十三
…まぁ、大人の会話をしていたと思ってくれたまえ。
…その頃の私は幼くて良く分からなかったから、結局、彼らの話を深く理解できなかったんだけれども。…今から思えば、すごい内容を話し合っていたよ…
しばらくして、坦は游さんの肩と能の肩とに置いていた両腕を外した。そうして青年談義は解散した。解散直後に、坦は頬を少し染めて、無理に明るくしたような声を上げた。
「分かりましたかっ!? つまり、俺の国の方言を、孫さんは分かったんですっ! 『するハズない』という、方言を理解した上での返答をしたんですっ! もしかしたら、孫さんは南境国にいたかもしれないんですっ! そうすると、虎挟みの入手も可能なんですよっ! こーゆーコトだっ、分かったかっ、紫瑛っ!?」
「あぁ、良く分かった。しかし、そうなると、やはり…『孫 彰』は怪しい人物。…今後私は彼の近辺を調査してみます。何か証拠があるかもしれない」
「じゃ、俺は…孫さんの過去が分かるか、東境国の知り合いに声をかけてみるよー」
私抜きで話を進める3人に、私はいらだちを覚えていた。そっぽを向いて怒っていたら、游さんが私にニコリと微笑みかけた。
「ごめんねー、紫ーちゃん。結果的に仲間外れにしちゃって。でも、坦ちゃんちの方言を『彼』は分かったっていう内容だから。それだけで。
…あ。そうそう。
外に小夢が来てるみたい。用件を聞いて、もし必要なら中に入れてあげて。で、中に入れなくても良い用だったら、部屋に帰るように言って。いつも通り、今日も俺は帰らないから、戸締りするんだよって、伝えて」
「ハイ!」
私は――扉を叩く音も聞こえてこなかったのに良く姫がいると分かったなぁ――と思いつつ、雯月殿の扉まで駆けて行った。その後ろで3人は明日の予定の段どりの確認をしていたようで。私はまた私をのけ者にしたなと怒りつつ、扉を開けた。
ギィィ…という重い音と共に扉が開いた後、私は扉の外へ体を半分出して周囲を見てみた。
姫は扉の傍にしゃがんでおられた。昨日と同じくらいの大きな紙袋を、体の横に置いておられた。
「姫様、いつ来たんですか? 分からなかったです。游さんは、気付いてましたけど」
私がそう尋ねると、『やっぱり游には気付かれちゃうな』と手話で残念そうに答えられた。『私が来たって驚かそうと思って、昨日も今日もあんまり音をたてないように来たのに』ともおっしゃられ、立ち上がった。そうして、私に大きな紙袋を手渡された。
「わぁ! 差し入れですか?」
私が嬉しそうに尋ねると、姫は私の頭を静かになでて頷き、微笑んだ。
「ありがとうございますっ、あ、で、そのぉ、游さんが、中に入る用がなかったら部屋に帰ってって…帰らないから、戸締りしてねって…」
姫にとってはお辛い内容だと思われたので、私は紙袋に顔が当たるほどうつむいて游さんからの言葉を伝えた。しかし、姫はその言葉を聞くと、フッとため息を咲かせただけだった。そうして『今日は、みんなの分。みんなで分けて食べてね』とおっしゃって、シャンシャン…と音をさせながら遠ざかって行かれた。
私は紙袋をかかえたまま扉を閉めると、後ろの青年3人のところまで走って行った。もう、相談は終わってしまっているようだった。
「游さん、姫様がコレ。みんなにって…」
私は大きな紙袋を游さんに手渡した。游さんは笑って受け取ると、端にある机の上にその紙袋を置いた。
「毎日毎日、差し入れを買って来るなんて大変だね。じゃ、みんな、これ、分けて。今日はもう解散ね。俺はこれからまた、出るから…また明日ねー」
游さんはそう言って、紙袋の中からアメを1つ探し出してポイッと口に放り込むと、雯月殿を出て行かれた。坦と能はそれぞれ「お疲れ様でした」と声を掛けた。私も一応、游さんに声を掛けておいた。
「お疲れサマー! 行ってらっしゃーい」
手を振る私の先に、手を振りながら扉を出て行く游さんの後ろ姿があった。私が游さんを見送っている後ろでは、2人の、私の兄とも呼べる友人がワシャワシャと紙袋の中を確かめていた。
「ンお。昨日のヤツも入ってる。『マロングラッセ』だっけ。俺、コレもらってい?」
「……姫は、入って来られなかったな…礼を申し述べたかったが…ご自身のすべき行動を良く理解されておられる」
「…オマエ。『礼を言いたい』だの何だの。会ってもう1回食べさせてほしかっただけだろ。ったく…俺でさえ体舐めたことないのに…ヤらしいな…」
「ち、が、う…!」
「あーそぉ。…おーい紫瑛! お前、どれがいい? 選びに来いよー!」
「あっ! 今行きますー!」
そうして、2日目の報告会は終了したよ。
さて。これから3日目の話に入ろうかな。




