八
「し、ん、じ、られない……」
能がポツリとつぶやいた。
「でしょう」
私もつぶやいた。
シィンと静まり返る宮の廊下で、2人、動じずに楽しそうにする人物がいた。
「あぁ、来たねー、煌ちゃん。今日もお疲れ様ー。
すぐお菓子と飲み物用意するからねー。
小夢ー、ほら、行っておいでー」
「みゃー!」
游さんが通常運転で、片腕につかまる姫へニコリとした笑顔を送ると、姫は游さんの笑顔に頬を染めた後、煌の元へと走り寄られた。そうして、いつものごとく、しゃがんで、土下座する両手を取って立ち上がらせようとし、煌の手にほんの少しだけ触れた途端。
「わーっ!
そんなっ!
だからダメッ!
手はっ!
他の方法で起こしてっ!
手とかまだそんなカンケイじゃないからッッ!
なんかその、きちんと段階を踏んでっ…!」
そう言って、いつものごとく、煌は上半身を起こしつつ視線は下を向いたままで、手をサッと引っ込めて。
「みゃ~ミィ!」
いつものごとく、姫はそれを気にせず、ニコニコ笑って無理矢理煌の両手を握って、上下にブンブンと振って。
「わぁぁぁ! ちょっ…またっ……!
ッッ!
………」
いつものごとく、気絶するように煌の頭がフラリと揺れた瞬間、姫は手をお放しになって。そしてまた、いつものごとく、正座が横に崩れて体が倒れる瞬間、煌は床に片手をついて、体を支えて。
「……………至福です…」
いつものごとく、煌が真っ赤な顔に少し涙を潤ませて、床に手を付いていない方の手を胸の前でギュッと握りしめた後、ポツリとつぶやいて。
……ハァ……
…ここまでが煌の言う、『最重要案件の極秘任務』のワンセットなんだよ。
ところが、今回は妙な物言いが2人付いた。
「夢ーサマッ!
オトコノヒトの手なんか握ってっ!
汚れますゥッ!
止めてくださいッ!」
「そうそうっ!
こっち来て!
消毒してやるから!」
歌陽さんが叱った後、歌陰さんも叱って、しゃがんでいる姫を立たせると、2人は姫の手を自身らの両手で包み込むように握った。
それを見た游さんは、何かを悟った様子だった。
「あぁー!
君たちだったの、そっか、そっかぁ!
いやぁ最近ねー、小夢が。男に触ったから消毒だの何だのって、俺に抱き着いたりキスしてきたりさー。前から抱きつかれたりキスされたりするのはよくあったんだけど、近頃特に頻度が高くなって。おかしいなー、父親に構ってもらいたがる時期なのかなーって心配してたんだよー。フフッ! そう、だったのかー! アッハッハ!」
游さんは、カラカラッと楽し気に笑うと、歌陰さんと歌陽さんへ向けて声を掛けた。
「歌陰ちゃん、歌陽ちゃん、ありがとね。いつも。俺が父親らしいこと全然やってなくって、小夢に色々大事なコト教えてやってないから、近くにいる君らに小夢の教育を押し付けた形になっちゃって。感謝してるよー。
でも、いいんだよ。別に。男の人にスキンシップ取ったくらいで、俺は汚いとは思わないよ。やりすぎはダメだけどねー」
そう言って、今度は姫の方へ笑い掛けた。
「小夢、男の人を触ったからって、そう、汚ながるコト、ないから。これから、『消毒』、ナシでいこうねー」
そう言って、游さんは姫の頭をなでた。
「歌陰ちゃんも、歌陽ちゃんも、それでい~い? ん?」
空いている手で、歌陰さんと歌陽さんの頭も、順になでた。
歌陰さんと歌陽さんはほんのり頬を染めてため息をつくと、游さんの方を上目遣いで見上げ、諦めた様子で、しかし口元は上げて、同時に声を出した。
「「仕方ないなぁ」」
そうして2人は姫の手から両手をスッと放した。
「ハァー、良かったァ。いやぁ、ごめんねー、小夢が俺に抱き着く頻度が高くなってさぁ、ちょっと、用がし辛くなってきて…」
そのさわやかに笑う游さんの腰に、姫は幸せそうに正面から抱きつかれた。
「あらー…もー、言ったそばから…俺はこれから煌ちゃんにお菓子持って来なきゃならないのに…みんなに笑われるよー? そんなに甘えんボだと…」
そう言って、困りながらも姫の頭をなでながら、游さんは周りを見渡した。そこで初めて、能の顔色に気が付いた。




