四
ガヤガヤ…
ザワつく人の林を少しかき分けて音のした方向へ行ってみると、即座に視界が開けた。
音のした周辺の人々は皆、しゃがんでいた。
大体の者は散らばっている野菜を拾い、謝りながら礼を言っている泥で汚れた少年に手渡していた。数名は壊れた木製車輪を直そうと荷車を傾け、手際よく作業していた。小さな子どもでさえ、荷車をひいてきたであろう大型の犬をさすり、なだめていた。
そのような中、1名だけ、目立っている人物がいた。
立っている。
年は私よりも上で、青年といえる見た目の男だった。整った聡明そうな顔立ちはしていたが三白眼(眼を開いた状態で、白目の占める割合が黒目の占める割合より多い)で目つきが鋭く見えた。冷ややかな表情をしている割には首はスラリと長くなまめかしくて、全身も細身だったため、所在なく垂れ下がったソデが風になびくと、何とも言えぬ、胸の奥に吐息を吹き込まれたようなゾクリとした気持ちになった。
おそらく、他国から来た遊説家であろう。この国では見たことがなかったし、明らかに農民や商人のような服装ではなく、きちんと冠も被り、絹の平服(中国伝統の着物のような服。背広と同じ意味で、社会ではフォーマルな恰好)を着ていた。ただ、全身、汚れが酷く、スソにも、揺れるソデにも多くの泥のシミが付いていた。顔にも飛び跳ねており、拭いた跡があるものの、まだ黒い土がところどころに残っていた。
「紫ーちゃん!」
ハッとした。周りに礼を言っていた少年が私を見つけて駆け寄って来た。
「あ。縫くんか。どうしたの?」
「なんか…点検サボッてたからかな、どっかが外れたか折れたか…ごめんね、みんなにも迷惑かけちゃった…」
「ケガない?」
「うん」
「じゃ、良かったね。車、新しくしたら? 税金使うよ」
「ううん、まだ使えるし、僕これが使いやすいんだ、たぶん…あ!」
「え」
「あのね、あの人が車の前に立って犬くんを止めてくれたんだ」
「………」
「あの人」は、それまで私が見つめていた青年のことだった。
この国の役人の長として、これは礼を言わねばなるまい。異国人に対してきちんとした態度をとらねば、他国でもの笑いの種にもなろう。そう思って野菜売りの少年に対してうなずくと、青年の方へ向いてきちんと頭を下げた。その瞬間。
「紫ーちゃん、その人ね、たぶん、王宮へ行きたいんだよ。きっと『政治家ノヒト』だよ」
それを聞いて、そうか、と思った。お礼を言うだけじゃなくて、案内もしてあげなくては。まだ外交関係にうとい私は言われて初めて気が付いて、少し恥ずかしかったのを覚えている。
「うん。そうだね、分かってるよ」
「そっか、ごめん」
少しミエを張ってしまった。ちょっとした痛苦しい気持ちを隠しつつ、頭を上げて近付こうとした時だった。
「ひゃ~! これは大変だったねぇ」
ひょうひょうとした声が、私の頭の上から聞こえてきた。