五
雯月殿に明かりが点いた。
その光を華陽宮から見た夢は、安堵の息を1つ、2階の窓辺から吐いた。
…もう、安心だろう。明日になれば、事件は解決する。犯人は死亡してしまったが、きっと、歌陰と歌陽のキョウダイが、犯人を追う人物らの疑問を解決し、安心させるような処置をしてきてくれる…そう、夢は考えていた。
少し涼しい空気を窓から入れた後、夢は2階の自分の部屋へ向かった。それまで、游に言われたように戸締りをしていた。歌陰と歌陽はどれだけ戸締りをしていても入ってこれる能力を持っていたので、鍵をかけても気にすることはなかった。
自身の部屋の前に来た時。
夢は、歩みを速めた。
だんだんと小走りになる。
部屋の前には、包装された箱が置いてあった。
この国では作られていない、赤いレースのリボンと、ピンクの地に赤い薔薇が描かれた、大きな図鑑程の箱が1つ。ポツンと寂しげに置かれていた。
夢がその箱を手に取ると、箱の下に紙の切れ端が置かれていたことに気が付いた。
紙を持ち上げてみる。
――勝手だけど、歌陰ちゃんと歌陽ちゃんに今日は泊まってって、って伝えておいた。襲撃される可能性があるから。気を付けて。いつもありがとう――
游の字だった。
夢は、読み終わるなり、箱も紙の切れ端も、幸せそうに頬に付けてギュゥゥッと抱き締めた。
すぐに、贈り物のリボンを解いて、箱を開けてみる。中身は、最近、いつも売り切れになっていて買えなかった、東境国の菓子職人が作った、チョコレート。升目に区切られた区画の中に、1つずつかわいらしく鎮座しているチョコレートに、夢はウフフッ! と思わず微笑みと声がこぼれた。
部屋に入ると、夢はチョコレートの箱を鏡台の前に置いて、窓辺に立った。
遠くを見る。
夜空には星が瞬いている。
それをボゥッと眺めながら、歌陰と歌陽が来るのを待った。
…夢は、人間が心の中で思っていることが分かる。細かくは分からないが、おおよそのことが、分かる。
ところが。
何故か、游だけは、いくら目を凝らしても、その心の中を見ることは叶わなかった。
本体がそう設定して夢を作ったのか、何かに遮蔽されているのか、その理由は、夢には今の所、分からなかった。
游が自分を目の前にしてトキメいてくれているのか、何を悩み何を憂えているのか、何を喜び何を嬉しく感じているのか、何が好きで何が嫌いか、全ては、游の心を見ようとした時に見える光に吸い込まれて、まるで見えない。
しかし、夢はそれで良いと考えていた。
分かることが怖いこともある。もしも、游が自分のことを恋愛対象に見れず本当に娘としか思っていなかった場合、若しくは…もしも、他の女性に恋愛感情を抱いていた場合。そのもしもが事実であり、それを知ってしまったならば、夢は、辛すぎて、天の仕事を手伝うために自死することは出来ないが壊れるしか道はない、と思っていた。
だが、それにも増して、夢は、分からないことが楽しかった。
探り探りで游と恋愛を楽しむことが、楽しかった。
まだ游は自分のことを恋愛対象に見えていないのかもしれないが、それを振り向かせることに楽しみがあった。
先の見えないことが、楽しかった。
こうして、気持ちが分からなくてドキドキモヤモヤしている合間に、游が自分のことを想って何かをしてくれることがたまらなくステキだった。
きっと、本体からの贈り物だ、と夢は思った。
答えが見えないことで、答えを探ろうとする努力を教えてくれている、その努力を評価したステキな日々は、必ずもらえている。そう、感じた。
やにわに、夢は星空を見てニコッと笑った。
游は、一体どんな顔をしてコレを買いに行っただろう。
あんな2メートル近い男性が、こんなカワイイお菓子を売る店に朝から並んだのだろうか。それとも、困った顔をして友人に頼んだのだろうか。
楽しくなった。
歌陰と歌陽が来たら、一緒に食べよう。きっと、そのためのお菓子。そう思いながら、夢は頬杖をつきつつ、町や村の明かりへ視線を落とした。
今回頑張ってるみんなに、また差し入れを買いに行こう。歌陰、歌陽の分も買わないといけない。そう考えながら、ゆっくりと窓を閉めた。
遠くから神聖な生き物が空を進む音が2つ分聞こえてきたが、地上に住まう人間には風の音に紛れて聞こえなかった。
消えた足音は西境国王宮の窓辺に近付くと、幸せそうな笑い声と共に王宮内へ入って行くのだった。




