五
「ん?」
身長は2m近く。絵のような顔と美しく丈夫な体、髪は1つにまとめているが、ツヤがあり川のように流れ光っている。しかしその体とは似つかわしくない汚れた麻の農作業着に、ボロボロのクツをはき、今日もどこで仕事をしてきたのか、もう、結構な加減で汚れている。いつもフラフラと徘徊していて、底抜けにポジティブな、その若い青年。
「あー!!!!!!」
「え。何、そんなに…え?」
私が探していた人物だった。
「『待ってて』って、言ったでしょう!?」
「あっ……んーまぁ、今、ほら、会えたし」
「『王宮の』! 『玄関』! 『雨漏』! 『明日』! 『直す』!
『か』!『な』!『ら』!『ず』!」
「お! うん、分かった。」
「また自分だけでやるとか言わな…」
「いでくださいよ」と言い切る前に、少々イラついた声が私達にぶつけられた。
「そこの御方!」
「「!!?」」
澄んだ、よく通る声だった。
「事故は片付いた。もう手伝うこともないとみた。
ここの王と謁見するにはどこを通せば1番手堅く、早いか。お教え頂きたい」
先ほどの遊説家らしい『彼』だった。
「あ…えぇと…」
実を言えば、当時、『遊説家』なんて者がこの国に来たのは、初めてだった。
なぜなら、西境国は他の3国と比べて戦に力を入れているわけでもなく、政策で国家を向上させようとしているわけでもなく、ただ、平々凡々と日々を暮らすことが好きな国民性であることが、外から訪れる何者にも見てとれたからだ。
攻めこまれても防衛戦もしたことがない。土地を取られたなら取られたで諦めて違う所を探して住まうのだ。
西境国の国民は土地の所有権にこだわりがないので、国内であればどこに住んでも誰も何も言わなかった。助け合い、分け合うのが当たり前であったため、困る、ということもあまり起こらなかった。ただ、作物の収穫時期に戦で田畑がだめになると、皆、ガッカリはしていた。別に荒らしたり奪ったりしなくても、いつでも、いくらでも、好きなだけ持っていけば良いし、出来た作物で美味しいもてなしもできたのに、と。
そう、今も昔も、『もてなし』が好き、『隣にいる人が好き』な国民性だったよ。
そんなもんだから、どの国もこの西境国を相手にすることは馬鹿らしいと(関わっても利益が大きいとはいえず、いつでも属国化できる状態なので力を傾けること自体が無駄で馬鹿らしいと)、それほど攻めてくることはなかったし、そのように馬鹿にされるほどの国だったから、何かの才に秀でた人物は(レベルの低い国に仕えて笑い者になりたくないというプライドもあったろうが)自分の才がつぶされることを恐れてあまり訪れてはこなかった。
つまり。
ハッキリ言ってしまうと、その時。私は太宰・太保になって初めて王に謁見したいと申し出た人物に会ったので、どうしたら良いのか分からなかったのだ。混乱したと言ってよい。
困った私に遊説家の『彼』は少々言いにくそうに二言目を発した。
「…私の様な素性の知れぬ他国の者がイキナリ王に謁見を許されることはなかろうと予測している。王に近しい人物に会って、融通を利かせて頂きたい。つまりは、コネだ」
そう言うと、彼は背後に目をやった。そうすると、熟年で小柄な、やはり遊説家の『彼』と同じくらい汚れた着物を着、大きな荷物を背負った女性が人をかき分けて現れ、我々に対してペコリとお辞儀をした。
「カネならある」
遊説家の『彼』は再び我々に対して目を向け、話しかけた。
「私は黄金郷『北境国』から来た」
そう『彼』が言うと、小柄な女性は背負っている大きな荷物を開け、中の物をドサドサと自身の足元へ積み上げた。
ザガガッ…ザザザ…
ゴツゴツした金の塊、磨かれていないダイヤモンド、オパール化した何かの化石、透明度の高い大きなコハク、…
紅、碧 、光、黄金、様々な色の石がプリズムとなって私達の目に飛び込んできた。
私は思わず魅入ってしまった。