二
その人はいつも、国境の山の裾野にある、大きな桃の木の下の草地に寝転んでいたよ。隣りにはいつも、灰色の大きな馬がいてね。私が時時、游さんに気が付いたようにお迎えに行って来るように言われてそこまで慌てて走って行く、というのが常だったね。私が迎えに行かない場合でも、どうやらしばらくボーッとそこに寝転んで私が走って来るのを待っていてくれたみたいだね。…それでも来ない場合には、私の走るコースを辿るように移動してくれていたみたいだったよ。後から人に聞いた話だけどもね。優しい人だよ。
まぁ、予告して来てくれる時と、予告なしに来てくれる時があったからね。私も『お迎え』できるときというのが『游さんが言われていたことを思い出す』ときにしかできない状態だったよ。…游さんのテキトーさにも困ったもんだよ。本当に。
まぁ。兎に角。
灰色の馬を見付けた私は嬉しくなって、いつもより元気に、大きな声で、その人の名を呼びながら走って行ったもんだよ。
「煌さーん! いらっしゃぁぁぁぁぁあい!!」
タタタタタ…
その声を聞くと、あの人はいつもスッと上半身を起こして、片膝を立てて私の方を向いてくれた。
「嬌太宰。出迎え、ご苦労」
見た目は、游さんや坦と変わらない、若い青年。馬のしっぽのような、高い所でまとめられた長く艶のある髪には、その当時、被るのが一般的と考えられていた、巾も帽子も冠も飾られていなかった。ただし、髪を縛っている紐には幾つかの宝石が組み込まれており、長く垂れた組紐も美しい色どりで揺れていた。
瞳の鋭さは鷹並みで、細く見える割に鍛えられた体と、傷が見え隠れする手や首元に、歴戦の勇者の風体を醸し出していた。
男性でも高めに当たるその背の、半分程の黒い外套(斗篷、マント)を着けて、その日は…銹紅色(極濃い赤茶色)の褝(上下がつながった褝の着物。平服に当たる)に黒の褲(緩いパンツ。袴)を茶色い革のブーツに入れ込んだ衣装だったかな。
…彼は、いつも、外を出歩くのに綺麗な服装や役人風のきちんとした服装をしなかったからね。冠などを着けないことといい、破天荒な性格だったよ。
赤や茶の色の着物も良く着ていたね。それは…理由があってのことだったけれども。
…このことはまた、後で話していこうかな…?
私が覚えていれば、だけどもね。
ハッハッハ!
訂正せずに『嬌太宰』と言われて機嫌が良くなった私は、左手で右手を包んだ拱手をしつつ(女性の場合と不幸があった場合は逆にしなくてはならない、礼と共にする手の構え)、揖礼(拱手と共に軽く礼をする挨拶)をした。
「游さんから言われて来まし…わぁ!」
吏官らしく、揖礼をしつつ迎えに上がった理由を告げようとすると、彼――煌――は、その言葉が終わらない内に私を抱き上げ、彼の大きな灰色の馬に乗せた。馬の背には荷物が乗っていて、私が乗せられた時にカチン、ジャランッと良い金属音が聞こえた。
「良い! 俺にはそのような格式ばった挨拶はいらん! 太宰! 町を歩いてから王宮に入る。かまわんな?」
「ハイッ、大丈夫です!」
そう私が答えると、ニヤッと笑って、煌は私の後ろに飛び乗った。
そのままの勢いで馬に合図を送り、煌は私を後ろから抱くように町の方向へ走って行った。




