか、煌」
私の背後から滑らかな声が聞こえた。
振り向いた私の幅巾(頭を長く幅の広い布(巾)で巻いて、残りは肩に垂らしておくことが特徴の帽子の一種)ごと髪をワシャワシャされたので、私は何が起こったのかを知るのに少し時間がかかった。結論は…私の好敵手が私の後ろから現れただけだったんだけどね。
煌は私が頭を直している間に、背後から出て来た人物に声を掛けた。
「南の王子か」
「あー…またその雰囲気かよ。…いつもの調子でいろよ、王宮内だけでも。肩凝るだろ。
……」
明るい黄緑色のデール(モンゴル衣装)に同じ色の長い巾を鉢巻き状に巻き、長い三つ編みを首に巻いた坦は煌へ声を掛けながら周りを見て、能がその場にいることを確認すると、大きくて綺麗な瞳を大きく見開いた。
「あっ…と、…コレ、は…
能、オマエ、ちょっと、仕事あったんじゃなかったっけ、ほら、……」
気遣い屋の坦は、煌と能という北境国出身者2人が1つの場所に存在していることを避けさせようと、ややぎこちない逃げ道を用意した。しかし、それに対して、煌は目を閉じフッと笑うと、首を横へ2度振って逃げ道の不必要さを説いた。
「いいんだ、南の王子。もう。その話は尽きた。この男は、この国のモノだ」
「…へぇ」
坦はそれを聞くとニヤリとわずかに笑って腕を組み、煌を見た。それから坦はそのニヤリとした顔の口元を片手で隠し、ププッと含み笑いをした。
「なァ、煌。
俺、近頃ネコを飼い出してね。見せてやろうか」
「ネコ。
優雅な身分だな南の王子」
「あぁ、俺も、俺のネコも、そりゃあ優雅さ。待ってな。
……『ライラ』!」
坦が叫ぶと、宮の角の低木の植木から、大きな白い熊…のような巨躯の白虎が見事な弧を描いたジャンプと共に飛び出して来た。
煌はそれを見るや否や、まるで風のように速く、床に置いていた刀を手に取り鞘を抜くと、姫の前で片手で構えた。片手は姫を庇うように横一線に伸ばされていた。
それを見て坦はちょっと嫌な顔をした後、『ネコ』の説明をしだした。
「そんな敏感になるなよ。これが俺のネコさ。カワイイだろ?」
その言葉を聞いて、煌は刀を下げた。
「……フッ……
そうか……
…お前も、なかなかおもしろい趣向をするじゃないか。
…クックック……
そうか、それは…ポラリスも、驚くなぁ……」
最後の言葉には、煌がこの王宮で過ごしている間見せている、優し気な響きがあった。
段段と、煌は、いつもの調子に入ってきていた。
…きっと、初めて会う能がいたからだろうね。
その頃、先にも言ったけれど、煌は、西境国王宮内では、今と似た、優しい雰囲気でいてくれた。
煌の精神は…当時の北境国の環境のせいか、王として自分を厳しい状況に立たせないとやっていけない状態で…自分を出せる場所が完全になく、『王たりえねば』『国と国民を支えねば』という使命感から、周りに対してとても神経質になっていたのだよ。
イチ個人、人間としての精神は、游さんほど安定していなかったと、今であれば、そう思う。
その精神がやっと落ち着ける、唯一の場所が…皮肉なことに、自国ではなく、隣国の西境国の王宮内でしかなかった。
…そして、自分を偽らずに、自由なまま、心のままに接することの出来る人物は、敵対しなければならない、隣国の王、游さんと、その養女、姫だけだったのだよ。
……
…そうだね。
…当時は煌にとってとても悲劇的な状態だったよ。
当時はね。




