六
ところが、周りにいる西境国の人々はそれほどその宝の山に魅入られた様子はなく、それよりも、『王に近しい人物は誰か』というネタのみに大いに囚われていた。
「え~と、『近い』ってぇのは?」
「俺ら国民だから、王サンの国のヒト。で。だ。な。『みんな近い』んだ! これが正解だ、きっと!」
「いやぁ~、それだと『この人』のやりたいことから遠いよ、たぶん…」
「『遠い』! 『近い人』なだけに! な!」
「あぁ~、ウマいこと言ったねぇ」
「いや、だから、なぁ…」
「そう、『この人』のやりたいことをさせてあげるには、誰かを決めてあげなくちゃなんねぇんだよ…」
「お~い、誰か立候補してあげろよ」
「いやだよ、恥ずかしいよ…」
ガヤガヤ…
「オウサマに会いたかったら王宮の玄関から入ればいいよ。鍵、開いてるよ?」
皆が困っていた中でスットンキョウな声をあげて結論を言ったのは、私の探していた人物…
「さっすが游さん!」
「あ、あ~…そうかぁ、そうきたかぁ」
「いや、『そうきた』とかじゃなく、游さんが、もう、何のヒネリもなく正解なの!」
「じゃ、游さん、その人責任持って送ってってあげなよ~」
そう言って集まっていた人々はまた市での買い物へ散り散りに戻って行った。
「俺達、王サンを宮殿の中で見たことねぇけどなぁ~…」
「お前ェが宮殿の方向になかなか行かねぇからだよ」
「でも本当に俺、王サンの姿なんて最近見てねぇぞ」
「どっちでもいーや」
サカサカと離れていく周囲の西境国民に驚き固まってしまっている『彼』と『女性』に、游さんは軽く笑いながら近付いた。
「じゃ、案内してあげるよ! 荷物はそれだけ?」
「え…あ、あぁ」
游さんは女性の下にしゃがみこんで背負いの荷物入れに、今しがた出した金や石などを戻し始めた。『彼』は相変わらず立っていたが…それまでの雰囲気とは少し違っていた。
「さ、西境国の人間はこうなのか? それとも、私の情報が間違っていたのか…? 人は皆こういう物を見ると目の色が変わると聞いたが…」
『彼』は三白眼を余計に見開くようにして驚いていた。
今、ここに住まう君達には、当時の『彼』の驚きには納得できようもないだろう。なにしろ、今は平和なのだから。その頃は、金や宝石の類は、それは『高価』というものだったのだよ。…また、この『高価』の話は違う日にしよう…簡単に言うと、『価値のある物』、『持っていれば周りからうらやましがられる物』、といったところか。
…しかし、その、当時の『彼』の驚きも、これまた当時の私にはよく理解できた。知っての通り、私の故郷は西境国ではなかったからね。…まあ、この話も、またいずれ。
まぁ、話を戻すと、だから、この…
この、初めての遊説家、初めての旅行者、たる『彼』に、少し慰めるように声をかけた。
「あ。驚かれるのも分かります、この国の人は『物の富』に関心がないんです。…もしかしたら、この土地に導かれる時代や場所の人々の特性が偏っているのかもしれないです…」
「…この国の太宰殿であるな、是非、宜しく、今後のお引き立てを賜りたく存じます」
『彼』はそう言って頭を下げた。頭を下げるだけで拱手(男女の別や凶事、地域の風習などによって異なるが、左右どちらかの手の平をどちからかの手の甲や拳上に置く、尊敬の念を相手に伝える挨拶の一種)はしなかったが、それがまた、おもねるような内容を含んで発した言葉とは別に、心の底では権力に屈しない『自分』を保って道を進んでいるように感じられた。
そうしておいて、『彼』は頭を上げた後も微笑むなどということもなく、ただ凛として背の低い私を見下げた。目線を合わせて身を低くしたまま話を続けようとはしなかった。身分や体の差など関係なく、全てを同等に扱うべき、といった態度だった。それがまた私にはこれまでに加えてことさら美しい人に見えた。なんというのかな、君達のいう、クールな、カッコヨサ、というのかね。
ともかく、私は『彼』を気に入った。
『太宰殿』と呼ばれたことも、『賜りたく』なんて言われたことも、クールな態度も、全てひっくるめて、私は嬉しくて、嬉しくて、それはもう、ニコォリとゆっくり笑って『彼』に返答をした。
「はいッ! 是非、絶対、お引き立てしますッ!」
「………」
…少し言葉の選び方がおかしかったとは思うが…
「へェー! おばちゃん、よく2人で山越えられたねェ! 歩いて来たの。遠かったでしょ!」
我々の間に少々静かな時間が流れていた時、後ろでは游さんが『彼』の付き添いの女性と話をしていた。
「それで泥で汚れてるんだねぇ! そうだねー、馬でここの山を越えられる人は何か訓練した人とかだよ。普通は眠龍山から来るよー。あっちは道引いてるでしょ。
…あーでも、そっか、自分の国捨てて来たもんね、あっち行ったら見つかることもあるかもしれないもんねぇ。
…あらら…」
カロカロ…
そんなことを話していた游さんはちょっと手が滑って、手に収まるほどのほぼ丸いコハクを落としてしまった。コハクはそのまま、市に騒ぐ人々の足の間を転がって行った。
「あ。拾ってくるね」
それ程大変なことをしたと思っていない游さんはそう言って悠然と立ち上がった。それに反して女性は少し慌てていたが…
しかし、それも杞憂に終わった。
急に人が游さんまでの道を開けだした。
人々は優しそうな微笑みをたたえて、游さんとは反対の方向を見ている。
…シャンッ…
鈴の音がした。
コハクを拾おうとしゃがんでいる人物が見えた。
この国ではよく知られた女性だった。