十一
「…じゃあオレたちはこれで…」
「えーっと、夢ーサマ、またねぇ」
歌陰さんと歌陽さんがそそくさと去って、しばらく。
この空気を破ろうと、まず動かれたのは姫だった。
「…キュッ?」
まず姫は能の肩を叩き…
「…キューッ?」
衫(羽織り)の肩の布を上に引っ張って立つよう促すと、次に煌に近付いてしゃがみ、いつものように両手を握ろうと軽く手に触れた瞬間。
「ぅわぁっ!
だから、手はまだ握らないでっ!
段階踏んでないでしょっ!」
そう言っていつものように煌は上半身を起こして手を引いた。
そうして、煌は赤くなっていた顔をしばらく下に向けた後、ゆっくりと立ち上がった。しばらく顔を伏せて腰に手を当てて考えた後、そのままの姿勢で、煌は静かに言葉を発した。
「…えぇ、あの、士伯…」
能はまだ北境国での王の言動が頭に焼き付いているらしく…いや、そうだろうね、そんなにすぐ、受け入れられないとは想う…そう、で、ね、能は、恐怖を感じた表情をして、煌の方を向き、返事をした。
「は、はい!」
「あの…そういうことだから」
「はい」
「……」
「はい」
「………」
「有難きことでございます、お慈悲を頂き…」
「いや…その、あまり、ありがたがられると…逆に苦しいから…
こっちがその。礼を言いたいくらいだから。
…で、その、理由を、一応考えたから」
「はい」
「聞いてほしい…」
「はい」
「……」
そこまで言うと、煌はフゥゥーッと長い息を吐き出し、顔を上げ、腕を組んだ。その時には、もう、赤い顔は元に戻っていた。
「…お前と母親は、硝北村に住んでいたようだが…親の生まれた土地を聞いたことがあるか? 祖先でも良い」
それを聞くと、能は頭を下げて返答した。
「いいえ。今、実母に尋ねる時間をくだされば実母の系統は分かりますが、実父は故人ですので、実父の系統を探ることは不可能です」
そうすると、煌はフゥッと息を吐いた。安心した様子だった。
「…そうか。では、お前の父親が西境国出身だということにしておけ。昔の戦でこの国を攻めた際、上手く俺の国に紛れ込んだ密偵だとな。だからお前は…」
その時、廊下の角から、游さんがひょこっと顔を出した。
「煌ちゃーん、蜜柑と桃あるけどどっちがいいー?」
煌は話を中断すると、游さんの方向へ顔を傾けて叫んだ。
「ミカーン!」
「はーい!」
游さんはそれでひょっと顔を引っ込めた。
それを確認すると煌はまた話し始めた。
「…えぇと、そう。
だからお前は、俺の国を許可を得ずに出国したわけではない。元々許可が無かったから、返されたのだ。俺の調べが遅くなったために長い時間この国にいたがな。居てはならん人物だった、それで、俺が追い出した。本来ならば殺すべきだが、職も失い、家も失ったお前など、自国へ戻っても野垂れ死ぬだけだろうと、俺が甘い判断をくだして追い出したことにしておけ。だから…」
煌の話を、その場にいる人物は良く聞き入っていた。
しかしそこでまた、游さんがひょこっと顔を出した。
「ねぇー、煌ちゃーん、ソーダで割るぅ~? 煌ちゃん好きだったよねぇ~?」
「どっちでもいーからー! ……」
「はーい」
沈黙の後、また…
「ねー、煌ちゃーん!」
「ちょ、ちょっと。皆、待機! 待機しろ!」
…煌はダッと游さんの元まで走って行った。
……游さんの空気の読めなさは神がかってたねぇ…喜劇を見ているようだったよ…
「待機!」と言われたすぐ後に、廊下の角で煌と游さんは不毛な話を繰り広げていた。
「…あのねー、游ちゃん。俺、今、大事な時でー。熱弁してるから。今回の処断について。だからその。そっちはそっちでテキトーにやってくんない?」
「ほぇー…テキトーなのは難しいよ、折角煌ちゃん来たでしょ? きちんとおもてなししないと。好きな物用意しないとー」
「…いつもテキトーにやってるのに、何で今だけきっちりやろうと思うの。俺、何でも良いから。うん、もう、何でも好きだから。こっちにお菓子持って来れるまでそっちで集中しててくれる?」
「えー…」
「…お願いだから」
「しょーがないねー…じゃ、何とかガンバルよ」
「…うん……
……あーもう…俺は何やってるんだろう…」
煌はしばらく片手で額を押さえていたが、そのままの姿勢を崩さず、こちらへ戻って来た。
「えーと…だから」
額から手を離した煌は、どこか少し、楽しそう見えた。
「だから士伯。
お前は今後、西境国の臣民として生きろ。
俺の国のことは全て捨てて、新しく、ここで生を見つけるが良い。
俺もお前を、これからは、俺の国の者だったとは思わない。
戦場で会っても、俺は容赦なくお前を殺す。次こそ、慈悲はない。微塵もな」
それを聞くと、能は静かにひざまずいて頭を下げた。
「はい」
「止せ。
言ったはずだ。お前はもう、俺の守護から抜けた」
そう言って、煌は遠くの山を見つめた。少し後方に頭を向けた煌の視界には廊下に横座りになっている姫が入ったらしく、とても優しそうに微笑んだ。
「…お前も、この国では俺を王扱いするな。
……游と、同じようにしろ。
…字でも呼ぶな。名を呼び捨てにせい」
「承りました」
その声を聞くと、煌は目を細めて、困ったような微笑みを能へ贈った。
「それをやめろと言ったんだ」
そうしてまた、遠くの山を見つめた。
と、その時。
イーヒヒヒヒン……
バカラバカラバカラッ…
遠くから馬の嘶きが聞こえ、馬が近付く音も聞こえて来た。
「ポラリス? …何だ、何を驚いた…?」
煌が驚いたような声を上げ、庭をぐるりと見渡した。
すぐに灰色の大きな馬が宮の陰から飛び出して来た。




