十七
どれくらい時間がかかっただろうか。
私が気が付いた頃にはもう、お昼前だったから、午前中には間違いないのだがね。
坦は私をずっと抱き締めながらライラをなでていた。能は人が出入り出来る所を見える場所に立って、ずっと侵入者を警戒していた。
すると、急に能がハッとした様子で目を見開いた。それに気付いた坦は私を抱き締めたまま後ずさった。それに気が付いた能は、私と坦に落ち着かせるような優しい声を発した。
「大丈夫、游さんだ。あれは…孫氏…『孫 彰』殿を連れている…」
それを言うと、能はニヤリと微笑んだ。
「…良い選択だ、出方が見れる」
タタタタタ…
「大丈夫ですか!?」
台所に走り入るなり、孫さんは私たちに向かって声をかけた。
「お願いします、ライラが…虎を、診れますか?」
坦が不安そうに孫さんへ質問すると、孫さんは持って来ていた医療用の鞄を台所にあるテーブルの上に置き、中から医療用の手袋を出しながら慌てて答えた。
「猫だと思えば…大丈夫だとは思いますが、この虎、襲わないのでしょうね? それが心配です。麻酔をする前に暴れられては…」
「大丈夫です」
坦が言うと、孫さんは頷き、鞄の中から薬品や医療器具を探し出してテーブルに並べた。
孫さんが準備をしている間に、台所に後から入って来た游さんは、能へ報告をし始めた。
「北門から出て、一応全ての門周辺を見回ったよ。でも、怪しい人物も、乗り捨てられた馬なんかも見つけられなかった。武器も見当たらなかったから、持って逃げた可能性が高いよ。
…逃げたみたい。
一先ず、安心だね。
あ。獣医は、まだ本調子じゃないみたいだったけど、彰さんを連れて来たよ。今日はずっと蘇さんの宿屋で寝てたそうなんだけど。パッと思い付いた獣医さんが彼しかいなかったもんでね、無理言って、俺が馬に乗せて連れて来た」
「ご苦労様でした」
私は坦の腕に抱きしめられながら游さんや能の言葉を聞いていた。その時。
ヴォッ…
ヴオォォォ…
ヴオォォォ!
ヴォォォ!
…オオオォォン…オオォォォォン……
ライラがまるで威嚇をするように孫さんへ吠えた。歯をむき出しにして、まるで飛び掛かろうとする勢いだった。
「ライラ、お医者さんだよ、お前を治してくれるから!」
ヴォォォ!
ヴォォォォォォォォ!
「ダ、ダメです…こ、こんな、興奮したケダモノ…私の手におえるものではありません! か、帰らせてくださいっ! 他の獣医師を、呼んでくださいっ!」
ヴォォォォォ…
オォォォォォ!
ウーオォォォォォ!
孫さんが帰ろうとしていると、坦は慌てて游さんに声を掛けた。
「游さんっ! 使っていない厩に、ライラのボールがあるんです! それ、持って来てください!」
「えっ! オッケー!」
游さんは言うや否や、台所を飛び出していた。
ウオォォォォ!
グォ、グォォォォ…ヴオォォォォオオアアアォォォォォ!
グルルルルル…
私たちは游さんが戻って来るまで、ライラの恐ろしい声と表情に耐えた。ライラは吠えながらも血をボタボタと流し、台所の床はライラの立っている所だけ、元の色が分からない程の赤い色に染まり切っていた。
そうしているとすぐに、游さんはボールを持って走って入って来た。そのボールを受け取った坦は、素早く孫さんの方へ駆け寄った。
「孫さん! このボールを…その並べている刃物で破ってください! 能! 游さん! マッチを探して!」
言われるままに、孫さんはテーブルの上に並べている刃物…外科用のメスで、ボールを切り裂いた。すると、中からは何か、細い固形の物がザラザラと出て来た。坦にしがみつく私は、坦の腕のスキマからその物質を見て、それをどこかで見たような気がした。游さんがマッチを見つけて坦に渡すと、坦はそのボールから出て来た物質を山積みにし、その山にマッチで火を点けた。
…そう、その、物質の山は、あの、坦が虎退治をした際にマッチで火を点けた、太めの線香を折って作った山…それにそっくりだった。私は直観で、あの線香とこの物質は同じ物だと察した。
「ライラ! 落ち着け! 俺がいるし、安心して良い場所なんだよ! この人も怖くない! ライラ!」
坦は必死でライラに語り掛けた。しかし…それでも、ライラは、ふら付きながらも吠えるのを止めなかった。
ヴオォォォォ…
グルルルルルルル……
ウゥ…
その時だった。
カツ……
台所に、女性の靴の音が響き渡った。
驚いた様子で、姫が台所の入り口に立っておられた。




