十四
3日目。
その日私は早く起きて、坦に置いて行かれないように、まずはライラのいる使われていない厩へ向かったよ。何しろ、前日、私を坦に同行させても良いという話題が上がらなかったからね。放って行かれる可能性が高かった。そこで私は坦を捕まえてその日も私を連れて行くと約束させようと思った。それには、毎日ライラにエサをやると言っていた時間に待ち伏せするのが1番だと考えた。その上での行動だった。
ライラは首に革のベルトを付けて、スゥスゥと横になって眠っていた。前日、あんなに触らせてもらっていた私は、ライラを怖がることはなかった。
「ライラ…ねぇ、ライラ。起きてる?」
私が声をかけると、ライラはビクリと体を震わせて、私の方を、頭だけ持ち上げて見た。そうして、パチリパチリと瞬きをすると、また横になって目を閉じ、眠り始めた。私はこのライラという生き物がかわいく思えてきた。
「ライラ~。ラーイラッ!」
私が呼ぶと、ライラはうっすらと目を開けた。そしてまた、スゥスゥと眠り始めた。私が近付くと、ライラは耳を動かし、首を上げて私を見た後、体を起こし、きちんと座った。じっと私を見つめる瞳は、知性を感じさせた。
私は近くを見回してみた。すると近くに坦が虎退治の時に使ったであろう竹と革で出来たボールが目に入った。私はそれをライラに向けて両手で転がしてみた。ボールの中には、砂か何かが入っているような、シャラシャラとした音がしていた。ライラは大きな片手でそれを受け止めると、以前坦の虎退治の演奏時に見せた時のように、仰向けになってボールを抱き締め、かじったり手で回したりして遊びだした。
遊んでいる様子がとてもかわいらしかったので、私はその場に膝を抱えて座り込んだ。時折力の加減を間違えたのか、ボールがこちらへ飛んで来るので、それをまたライラの方へ転がしてやった。
それを何回か繰り返した頃だったか。
「何だよ、待ち伏せか?」
坦が野菜をたくさん入れた箱を乗せた、1輪の車を押して入って来た。
「…そーです! だって僕を置いてく気でしょうっ!?」
そう言って坦の方へ駆け寄った私に、坦はライラへ視線を向けたまま、軽いトーンで私に答えを返した。
「…あぁ。まぁ、置いてく気だったさ。んでも、まぁ、会っちまったもんな。付いて来ていいぜ。それより…」
そこまで言って、坦は少し声を低くして私に注意を促した。
「お前。まだライラに簡単に近付くな。まだ教えてる所なんだ。昨日は朝食べて、腹が結構膨れてたから落ち着いてた所もあるからな。朝は寝起きだし、もし腹減ってたり機嫌が悪かったり何だりしたら、お前はひとたまりもないんだからな。雌だから雄より気分屋な所もあるし。俺がライラを知り尽くすまで、あんまり軽々しく会いに来るな。気を付けろ」
坦の珍しく真剣に叱る姿を見て、私はシュンとなった。
「ごめんなさい…」
「……気、付けろよ。…ボール、置いといて良かった。他にも人が入って来る可能性があるな…このまま転がしておくか…」
ボールを気にする坦に私は違和感を覚え、ちょっとボールについて聞いてみた。
「そのボールがどうかしたんですか? ライラの遊び道具じゃないんですか?」
その言葉を聞いて、坦はほん少し、悲しそうな表情で微笑んだ。
「…これが今の所の、ライラの生命線さ。人間の世界で生きていくための。これナシでも長時間動けるようになるように…最終的には、これナシで一生過ごせるように、今、教えてる最中なんだ。それが出来れば、本当の意味でライラは俺たちの友達になれる。…待っててくれ」
「ボール依存症? かわいいですけど」
そう頭の悪い返事をした私の頭を、坦は嬉しそうにポンッと軽く叩いた。
「そうだな! その発想でいい! ボールで遊ぶんじゃなくて、人間と怪我しないように遊べるようにしたいんだ! お前、カワイイ考え出来るじゃないか!
ほら! ライラ! 『ご飯だよ』!」
楽しそうに笑いながら野菜が入った箱をライラの方へ押しやった。ライラはそれまで寝転がっていたが、体を慌ててひねって跳び起きると、ガツガツとキャベツだのニンジンだの何だのを食べだした。
私は坦に許可をもらってから、ライラの牙が届きにくい、大きくて長い大根をライラの口元に持って行ったよ。私の差し出した大根を、ライラは前と同じように一旦口で受け取ってからガリガリと食べたよ。かわいかったね。
西境国は農耕中心の国。旬でない野菜などもその技術から上手く育てられていたので、ライラは色んな傷物野菜をたらふく食べることができた。当時の世界の中で1番幸せな虎だったといえる。
ライラは3箱分ほどの野菜を食べ終わった後、ぐーんと背伸びをした。そして、前足をキチキチッとそろえて坦の前に静かに座った。そして「フーオォ…ン、ン、ン…」と甘えるような声を出した。
「あー、外、行く? 食べたすぐだからもうちょっと休んだ方がいいと思うんだけどなー…」
坦は顎に片手を置いて少し悩んだ様子を見せた。しかし…
クルルルル…フ、フ、フ……
「…仕方ないな。じゃあ、この宮殿の庭内だけ放すか。おいで、ライラ」
そう言うと、坦はライラの首に手をやった。ライラは首を伸ばして、坦がベルトを外しやすいようにしていた。しっぽがゆらゆらと揺れていた。私は、こんなにカワイイし頭も良いのに、なぜ坦は未だに警戒するんだろう、と思ったもんだよ。
坦はライラのベルトを外すと、ライラの肩に手を置いて付き添って歩きながら厩の外に出た。私も後を追って走った。
庭まで出ると、坦はライラの肩に置いていた手を外した。それを見たライラは坦の傍を離れ、庭をポテポテと歩き回り始めた。木々や花の香りをかいだり、大きな体で低木をぴょんぴょんと飛び越えて、木々の向こう側へ行ったり返ったりもしていた。どんなに動いても、ライラは必ず行動の合間合間で、坦の表情を確認するように坦を見つめていた。
私はライラと遊びたくて仕方がなかったので、坦に許可を求めた。…イジワルする相手に国家の関わらない個人的な要望をお願いするのは、少ーし不本意な所もあったがね。ハッハッハ!
「…ねぇ、ねぇ。呼んで良いですか、ライラ。それで、触って良いですか?」
「…いいよ」
坦の許可が下りたので、私はライラが消えた木々の方向へゆっくりと近付いて行った。
「ライラー? ライラ?」
私の声を聞くと、ライラはガサリと低木の影から顔を出した。
「ライラー! ライラ!」
私が名前を呼ぶとライラはヒョッと体を隠し、次出て来た時には、ボタンの花のついた木の枝を咥えていた。
「わぁ! 綺麗だね! ライラ、女の子だもんね! 花が好きなんだね!」
そう私が言うと、ライラは咥えたままの枝をガザガザッと片方の手でひっかいた。赤い花がポトリと小さい枝ごと砂利の上に落ち、ライラはそれを鼻を使って私の方へ転がし寄せた。私はなぜか、それをライラがくれたように感じた。
「くれるの? ありがとう!」
私が片手でボタンを大事そうに拾い上げると、ライラは「スゥゥフゥ…」と深呼吸のような息を1つして、まるで笑うように目を細めると、私の横をゆっくり通り過ぎて行った。そして、咥えた枝を坦の足元にゆっくりと口を開いて落とし置き、頭を2、3度下げるようにしてからきちんと座った。坦はそれを見て「へぇ!」と感心した声を上げた。
「お前、頭が良いね。これなら、もう、すぐにでもアレなしでも過ごせるようになるよ」
そう言って、坦がライラの頭をなでようとした時。
ヴオォォォ!
ドザァッ!
ライラが急に坦に襲い掛かった。




