八
次の日。
私は、坦が呼びに来るまでいつもの書類整理などの仕事をしていた。あれは…巳時初三刻(午前9時30分)頃だったか…
――コンコンコンッ!
私が執務を行う部屋の戸を、誰かが叩く音がした。「どうぞ」と声をかけると、カタンッという音をさせて優しそうに微笑んだ顔が細い指と共に部屋へ入って来た。が…
「朝からガタガタうっせぇなぁ。子どもは子どもらしくバタバタ外で暴れて遊べよ」
…私の顔を見るや否や、不機嫌になって悪態をつく坦だった。普通にしていればすこぶる美しい人なのにねぇ。こういった瞬間はいつもガラの悪い人になったねぇ…あぁ、何度も言うけど、今は、もう、慣れたし、彼も普通にしてるから。何ともないんだけどね。とにかく、当時は嫌だったよ。
「何ですかぁっ! コレは僕のオシゴトなんですから仕方ないんですぅっ!」
「遊ぶのも仕事だぜぇ? 虎でさえ朝から走り回って運動する仕事してるぞ」
「…あっ…虎さん、もうご飯食べたんですか?」
「食わせたよ。何だ、見たかったのか?」
「ううん。ご飯、やりたかったんです…」
その言葉を聞くと坦は軽く笑った。
「ハッハッハ! 夕方、もう1回やるから。そのときに来たらいいさ」
「ホント?」
「あぁ、ホントほんと。でも食われても知らねーからな。お前なんか1口だぞ!? ハハッ」
「…いじわるっ!」
楽しそうに笑う坦を横目にしばらく口をとがらせていた私だったが、その日の予定を思い出すとすぐにイライラがどこかへ飛んでいった。
「ねぇッ! それより!
もう行かれるんですかっ!? 僕、連れて行ってくれるんでしょ?」
「それな。
実はさっき廊下で能とすれ違って。で、游さんが朝イチで会いに行くだろ。で、能は昼くらいに会いに行くらしくって。それで俺たちも時間差を設けて訪問した方がいいかって、そんな話になってさ。申時初初刻(午後3時)くらいに会いに行こうかと思うんだ。
どう?」
「えー……おっそーい……」
「文句言うなよ。その代わり、他の聞き込みとか、忙しいから。虎挟みの探索と、南境国出身者が近くにいないかの調査」
坦が『南境国出身者』という言葉を発した途端、私は得意顔になったね。なにしろ、そのための準備も兼ねて、今朝は書類整理をしていたもんでね。…まぁ、幼い者のドヤ顔、というのかね? それを朝から見せられた坦はたまったもんじゃなかったと思うが、そこは、子ども心を良く知り尽くしている坦だ。あからさまにそれを怒りはしなかった上に、気持ちを楽しくさせて、私に話し易くしてくれたよ。
「はん? 何だよその顔。お前さては良いモン隠し持ってんな。何、何? 出せよー」
「えへへ。実はね。あの地域の住民票を探しておいたんです。これで絞れませんか?」
そう言って出した書類を、坦はまじまじと見つめて。私を少し褒めたよ。ほんの少しだけどね。
「へぇ。さすが太宰じゃん。でもこーゆーの、役所じゃ当たり前だし、俺も、そもそもソレ目当てでお前と組んだとこあるからな。俺は能みたいな、地道とか細かい作業とか、そういうの苦手でよー。効率良い探し方が1番だからな」
「……ぶー……!」
「怒んなよ。じゃ、もうちょっとしたら行くから。片付けもちょっと手伝ってやるし」
「……うー……いーですっ! そこ座っててくださいっ! もうっ!」
「へーへー」
座っていろと言ったのにも関わらず、坦は私が機嫌を悪くしない程度であれこれ手伝ってくれたよ。高い所にある書類を取ってくれたりね。
そうこうして、我々は午前中には西境国王宮を出て、調査に出掛けたよ。
坦は私の歩みに大分速さを合わせてくれていたので、私はいつもより疲れずに坦の行動へ合わせて移動することが出来た。被害者の金さんが襲われた付近から南境国出身者の情報を集め、少し離れた商店街には虎挟みを探して歩いた。
お昼はその商店街でおごってくれたよ。…まぁ、昔も今も、西境国じゃ、対価は基本『感謝』で代金なんざ取らなかったから、ただ、美味しいお店に連れて行ってくれただけだったんだけどね。
お店を出た所で坦に包子(肉まん)を買ってもらって、食べながら商店街を歩いていた所、思いがけず游さんに出会った。
「やー。坦ちゃん、紫ーちゃん。あれ? 良かったねー、紫ーちゃん! オイシイ物、買ってもらったのー?」
「游さーん。お疲れ様ですっ。
これはですねー。諸々の口止め料の点心(軽食。お菓子なども含まれる)なんですー」
「あっ。バッ…! 『口止め料』って、それ言ったら口止めじゃなくなるでしょっ!?」
「ふーんだっ! こないだ僕をくくりつけたままにしたバツですっ! 游さんに聞かれちゃえっ! あのねー、お昼食べたお店のオネーサンに連絡先渡したんですっ」
「あー、もうっ! 何で言うの! それ返しなさい! 吐き出して!」
「ヤです! これは僕に買ってくれたんですから、僕のなんですっ! おいしいんですっ! もう1コ買ってください! そうしないと姫様にも言っちゃうんですからっ!」
「…もー…分かったよ、帰りにまた買ってあげるから……夢ーちゃんの分もね。一緒に食べたらいいよ」
「わぁい」
「……はー……かわいくないなぁもー……」
…人通りが多いせいか、坦の口調は、周りを気にして2人切りのときより少し柔らかかったよ。我々のやりとりを見て、游さんは楽しげに笑ったよ。坦はバツが悪そうに頭を掻いた後、ニコリと楽しそうに笑って游さんに話し掛けた。
「…それで。どうでしたか? こんな所で聞くのもアレですけど」
「うん…手ごたえは昨日と同じかな。また雯月殿で報告するよ。それより、ちょっと、君にお願いが…」
「…僕に、ですか? 何です?」
「うん。あ。能ちゃんにも一応頼んだんだけどね。今日会って来た『彼』。小夢のことをすごく気に入ってるみたいで」
その言葉を聞いて、坦は目を閉じた。そしてフフッという小さな笑いと共に目を開け、目を閉じる前と同じ様子で游さんを見つめた。
「…まぁ、夢ーちゃんは、カワイイですから。いくらでも言い寄って来る男性はいますよ。珍しくないです」
「普通に気に入ってるだけなら良いけどね」
「…と……それは……?」
游さんの言い方に違和感を覚えた坦はいぶかしげな表情をして首をかしげた。
「嫌な方向に進まなければいいね。小夢が、彼の歪みを逆の方向へ矯正できればいいけど…」
「……それは………」
「どっちに転ぶか分からない雰囲気が、少しだけあったよ。狂愛か、熱愛か」
「えっ………」
「勘でしかないけどね。俺の勘」
「ちょ…っと……それ、マズイ、ですよね……」
「いや~…俺の、勘でしかないよ? そんな、俺の勘で人の性質を見極めちゃ、ダメだよー」
「……もう、会わせないんでしょう?」
「いやー、ぜひ、もう1回会って欲しい、1回と言わず、何回も会って欲しいって熱烈に言われてたからね。一応、1人で行かないように言っておいたけど、行くだろうね、小夢は。あのコは頼まれたことで自分に出来ることだったら出来る限りやろうとするから。今日ももう1回行くんじゃないかな、頼まれ事してたから…いやー、うかつだったよー」
その游さんのノーテンキな言葉を聞いて、坦は真っ青になった。私も血の気が引いたが、私が怒りだす先、坦が全部言いたいことを言ってくれていたので話しに上手く入っていけなかった。
「えっ、ちょっ……ダメでしょっ! 何やってんですかっ!」
「あー、それ、能ちゃんにも言われたー。アハハッ」
「そりゃあ言われますよっ! 何かあってからじゃ困るでしょうっ!?」
「…そうなんだよね。だから1人で行くなってよくよく言ってあるから。…俺たちじゃ持ち帰れない情報を持って帰って来る可能性もあるし、ちょっとした協力を頼んだよ」
「でも……でも……」
「あのコももう、自分の身は自分で守れるよ。それに、王女としての自覚もあるみたいで。国のために何かしたいみたい。あと…彼女なりに、性格を矯正できないか挑んでいるみたいだよ。良い方向に行くようにしたいみたいだ。危険なことはさせないから、小夢の行動はどうか許してやってほしい。…で、お願いというのはね」
「…はいー……あぁ……夢ーちゃん…何やってんだよ、もー……」
「俺も気を付けておくから、君にも小夢の行動が行き過ぎないよう、見ていてほしいんだ。ごめんよ、国家で動いてるのに、個人的なこと頼んで」
「ンもー! 『個人的』じゃないですよ! 夢ーちゃんはこの国の王女じゃないですか! 国家のことですよ! …あーもー! 見ておきますよ! そりゃもう、全力で!」
モヤモヤを残しつつも頼りがいある坦の返事を聞いた游さんは、いつものようにニコリと笑うと手を振りながら後ろを向き、ゆっくりと雑踏の中へ消えていった。
坦も私もしばらく游さんの背中を見送っていたが、坦はその背中が見えなくなった頃、不安げな表情をして私に提案をした。
「…少し早いけど、会いに行こうか。山から落ちて来た人の所…夢ーちゃんが心配だ…あのコは、『危険』を分かってないようなトコロ、あるから…」
「そうですねっ! 坦さんより危険ですっ! 行きましょうっ!」
「…オマエ……」
そうして、私たちは疑わしい人物のいる、蘇さんの宿屋へ心持ち、速足で向かった。




