十
「煌ちゃん。
能ちゃんを俺にくれる?
見合う価値のあるものをあげる」
「……フゥ…
…うム。もらおうか、西堺王」
その言葉を聞いて、驚いたのは能だった。これまでの急展開に呆気にとられていた能だが、慌てて游さんの近くへ駆け寄り、両ひざをついて頭を下げた。
「游さん…ありがとうございます、私には、この取引きと釣り合う価値を持つ物は持ち得ておりませんが…もし、生き残れることが出来たなら…
この命、尽きる瞬間まで、丞相として西堺国にお仕えいたします!」
涙を浮かべて頭を下げる能の肩をポンと軽く叩き、游さんは笑い話を聞いた時のように大袈裟に笑った。
「アーッハッハッハア!
なーにぃ? 君、今まで、命尽きるまで俺の丞相でいてくれる予定じゃなかったのぉ? 俺はそのつもりだったのにぃ! ハッハッハ!」
「え。あ。それは…私の頭が回らなくなったら、引退すべきですし、私より有能な人物がいたら、職を辞するべきですし…そうなったらもう、国のために働くことはできないと、そう、考えて…」
それを聞くと、游さんはそれまでの大笑いをやめて、静かに微笑んだ。
「フフッ!
君はね、能ちゃん。
どれだけ時が進んでも、俺の丞相で…友だちなんだよ。
…守ってあげる。
…君も…煌ちゃんもね」
そうして煌と、游さんは対峙した。
優しそうに微笑む游さん。それをほのかに微笑んで見つめる、煌。涙を浮かべて游さんを見上げる、能。游さんの顔を見つめる、姫。静かに見守る、歌陰さんに、歌陽さんに、私。
時間は、進展を待ってゆっくりと進んだ。
そして…
「煌ちゃん」
「うん」
皆、游さんに注目した。
「もし、俺に能ちゃんをくれたら…
……
………
…………
小夢と交換日記させてあげる!」
「えぇえ!!?」
これには、煌だけでなく、そこに居た全ての人間が腰を抜かしたね。
まさか、ひと1人の処罰をする権利と、ひと1人と交換日記を出来る権利が、釣り合うはずがない。
そう考えて皆が游さんの方へ体を向け…
ダシッ…
その時。いきなり、聞きなれない音が我々の前方でした。
「う、嘘だろ…?」
…煌は、膝から崩れ落ちていた様子だった。ペタンと床に座り、顔を下に向けて震えていた。…無理もないと、その時、私は思った。
「こっ、こんな…
こんなっ……
こんな、こんなっ! こんなァァァッ!!
こんなものすごいことを、亡命者を見逃すことと交換でいいの!?
嘘っ!
俺の中じゃ、国民半分の命と引き換えくらいの…い、いやっ、もう、国1個まるごと献上しないともらえない権利だよっ、コレ!?
嘘っ! ウソッ!
ウソぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおお願いしますぅぅぅぅぅぅううううう!!!
是非ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!
恐悦至極にございますぅうぅぅぅぅ!!!」
ズサァァァァァ!
…そうしてまた、真っ赤になった煌は游さんに対して切れのある土下座をした。
游さんはエヘッと笑った後、私たちの方へクルリと体ごと振り向いた。
「じゃ、俺、みんなの分の飲み物とお菓子を持って来てあげるからー」
タッタッタ…
走って行く游さんの背中に、慌てて、歌陰さんと歌陽さんは声を掛けた。
「あっ! オレたち、もう、仕事に行くから!」
「そっ、そう! ボクらの分はいらないからねーっ!」
游さんは振り返らずに走りながら親指を立てて示すと、台所を目指して行ってしまった。
私らの目の前には、土下座をしたまま頭を上げそうもない煌と、喜んで良いのか怒って良いのか分からない、複雑な表情で膝をついている能が取り残された。




